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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
過去からの略奪者
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14.迎撃(裏)⑤

 夜半を過ぎた頃、灯りもつけずに山の中を歩く二つの人影があった。夜の闇に紛れるような上下に艶の無い黒い服を纏い、確かな足取りで決して容易には歩けない斜面を平然と歩いてゆく。おそらく宗一ですら灯りなしで支障なく歩くことは難しいだろうが、どう見ても外部の人間にしか見えない二人の足取りは確かだ。


 よく見れば、二人の頭部、正確に言えば顔の上半分を何かが覆っている。外部の人間だとわかるのは、この集落にはこの二人のようないでたちの住人はいないからだ。二人は気楽に会話を交えながら、一軒の民家に向かって山の中を歩いている。


「女は社長のところに行ったらしいぞ」

「こっちは外れかよ」

「まぁそう言うな、こっちにだって女がいるかもしれないだろ」

「そうだな、こいつで黙らせた後なら少しくらい味見しても……」


 片方が懐から取り出したのはスタンガン、作動させれば電極の間に青白いスパークが生じ、光を放つ。それを見てもう片方の男が慌てて制止する。


「バカ野郎、暗視ゴーグルつけてることを忘れるな」

「あ、ああ」


 二人が付けているのは暗視ゴーグル、僅かな光を増幅するこの道具の前では強い光は厳禁だ。場合によっては網膜を焼かれて視力に重大な支障が生じる可能性があるからだ。こんな特殊な道具を使い、周囲に紛れて進むこの二人がまともな職業の人間だとは到底思えない。そんな二人が向かう先とは、当然佐倉家だ。


 二人はジュンイチが準備した別動隊だ。持っている武器がスタンガンなのは、手早く制圧するためだ。金属バット等では制圧するまでに時間がかかる可能性があるからだろう。スタンガンで無力化し、大人数で一気に拉致するというのがジュンイチの想定だった。もし別働の二人が失敗しても、間髪おかずに一気になだれ込んで拉致すればいいと考えていた。実際は山の中で本隊が衝突することになってしまったが。


「見えてきたぞ、あれだろう」

「ああ、もうすぐだな……おい、何の音だ?」

「何を言って……本当だ、何の音だ?」


 佐倉家の窓から洩れる灯りに、深夜の山中移動が終わるであろう安堵をした二人だったが、緊張の糸が解けたところで周囲から異様な音が聞こえてきた。もし彼らが山での活動に熟練していたのなら、自分たちが今どのような状況に陥っているかを把握できたかもしれない。しかし彼らは不幸にもこの近辺の者ではない。サバイバルゲーム程度ならしたことはあるかもしれないが、現実のものとして考えることができなかった。


 彼らも、ジュンイチも、佐倉家の人間が反撃に出ることは当然予測していた。そのために人数を集め、別働までさせているのだから。だが彼らは知らない。宗一を害し、この場所を奪い取ろうとする者たちに対して怒りを覚えているのは、決して佐倉家の人間たちだけではないということを。


 異音は次第に男たちに近づく。それも四方から。やがて異音の正体が姿を現す。周囲の繁みを揺らして現れたのは、人間の腰くらいまでの高さの四本足の獣たち。そして最後に一際大きな獣が、敵意の籠った目で二人を見据える。


「おい……なんだよこいつら……」

「野良犬か? しっしっ! あっちに行け!」


 彼らにとってさらに不幸だったのは、この獣たちのことを知らなかったことだろう。せいぜい野良犬くらいだろうと高をくくっていたこともあり、扱いもまたぞんざいになる。実際には人間は犬にすら勝つことはできないことも多いというのに、動物に襲われるという経験のない者ならば仕方のないことかもしれない。だがその迂闊な行動が、獣たちにとっての逆鱗に触れてしまった。


「フゴ!」

「フゴフゴッ!」


 一際大きな獣、猪の次郎は余所者の舐めた行動に激怒すると、周囲に展開する自分の仲間たちに合図した。猪たちは次郎の合図を皮切りに一斉に男たちへと突進を開始した。いくら強力なスタンガンを所持しているとはいえ、突進してくる猪に当てることは至難の業だ。時速四十キロメートルを超える速度で向かってくる俊敏な獣など、彼らは相対したことなどないのだから。


