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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
上京する婚約者たち
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1、実験

更新滞って申し訳ありません

新章スタートです。



次回は閑話だと言ったな、あれは嘘だ。

すみません、ただ忘れてただけです。


 外はもう木枯らしが吹き、季節は足早に冬に変わりつつある中、うちのビニールハウスの中は既に春のような暖かさだ。作業着の上に防寒着という少し身体を動かせば汗ばむような服装で、いつもは一人寂しく作業をするところだが、今日はそんな寂しさなどどこにも感じられなかった。


「ソウイチさん、これを動かせばいいんですね」

「ああ、外気に当てるから壁際に持って行ってくれ」


 シェリーが細腕には似合わない力強さでイチゴが植わっているコンテナを軽々と持ち上げる。俺でも気を抜くと腰を痛めてしまう重さだが、今のシェリーにはこの程度の重量物はどうってことないらしい。


「ソウイチ、どうしてわざわざ寒い場所に出す?」

「このイチゴは本来なら春にしか実を付けない。そのためにはある程度確実に寒さを感じさせる必要があるんだよ。そして寒い冬が終わったとイチゴが理解すると、実を付けるんだ」

「なるほど、四季がある国ならでは」


 フラムが外に出す予定のイチゴの株を眺めながら感心した表情を浮かべる。ドラゴンの骨のエキスが出た水を与えているおかげで一年中実を付けている状態だが、本来ならこの種類は春にしか実がつかない一季成りの品種だ。四季成りも育てていたが、やはり一季成りには味では届かないので、ほぼ一季成りにシフトさせている。


 そして今やっているのは、ドラゴンエキスの入った水を与えたイチゴを、本来のように寒さに当てたらどうなるかの実験だ。ハウスに入れたままでも実を付け続けているので、特に気にしていなかったんだが、やはり色々なデータはとっておくべきだということで栽培のパターンを変えてみることにした。


 ちなみに今うちのハウスで育っているのは、ごくありふれた流通品種だ。登録されたばかりの新品種は種も苗もまだ高価で、正直言って貧乏農家である我が家では手が出ない。だが味は最近知名度を上げてきている品種に遜色ない、というか確実に上回っているとさえ思える味わいだ。


 同じ味をたくさん作ることも大事だが、他の味を出すことも重要だ。というのも、ただ甘みが強いだけのものが好まれるとは限らないからだ。人によっては甘味に酸味が加わったほうがいいと言う人もいるし、ケーキのような甘味の強い土台に使うものでは、それに負けない甘さと酸味を出さなければならない。その作り分けを環境で変えられるかを実験している。


 一つの品種でいくつもの味のパターンを出せれば、将来的に販売するとなった時に大きなアドバンテージになる。フルーツとしてそのまま食べる、製菓用として使う、ジャムなどの加工品にする、使い道は様々だ。


「色々と試してみて、期待できそうなものがあれば株を増やしてみようと思う。売り物にするには種類が多くないと」

「うん、買い手の要望に沿ったものを用意出来れば、きっと売れる」

「え、売っちゃうんですか……」

「シェリー、いくら大食いでもここのイチゴ全部を食べるのは無理」

「そ、そういうわけじゃ……」


 イチゴが大好きなシェリーは、自分の食べる分が無くなってしまうことを危惧しているらしい。そもそも俺がイチゴにここまで拘るようになったのは、シェリーが美味しそうに食べてくれたからだ。だから彼女が食べる分は別で栽培するつもりだ。


 思い返してみれば、シェリーが我が家にやってきて最初に食べたのもイチゴだった。その時の動画がきっかけで初美が戻ってきて、寂しかった我が家は一気に明るい雰囲気に満ちるようになった。それを考えれば、イチゴに対して強い思い入れを抱くようになったのも当然か。


 味については、農家として大先輩の渡邊さんにも太鼓判を貰っている。そしてアドバイスをもらったのは、量産もそうだが品種を多くしたほうがいいということだった。もしそれが出来るようになれば、売り先を紹介してもいいとまで言ってくれた。


