4、出発
「みんな、荷物の準備は大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「戦利品を持ち帰る鞄がもっとたくさん欲しかった。マジックポーチは持ち歩かないほうがいいから仕方ないけど」
シェリーちゃんとフラムちゃんは、それぞれ私のお古のバッグを抱えてやってきた。シェリーちゃんは一泊分の着替えを入れるのに程よいサイズの旅行カバンを抱えて、フラムちゃんは海外旅行に行くのかと思えるほど大きなキャリーバッグを引きながら。
「フラムちゃん、戦利品は会場から発送できるんだけど?」
「ハツミは何を言ってる? 自分の目で確かめた戦利品はすぐにでも楽しみたいと思うのは自然の摂理。たとえ翌日に到着するとしても、その間を我慢するなんて考えられない。それに年末年始は運送が遅れる可能性が高い」
「確かに……それを言われると反論できないわ」
「サークルによっては委託販売しないところもある。たった一度の出会いを無駄にしないためにも、確実に確保しておきたい」
「わかったわ、もう何も言わない」
出展するサークルには、プロもいればアマもいる。プロの洗練された作品は同人作品を取り扱うコミック店での委託販売や通信販売をしていることが多いけど、出展経験の少ないアマのサークルではそれが出来ないところもある。そういったサークルの作品たちとの出会いはとても重要なもの。
かくいうアタシがタケちゃんと出会ったのも、最初に出展した時にタケちゃんが声をかけてくれたからだった。アタシの作るフィギュアを見て、共同製作しないかと話を持ち掛けてくれてたから、今のアタシがある。
「おーい、そろそろ出発するぞ」
「はーい、今行くから。二人とも、気分が悪くなったらすぐにお兄ちゃんに言うのよ? お兄ちゃんも無茶な運転はしないだろうけどさ」
「はい、わかりました」
「ハツミ、私たちを舐めてもらっては困る。冒険者として数々の依頼をこなした私たちにはこのくらい楽勝」
シェリーちゃんとフラムちゃんは、お兄ちゃんとの初めての遠出ということもあって、とても嬉しそうな顔をしてる。それも東京での一泊旅行となればなおさらかもしれない。二人にとってはテレビの中の東京しかないし、一度は自分で体験するということは重要だと思うし。
「ささ、早く行って。アタシたちは作品を積み込んでから行くから」
「わかりました。ハツミさんたちも気をつけてくださいね」
「本番では私たちの真の力をお見せしよう」
「うん、期待してるね」
二人はそう言うと、お兄ちゃんの待つ軽自動車のほうへと歩いていった。あの二人が実際の東京の姿を目にしたら、どう思うのかな。アタシだって正直言うと、あの頃はとても息苦しかった。うまく言葉に出来ないけど、閉塞感のようなものを常に感じていたし、そこから逃げるように仕事に没頭した。今思い返してみると、あの頃のアタシの仕事の成果もどことなく刺々しいものがある。自分の心に余裕の出来た今だからこそわかることでもあるんだけどさ。
もし二人が戻りたくないって言い出したら、お兄ちゃんはどうするつもりなのかな? もしかすると二人の気持ちを優先させちゃうんじゃないかってところが少し心配。シェリーちゃんは大丈夫だと思うけど、フラムちゃんがどうなるかってところね……
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「茶々、一晩だけ留守番頼むぞ。エサは全部いっぺんに食べるんじゃないぞ?」
「ワンワン!」
納屋の奥、外から風の吹き込まない農具置き場の隅に段ボール箱を置き、そこに何枚もの毛布を敷き詰めた簡易寝床で元気に返事を返す茶々。これまで猟銃の免許の更新で一晩家を空けることがあり、その際はいつもこうしている。寒い思いをさせるのは少し心苦しいが、かといって家の戸締りをしない訳にもいかない。
段ボールの下にはたっぷりの藁を敷き、下からの冷気はある程度防げるはずだし、毛布を何枚も入れたことで、その隙間に潜り込むことだってできる。何より茶々が自分の役目をしっかりと理解してくれているのが心強い。
「チャチャさん、すみませんがよろしくお願いします」
「チャチャ、侵入者に手加減は無用」
「ワン!」
納屋の入口で俺たちを見送る茶々に対して声をかけるシェリーとフラム。心配しなくても茶々が不審者に手加減なんてするはずもない。そもそもこんな山の中の一軒家に誰かが来るとも思えないが、人目がないということは堂々と入り込まれる危険性もゼロじゃない。そのために茶々に留守番を頼まなければいけないのは心苦しいが。
「茶々なら心配いらないさ、何度もこうして留守を任せているからな」
「チャチャさんが護ってくれるなら心強いですね」
「お土産買ってくるから期待してて」
「ワンッ!」
フラムのお土産という言葉に尻尾を千切れんばかりに振って喜ぶ茶々。その顔に我が家を護るという使命感すら感じられるのは、今まで一緒に暮らしてきて積み上げられた絆によるものだと信じたい。決してお土産のためにではない……と思う。
「チャチャ! 待っててね!」
「チャチャさん! 帰ってきたらいっぱい遊びましょうね!」
「ワンワン!」
敷地ぎりぎりまで来て見送る茶々に、窓から身を乗り出して手を振るシェリーとフラム。たった一泊でそこまでしなくてもと思ったが、それだけ二人も茶々のことを大事な家族として考えてくれていると思うと感慨深いものがある。そんな思いを抱きつつ、ゆっくりとアクセルを踏み込み加速する。いつも通る農道の、枯れ葉すら落ち切った裸の木々の見慣れた光景すらどこか新鮮に感じられるのは、心の底から好意を抱いている異性と一緒にドライブが初めてだからだろう。
たとえそれが異郷から来た存在だとしても、もう俺には絶対に手放すことの出来ない存在になっている。いずれは茶々も一緒にペット同伴の出来るホテルのある場所に皆で旅行に行けたらいいだろう。ただ一つだけ補足させてもらう、茶々はペットではなく俺の、俺たちの大事な家族だ。これだけは絶対に譲れない。
読んでいただいてありがとうございます。




