6、お披露目
「予定よりも時間かかったんじゃない? 何かあったの?」
駐車場に車を停めていると、事前にメールしておいたので初美がスタッフ用の入館証を持ってきてくれた。初美たちのほうが後に出発したはずなんだが、まぁそのあたりは深く追求しないでおこう。
「フラムが車に酔ってな、少し手間取った」
「へー、フラムちゃんにも苦手なものがあったんだ」
「ハツミ、全てが完ぺきな女はかえって好感度が下がる。すこしくらい抜けてるほうが可愛げがあっていい」
「何言ってるの、死人みたいな顔色だったくせに。ちょっと、口の周りが汚れてるわよ」
フラムはコンビニ袋に入った蒸かし饅頭を頬張りながら胸を張る。乗り物酔いになるということを失念していたこちらの不手際もあるが、胃の中のものを全部吐き出してすっきりしたのか、フラムが腹が減ったと言い出した。なので途中のコンビニで色々と買い込んだんだが、既に半分以上が彼女の腹の中に収まっている。
「コンビニ、楽しかった」
「そうね、あんなに商品が置いてある店なんて初めて」
「二人とも、コンビニくらいで驚いていたら大型スーパーに入ったら死んじゃうんじゃない、驚きで」
考えてみればまともに外出なんてしたことがなく、人目のない畑やビニールハウスしか連れ出していなかった。近所にそういう店が無いということもあるが、大きくなったからといってすぐに周りに紹介するのもどうかと思っていたからだ。まぁいずれはきちんと紹介するつもりではいるが……
「でも……それよりも今日これからのほうがびっくりするかもね。今日の参加者は過去最大らしいから。でもきちんとガードするから安心していいからね。タケちゃんが精鋭を集めてくれてるから」
「これから……ですか?」
「大丈夫、覚悟はできてる」
「フラムちゃんは知ってるからいいけど、シェリーちゃんは無理しないでね。信じられないくらいに人が集まるから。さ、向こうに着替え用の車を用意してるから」
初美はそう言うと意気揚々なフラムと若干不安げなシェリーを連れて行った。一応二人には大きめのニットキャップを被らせているので、シェリーの特徴的な耳を隠すことは出来ているはずだ。あいつが心配していることはよくわかる。毎年ニュースでその人数の多さが報じられるし、何より出展者駐車場からでも開場待ちの行列が遠目に確認できる。これだけの群衆を直に見たことなんてないだろうし、何かあればすぐに連れ出せるように準備しておくべきだろう。
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開門と同時に群衆が雪崩れ込む……というようなことは起こらず、多少足早に歩く者はいるが、騒動らしきものは起こっていなかった。ごく一部を除いては。ごく一部というのは、知名度の高いサークル周辺で、順番待ちの列を巡っての小競り合いや限定品をすんでのところで入手できなかったマニアたちの慟哭がちらほらと見受けられる。
そしてここ最近、独特のクオリティで知名度を高めているとあるフィギュア製作サークルもまた、多くの好事家で賑わっていた。フィギュアと小物の完成度の高さが織りなす幻想的なリアリティは多くのファンの心を掴み始めていた。さらに今回はそれに拍車をかけるような一手を打ち出してきたのだ。
「当サークルの新作、完売でーす!」
「予約販売受付中」
ファンタジー映画にありそうな、装飾の施された軽鎧を身に着けた金髪の少女と、絵本の挿絵から抜け出てきたかのような魔法使い装束の黒髪の少女が声をあげて売り子をしている。どことなく販売されているフィギュアの面影のある二人は、そのいでたちはもちろんだが素材の良さがはっきりとわかる容姿で、誰もが思わず二度見三度見をしていた。
「そのコスってあのフィギュアのですよね?」
「えっと……その……」
「はいはーい、モデルさんへの質問はご遠慮願いまーす」
集まった好事家たちの一人の質問に金髪の少女が戸惑っていると、サークルの関係者らしき眼鏡姿の女性が割り込んできた。質問を遮られた一人はやや憮然とした様子ながらも、しぶしぶその場を後にする。半ば強引に押し切ろうとしたのだが、彼女たちの背後に控える筋骨隆々の男たちの無言の圧力に屈したのだ。
「武さん、あんな可愛い子どこで見つけたんですか? 日本語ペラペラの外国人なんてレアじゃないっすか」
「彼女たちは僕の大切な知り合いだ、手出し厳禁だから」
「わかってますよ」