 実のところ、量産については多少の目途はついていたりもする。というのも、うちのイチゴはとて生育が著しく、通常のイチゴよりも倍以上速く成長している。株分けした新株が一週間ほどで花を咲かせているくらいで、シェリー一人がどれだけ頑張って食べても到底なくならないくらいに収穫はできている。


 余った分はジャムにしたり、冷凍してシャーベット状にしたりして家族全員で味わっているが、なにぶん同一品種なので最近は味に飽きてきているのも事実。シェリーはそうでもないらしいが、やはり味の変化は大事だ。というわけで現在品種を増やすべく、様々な品種の苗を購入して実験をしている。


「ドラゴンの残存魔力が生育を速めているのであれば、他の品種でも十分最新品種に対抗できる味になるはず」


 というフラムの意見も、あながち間違いじゃないということは、既に実験半ばに入った新しい苗に出来た実を食べて確信している。しかも都合の良いことに、紹介してくれるという売り先は個人だという。広く流通させるには当然ながら我が家だけでの生産量では全く追いつかないが、かといって栽培方法が特殊なだけに他の農家に教えることもできない。


 うちだけのブランドとして付加価値を付けつつ、味を理解してくれる人へと渡るのはこちらとしても望むところだ。農家としては自分の育てた作物は、その価値を理解する人に妥当な価格で購入してもらいたい。他のものと一緒に安売りされるのはとても心苦しい。


 何より俺たちが力を合わせて作り上げたもので収入を得られるというのが一番うれしい。今までは細々と葉物野菜を直売所に出す程度で、はっきり言ってまともな収入ではなかった。今までの貯金を切り崩す毎日で、初美が戻ってきて援助してくれていなかったら今頃どうなっていただろうか、考えると恐ろしくなってくる。


「ソウイチさん、こちらは終わりました」

「どの品種も生育は順調、最初に実験したのはもうランナーが出てる。もう少し栽培場所を増やしたほうがいいかも」

「そうだな、今は使っていない隣のハウスも使うか」


 ビニールハウスは意外と維持費がかかる。うちは親父がきちんと温室のような造りにしてくれたおかげで、台風でも大きな被害はなく、修繕費もあまりかかっていないが、一番の問題は光熱費だ。


 春から初秋にかけては太陽光のおかげで十分に生育できるが、夏は暑くなりすぎるので窓を開け、風を通すのを助けるために何台もの扇風機を稼働させる。さらに寒期は温度を保つためにボイラーを使う。なのでビニールハウスを使う農家は燃料費に悩まされる。


 まだ農家としては新米の俺でも、ここで育ったイチゴは決して捨て値で取引される古い品種と同じにはならないと確信しているが、それはきちんと味を理解してくれる人に巡り合うことが大前提だ。


 紹介してくれるというのがどういう人物なのかはまだ教えてもらっていないが、曰く味にはとてもうるさい人だという。聞けば以前に渡邊さんにおすそ分けした初期のイチゴを、偶然居合わせたその人が食べて絶賛してくれたらしい。あの頃に比べれば今のイチゴは遥かに美味い。これならきっと満足してもらえるという自負はある。


「どうした、シェリー?」

「いえ、このイチゴは私たちがソウイチさんと一緒に育てたんだなって思うと感慨深くて……」

「私たちが力を合わせれば出来ないことはない。今までに何度も難敵を退けてきたんだから」

「そうだな、これは俺たちのやってきたことの成果だ、失敗なんてするはずがないな」


 艶やかに赤く色づいたイチゴを眺めて笑顔を見せるシェリー。身体が大きくなってから、率先して手伝いを申し出てくれた彼女は、自分の手で何かを育てるということがとても楽しいらしい。毎日ハウスに行ってはどれだけ成長しているかを嬉しそうに報告してくれる。


「シェリー、そろそろ戻ろう。ハツミが話があるって言ってた」

「そうね、すみませんソウイチさん、先に戻りますね」


 初美が二人に頼みたいことがあると言っていた。内容についてはわからないが無茶なことを言い出さなければいいが……自分には無理だと思うことは素直に断ってくれてもいいんだぞ?

読んでいただいてありがとうございます。

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