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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
上京する婚約者たち
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2、東京

「ソウイチ! トーキョーに行きたい!」


 食卓を囲んでの夕食時に、フラムがいきなり言い出した。もしかして初美に何か吹き込まれたのか? 東京なんてあまり行きたいところではないが……


「ハツミの仕事の手伝いをする」

「ああ、そういうことか。……でもそれだけじゃないだろ?」

「……やはりソウイチは私への愛が深い、私のことをそこまで理解しているとは……」

「いや、普通に考えてもすぐにわかるだろ」


 フラムが初美と諸見趣向が同じなのはよくわかってる。そして今は十二月、初美がいつもの月よりも忙しいと常にぼやいている月だ。年末ぎりぎりに即売会が開催され、年末で仕事の完了が早くなるのと重なって、眠る間もないくらい多忙だという。そんな初美がフラムに手伝いをさせるのに、それだけで済むとは到底思えない。


「お兄ちゃん、シェリーちゃんとフラムちゃんに即売会で売り子を頼みたいのよ。出来ればフィギュアと同じコスプレしてさ」

「早く完売すれば、空き時間に見て回れる。ついに念願の即売会に行ける」

「シェリーはどうなんだ?」

「私は……お手伝いもしたいですが……ソウイチさんと一緒にお出かけしたいです」

「俺が?」

「そうよ、アタシは販売とかで忙しいし、引率するには保護者が必要でしょ? まさか二人だけで放っておくこと出来ないでしょ?」


 東京の楽しさはよく知っている。それと同時に内包している怖さもだ。この場所にはない煌びやかな風景と娯楽に満ちた場所であり、それと同時に人とのつながりが希薄で、隣人が何をしているのかすらわからない場所。たとえ誰かが何もなくなった部屋に閉じ込められていたとしても、それに気付いてもらえる幸運を得られるのはほんのわずか。


「ハツミにはとても世話になっているから、私に出来ることがあったら手伝いたいのも事実」

「私たちが充実した日々を送れるのも、ハツミさんのおかげですから」


 初美には二人の件でとても助けられている。二人の部屋もそうだし、衣服に関しても完全に任せっきりになっている。それどころか二人にはモデル料として、小遣いにしては多すぎる、というよりも新人社会人と同じくらいの金額の報酬まで出してもらっている。そんな初美のことを二人が手助けしたいと思うのも当然のことだ。


「あれって毎年大晦日までやってなかったか?」

「今回出展するのは初日だけだから、二人の東京見物も兼ねて一泊したら? もちろんアタシとタケちゃんは二日目以降も残るけど、年越しまでには戻ってくるから」

「でも……危なくないか?」

「そのために一緒に行って欲しいの。二人だってテレビやネットの情報だけじゃ可哀そうでしょ、実際に見る機会が出来たんだから」


 今までは小さな二人を連れて人のいる場所に行くなんて考えたこともなかった。見つかったら何を言われるかわからないし、危険な目に遭わせる危険性も決して小さくない。だが今二人は一般人と同じ大きさと容姿、多少人目は惹くかもしれないが、歩き回ったとしても違和感はない。この家にずっと籠りきりにさせるのも心苦しい。


 俺としては人の多いところに行くのは少々気が引けるが、それは俺が少しの間我慢すればいいだけのこと。一緒に暮らしてく以上、この世界の見聞を広めるのは悪いことじゃない。むしろ推奨することでもある。何よりも二人が望むことであれば、それを叶えさせてやりたい。そのくらいのことも許容できないような器の小さな男にはなりたくない。


「宿泊の手配とかはアタシのほうでやっておくし、設営とかはタケちゃんがいるから」

「そうですね、着替えとかがあるので少し早めに来てもらうことにはなりますが、特に構える必要はないですよ。僕としても二人が参加してくれるのはとても嬉しいです」

「アタシたちがデザインしたものが、実物になる日が来るなんて思わなかった。だから……ね、お願い、お兄ちゃん

「ね、ソウイチ、いいでしょ?」

「ソウイチさん、私からもお願いします」


 俺以外の全員が頭を下げる。普段では見られない光景に、茶々も不思議そうな顔をして首を傾げている。問題は茶々だが……一泊くらいなら大丈夫か?


「茶々、一晩だけ一人で留守番できるか?」

「ワンッ!」


 茶々が任せてとばかりに一声吠える。賢い茶々のことだから、先ほどの会話はある程度理解できているだろう。これまで猟銃の免許の更新で一晩家を空けたこともあるし、何より今の茶々なら泥棒くらい簡単に撃退できるだろう。


「茶々も大丈夫だって言ってるし、わかったよ、一緒に行こう」

「やった! ありがとう、ソウイチ!」

「ソウイチさん、ありがとうございます!」


 満面の笑みで抱き着いてくる二人を受け止め、そう言えば子供の頃から泊りがけの家族旅行的なものをしていなかったことを思い出す。決まった休みの取れない農家の宿命か、両親は遠出を嫌がっていた。親父は集落の寄り合いでも日帰り旅行しか参加していなかったしな。


 畑やハウスもきちんと準備さえしておけば一晩くらいなら何とかなるだろう。年末は色々と忙しくはあるが、それも根回しさえしておけば大丈夫だと思う。少なくとも我が家が不在の間に何かをしでかすような人たちはこの集落にはいないはずだ。


「そうと決まれば明日から準備を始めないとな」

「うん、旅行の準備をする」

「違うでしょフラム、ソウイチさんのお仕事の手伝いでしょ」

「二人にはアタシからも頼みたいことがあるんだけど、いいでしょお兄ちゃん?」

「ああ」


 既に心は東京旅行でいっぱいのフラムだが、それを窘めたシェリーの顔も嬉しさを隠しきれていない。聞けば二人は冒険者の依頼などで長旅をすることはあっても、観光をメインとした旅はしたことがないという。何よりも道中に命の危険がそこかしこに潜んでいるような旅では、楽しむという感覚は存在しないのだろう。それを考えれば二人の喜びようも合点がいく。


 どうやら初美が二人に頼りたいことがあるらしいが、俺としてはそれを断るつもりはない。畑もハウスも残っている作業は一人でも出来ることばかりで、二人の手を借りなくても何とか出来る。だが初美の仕事に関わることとなると二人の助力は必須だ。おそらく新しいフィギュアのモデルか何かだろうが、初美のことだから二人には決して無理はさせないだろう。


 個人的にはいい思い出のない東京暮らしだったが、果たして二人はどう感じるだろうか。もしも東京に残りたいなんて言い出したら、俺はどうすればいいんだろうか……



 

年末の例のアレです。


読んでいただいてありがとうございます。

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