「フゴッ!」

「フゴ!」

「ひぃ! やめてくれ!」

「た、助けてくれ!」


 猪たちの攻撃は決して全力ではなかった。まるでどこかに誘導するかのように、男たちが逃げ出しやすいように包囲の一角を開けて、力を弱めた攻撃を繰り返す。もし猪たちが全力ならば、最初の一撃で深刻なダメージを負わされていたことだろう。しかし男たちにはそんなことを理解できない。包囲が手薄な場所を見つけ、何とか逃走を図った。


「くそ! 社長のところに合流するぞ」

「こんな話聞いてねぇぞ!」


 次郎は逃げ出した男たちへの攻撃を止めるように指示を出すと、しばらくその後ろ姿をじっと見ていた。そして男たちの向かった先を確認すると、仲間を引き連れてゆっくりと歩みを進めるのだった。



**********



「しゃ、社長! 助けてください!」

「へ、変な連中が!」

「おい! 何があった!」


 別働の二人がいきなり現れたことにジュンイチは理解が追いつかなかった。この二人はジュンイチも認める強さを持っており、厄介な仕事の時には常にフォローをさせていた。そんな二人がボロボロになって現れたのだから無理もない。しかもその様子は大人数に攻撃されたようにしか見えなかった。いつも自分たちがリンチした相手のように。


「何がどうなっているのかしら?」

「わからない、でも私たち以外にこいつらを敵と認識している存在がいるのは確か」

「ワンワンッ!」


 困惑を露わにするシェリーとフラム。少なくとも彼女たちの知る限り、佐倉家の家人くらいしか思いつかない。近隣の住人はジュンイチたちが来ることを知らないはずであり、そもそもこんな夜中にやって来るような若さもない。だがそんな二人とは対照的に、茶々の表情は明るい。激しく尻尾を振りながら、嬉しそうに吠え声を上げる。


 突然の闖入者に膠着状態となったが、このままでは戦いは間違いなくジュンイチたちに有利になっていくはずだった。ただでさえ他にどれだけの人員を潜ませているかもわからない状態で、増えたのは傷だらけとはいえ敵。ある程度回復すればそのまま敵の増援になってしまう。それを理解したためにシェリーとフラムの表情は険しいものへと変化しつつあり、逆にジュンイチたちは優位を確信する。ほんの数秒後までは。


 一斉に周囲の繁みが揺れ、それは姿を現した。シェリーとフラムには何度も遭遇したことのある獣、つい最近は巨大な相手を倒すために共闘もした、この山の猛者が自らの配下を引き連れてやってきた。


「ジローさん」

「ジロー、助けに来てくれたの?」

「ワンッ!」


 余所者たちを怒りに満ちた目で睨む次郎に代わり、茶々が肯定の意思表示をするかのように一声吠えた。実は夕刻に遭遇した時、茶々はこの山を奪おうとする連中が攻めてくることを次郎に伝えていた。茶々は過去に人間に裏切られた経験があるため、佐倉家に深くかかわる人間以外は一切信用していない。このようなことが起こる可能性を捨てていなかった。


 だが次郎も茶々に促されただけでここまで来た訳ではない。何か大きな力により、その怒りを誘導されていた。先ほどシェリーが精霊に呼び掛けても反応が無かったのは、精霊たちが次郎をはじめとする猪たちに働きかけていたからだ。代々山を護り、祀っている守り人の末裔を害し、山を奪おうとする者を許せない気持ちはシェリーやフラムと同じだった。


「フゴ!」

「フゴフゴ!」

「フゴー!」


 突如現れた猪の群れは、ジュンイチたちを改めて敵だと認識した。そして厳しい野生を生き抜く獣たちは、本能のままに行動を開始する。自分たちに危害を加えるであろう敵を排除するために……

読んでいただいてありがとうございます。

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