筋骨隆々な男たちの中でも一際目立つスキンヘッドの男、武は他の男たちに釘をさす。彼女たちは近い将来自分の義兄になる人物の婚約者だ。悪い虫がつかないようにサークルの販売業務そっちのけでボディガードに徹している。一種異様な空間にもかかわらず、彼女たちは売り子作業に徹していた。
「大丈夫? 疲れてない?」
「大丈夫です、人の多さにはびっくりしましたけど……」
「いずれソウイチの妻として人前に出ることになるのだから、これはちょうどいい機会。これで慣れておけば大概のことにも動じなくなる」
「販売用に用意したのは完売したし、あとは予約をいくつか取って撤収するから。そうしたら一緒にサークル回ろうか?」
「ところでソウイチさんは?」
「お兄ちゃんはこういう人混みが苦手だから外で待ってるんじゃないかな」
「じゃあ私はソウイチさんと一緒にいますから、ハツミさんはフラムと一緒にいてあげてください」
「くっ……こんなところでソウイチといちゃつくチャンスがあるとは……仕方ない、ここは正妻のシェリーに譲る」
悔しそうな顔をする黒髪の魔法使いを、金髪の女戦士が苦笑いを浮かべながら宥める。およそ日常とはかけ離れた空間ではありながら、それを誰も不思議に思うことなく受け入れている。おそらくSNSで拡散した者がいたのだろう、二人の少女を目当てに次第に人が集まってきた。
「うーん、そろそろヤバイかな。いいや、ここでお開きにしちゃおう。タケちゃん、アタシたち着替えてくるから後宜しくね」
「うん、任せて」
「さ、二人ともこれ被って移動するよ。ここでの姿なら特殊メイクを使ったコスプレだって言い訳できるけど、流石にその格好じゃうろつけないからね」
そんなことを言いつつ二人を先導する初美。二人の噂を聞き集まってきた者たちは、名残惜しそうに後ろ姿を見送るしかなかった。既に屈強な男たちが壁を作り、行く手を遮っていた。
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「ずいぶんと人が多くなってきたな……」
思わずそんな独り言が零れるのも無理はないと思う。中に入ろうにも人の数が多すぎて、軽く眩暈がしたからこうして外で待っているが、とにかく寒い。東京とはいえここは海のそば、海風が身体の芯まで冷たさを運んでくる。近くの自動販売機で温かい飲み物を何本買っただろうか、飲んでしまえば一時の暖かさしか感じられないので懐炉のかわりに懐に忍ばせているが、それも既に冷たい飲み物へとなり果てていた。
「寒いから車で待って……」
駐車場に向けて歩き出そうとした時、いきなり背後から抱きしめられた。しかしそれは敵意の籠ったものでは決してなく、大事に想う者への慈しみに満ちた、とても優しい抱擁だった。
「ソウイチさん、寒かったでしょう」
「大丈夫、こうしていればすぐに暖かくなる」
「……シェリー、フラム、もう売り子はいいのか?」
「うん、もう完売したから早々に店じまいしたの。アタシとフラムちゃんはこれからサークル回りするんだけど、シェリーちゃんはどうしてもお兄ちゃんと一緒にいたいんだって」
「こ、ここは人が多すぎますし、ソウイチさんだけに寒い思いをさせたくないですから……」
「そうか……ならこのあたりを少しぶらついてみるか?」
「はい!」
初美に引き摺られながらも悔し気な視線をぶつけてくるフラムを二人で見送る。フラムは黒のレザースカートにボアのついた黒の革ジャン、黒に髑髏のプリントが施されたタイツを履き、色をそろえた黒のキャップを被っている。メタル音楽好きの女の子といった様相で、輸入レコード屋にでもいそうな女の子のようだ。
「フラムはこんなに多くの人がいても平気みたいです。私はあまり人の多いところにいったことがないので……」
少し俯きながら呟くシェリーは、スリムタイプのデニムに白のセーター、そしてクリーム色のダウンコートを着て、大きめの白いニットキャップで特徴のある耳を隠している。綺麗な長い金髪は太い一本の三つ編みにして背中に垂らしている。これは……
「シェリー、その格好は……」
「ハツミさんが用意してくれました。絶対にこれじゃないとダメだって言われて……」
やはり初美の入れ知恵だったか。でなければシェリーがここまでピンポイントなチョイスを出来るはずがない。こんなにも俺の好みを体現したかのようなコーディネートをしてくるなんて……今までの寒さが吹き飛んでしまいそうだ。
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