3、新作
ちなみに私は人混みがとても苦手なので参加したことがありません。渋谷のスクランブル交差点ですら気持ち悪くなる……
目の前にあるのは精巧に作り上げられた人形。でも私たちの知る人形とは遠くかけ離れた、今にも動き出しそうな躍動感を持ってる。材質も私たちの知らない素材で作られているみたい。その人形を見て何よりも驚いたのは……
「これ……私ですか?」
「そうよ、二人の大きくなった姿を見たら、どうしても作りたくなっちゃって。とりあえず試作品を突貫で仕上げてみたの」
「何だか……変な感じです」
今の私の容姿にそっくりな人形。まるで自分の分身を見せられているみたいで、ちょっと違和感を感じる。だけどこうして人形のモデルにしてもらえることはとても嬉しいわ。私が作ったわけじゃないけれど、こうして形として残るものを作り上げることなんて今まで経験したことが無かったから。
テーブルの上には二体の人形、片方は私によく似ていて、革鎧に革のハーフパンツ、革のブーツ、そしてショートソードに小型のシールドという、一般的な斥候職の冒険者スタイル。そしてもう片方は、黒いローブに身を包んだ、杖を持った魔道士姿の人形。こちらも魔法を使うことを生業とする者として一般的なもの。
「これが私……」
「うん、いつものフラムちゃんの服装にちょっとだけアレンジしてみたんだ」
「この帽子はあのゲームのキャラみたい! それにこの杖は……」
「アタシたちがプレゼントした杖のレプリカよ。流石に宝玉部分はガラス玉だけどね。あのレベルのルビーはそうそう手に入らないから」
「格好いい! 私の凛々しさが滲み出てる!」
フラムは自分の姿が再現された人形を見てご満悦。私が見ても今のフラムがそのまま小さくなったような精巧な出来だと思うし、ハツミさんと同じような趣味の彼女なら私よりも嬉しさは上のはず。
「ハツミさん、私たちに手伝ってもらいたいことって、このことなんですか?」
「ううん、違うわよ。これはあくまで二人に見てもらいたかっただけ。本題は……こっちよ」
そう言ってハツミさんが大きな箱から取り出したのは、さっきまで見ていた人形と同じくらいの大きさの人形が数体。ポーズや姿形は少し違うけど……
「ハツミ、これはもしかして……」
「うん、これまで作ったシリーズのリアルバージョン。もちろん今までと同じタイプの新作もあるわよ」
そうだ、確かハツミさんが作って売っているという人形だ。後から取り出した、以前の私たちのような容姿の人形を見て思い出した。いつも新しいものを作る時にモデルとしてお手伝いしていたけど、私たちとしては剣を構えたりするだけで、これといったことをしていないのにたくさんのお金を貰って、申し訳ないんだけど。
「今回はデフォルメバージョンとリアルバージョンを売るつもり。で、二人には……これをお願いしたいんだ」
「これは……服といよりも装備品ですか?」
「そう、今の二人の身体のサイズに合わせたものよ。これを着て当日売り子をしてほしいの」
「え……いいんですか? とても高価そうですけど……」
ハツミさんがさらに取り出したのは、革を主体にした装備品の数々。艶のあるなめし革の革鎧にブーツ、肘当て、膝当て、その他諸々。さらには上質な厚手の生地で作られたローブと首飾りなどの装飾品たち。今見たばかりの人形と同じ装備品ばかり。
「ハツミ、これを着るの?」
「うん、アタシが着てもいいんだけど、どうしても着こなしがね。だけど二人ならこういうのはいつも着てたし、馴染むんじゃないかと思って。とりあえず着てみてよ、鎧の下に着るものも用意してあるから」
「は、はい、わかりました」
ハツミさんの勢いに圧されるように、手渡された装備品を抱えて別室に向かう私とフラム。とりあえずは……着てみるしかないわね。ハツミさんのことだから、各部分のサイズを間違えることはないと思うけど……
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「シェリー、私こんな上質の装備品なんて使ったことない」
「私もよ、いつも動きやすさと頑丈さを最優先にしてたから」
フラムと二人で手渡されたものを一つ一つ調べてみるけど、はっきり言ってこんないいものを身に付けたことなんてない。本当に馴染むのかどうかが不安だけど、まずは身に付けてみないとわからないわ。とりあえず革鎧を持ってみて、まずその軽さに驚いた。
「うわ、軽い。本当に強度あるのかしら」
「表面は革だけど、中身は強化プラスチックだと思う。たぶんそっちの小盾も同じ」
「うん、素材は木じゃないわ。とても軽い」
「剣や杖もたぶん同じような材質だと思う。強度もそうだけど、何より軽さを最優先にしてるっぽい。ハツミなりに私たちのことを考えてくれてる」
慣れない場所で売り子をする私たちの負担になりすぎないように、出来るだけ軽くしてくれてるみたい。これなら一日中身に付けても問題ないと思う。
「でもこれだと魔法が使いにくい」
「魔法を使うようなことなんて起こらないわよ」
「うん、あの展示会はマナーの良い参加者が多いから大丈夫だと思う」
魔力の親和性では少々難があるけど、魔法を使う機会なんてないはずだし。そもそもこの世界では魔法は特異なものだから、使うところを誰かに見られるわけにはいかないわ。フラムにもきちんと言い聞かせておかないと。
「鎧下はこれね……これもまたとても素材がいいわ」
「シルクの下着に肌着、服もいい素材」
とても薄くて、身体にフィットする下着類。ハツミさんが用意してくれるいつものものより上質で、こんな上質なものは一般の冒険者じゃ絶対に手が出せないくらいに高価だと思う。カルアくらいになればこのくらいのものは身に着けるかもしれないけど。
「あれ? この小さな袋は何かしら?」
「中に手紙がある。えっと……『これはアタシからのおまけ。これを着けてお兄ちゃんとの勝負に挑んで』だって」
「勝負? 私たちはソウイチさんとは戦わないわよ?」
「そうじゃない、これはソウイチとの『夜の』大事な一戦のことを言ってる。ほら見て」
「これは……こんなの本当に身に着けるの?」
手紙と一緒にフラムが取り出したのは、極端に薄くて布地の少ない下着。まさかこれを着てソウイチさんに見せるの?
「これならソウイチも我慢できなくなるはず」
「そ、ソウイチさんはそんなことはしないわ」
「でもシェリーだっていずれはそうなることを望んでいるはず。少なくとも私は望んでる」
「そ、それはそうだけど……」
これを身に着けてソウイチさんに見せるということは、ソウイチさんの前で服を脱ぐということ。確かにいずれは私もフラムもそういうことになると思ってるけど、出来ればこういうものに頼りたくはないというのが本音。だってこれじゃまるで娼館の娼婦みたいだもの。
「それはまたいずれ、お互いの気持ちが高まった時にね。こういうものに頼るのは、ソウイチさんの私たちへの気持ちに失礼だと思うわ」
「……わかった、これはいずれ倦怠期に入った時のためにとっておく」
最初にハツミさんが用意してくれた下着も極端に布地が少なくて、本当にこんなもので大丈夫なのか心配になったけど、フラムが見せてくれたのはそれよりもずっと布地が少なくて、しかも少し透き通って見えるくらい薄い。今の下着にはやっと慣れてきたけど、こんな下着には絶対に慣れることはないと思うわ。
でも……ソウイチさんが望むなら、二人っきりの時は身に着けてもいいかも。だって二人っきりなんだし、他人の目を気にすることもないから、恥ずかしさも減るかもしれないし、何よりソウイチさんが喜んでくれるのなら私も嬉しいわ。
「とりあえずこの装備品を身に着けてみましょう。調整しなきゃいけないかもしれないわ」
「うん、わかった」
まずは身に着けてみなきゃわからない。でも私の心配は杞憂に終わった。いつも凄いと思うのは、ハツミさんの服の仕立ての技術。何より驚くのは、どの服も私たちのサイズにぴったりだということ。しかもハツミさんは私たちの身体のサイズを細かく計ったりしないで、一目見ただけで仕立てる。何をどう鍛えればそんなことが出来るのかしら。私たちにとっては、とても着心地のいい服をたくさん用意してくれるから嬉しい限りなんだけど。
いつもお世話になっているハツミさんのためだから、少しくらいの恥ずかしさは我慢しなきゃ。何よりこういった装備品を誰よりも着こなせるのは私たちだけなんだから。
読んでいただいてありがとうございます。




