11.迎撃(裏)②
最終電車が通り過ぎ、数人の利用客が立ち去った無人駅。周囲には二十四時間営業のコンビニもなく、数少ない商店は日没とともに営業を終えて既にシャッターを下ろしている。駅前に一台だけある自動販売機と、未だ現役の電話ボックス、そして小さなロータリーを照らす街灯が唯一の明かりだった。
やがて現れる二台の自動車。一台は赤い外国車、もう一台は黒い車体にスモークガラスの大型ワンボックス。いずれも窓を閉めているにも関わらず、カーステレオの重低音が周囲に響き渡る。たった一台の自動販売機の前に停車した二台からは、決して上品とはいえない様相の男たちが現れる。所かまわす煙草の吸殻を投げ捨て、中には缶ビールの空き缶を捨てている者さえいる。
「おい、これで全員か?」
「はい、言われた通り集めました、アニキ」
「バカ野郎、社長って言え」
赤い外国車から出てきたのはジュンイチ、しかし昼間の小綺麗なスーツ姿ではなく、デニムパンツにジャケットというラフな格好だ。他の男たちも、ジャージやスウェット姿という動きやすい服装だ。そして各々金属バットや鉄パイプ、そしてナイフなどを手にしていた。
既に深夜、周囲の民家の明かりは消えている。過疎化の進んだ農村では深夜まで起きている住人は少なく、起きていても外を見るようなことはない。駐在所さえないこの近辺では、警察を呼んだとしても駆けつけるにはかなりの時間を要するため、自分たちに被害が及ばなければ完全スルーである。だがそれも仕方のないこと、若い人間はほとんどおらず、荒事にも慣れていない高齢の住人ならば、無理に介入して巻き添えを喰らうようなことは出来ないのだから。
「社長、俺たちは何すればいいんすかね」
「簡単だ、農家の息子と一緒にいた女を拉致ればいい。ただし、女には傷つけんなよ? あんな上玉ここ数年でも見たことないくらいだ」
「そんなにっすか? なら俺たちにもおこぼれ貰えるっすか?」
「俺が愉しんだ後なら構わないぞ、壊さない程度にな」
「その前に社長が壊しちまうかもしれないっすけどね」
「それならそれで売り先があるってもんだ」
とてもじゃないが聞くに堪えない話を、下卑た笑みを浮かべながら平然と口にする男たち。その頭の中では既に獲物を甚振り味わう様が繰り広げられているのだろう。これから行われることは明らかな犯罪であるにもかかわらず、誰の目にも怯えや躊躇いのようなものは窺えない。
これが武や初美が噂を耳にしていた、ジュンイチの裏の顔だ。半グレ集団を手足のように使い、強引な手段で奪い取る。元々半グレ集団は暴力団として認識されていないため、警察の動きは鈍い。さらに言えば、ジュンイチの裏のコネを使い警察幹部を抱き込むことによって、事件をもみ消している。音尾達はそれを理解しているためにここまで堂々としているのだ。
「農家の男拉致ってどうするんすか?」
「甚振って権利書出させるんだよ。ハーレー乗り回してるような奴だから、金もため込んでるはずだ」
「じゃあ目ぼしいものは貰ってもいいっすよね」
実際は武の愛車なのだが、ジュンイチは武の姿を見ていないので、宗一の持ち物だと思っている。明らかな強盗行為なのだが、集団でリンチして相手の心を折り、あくまで譲り渡したことにするのはジュンイチの常とう手段だった。質の悪さから言えばユカリよりも酷い。対象を傷つけて、尚且つすべてを毟り取ろうというのだから。
「そろそろ行くぞ、山道を歩くから準備しておけよ」
「わかってますよ、全員トレッキングシューズ履いてます」
男たちの体は皆筋肉質で、何らかの格闘技経験者のようだった。ジュンイチもまたジャケットの下の白いTシャツに浮かび上がる筋肉は、かなり鍛えている者のそれであった。半グレ集団には、格闘家だった者が属していることは少なくなく、ジュンイチの率いるグループもまたそうだった。格闘技経験者数人による集団リンチ、決して痛めつける程度では収まらないだろう。
「権利書出させて、委任状にハンコ押させるまでは殺すなよ」
「わかってますって」
「ま、もし死んじまっても事故死で処理してもらうだけだ。何かあっても海外に高飛びすればいい」
さらっと恐ろしいことを口にするジュンイチ。それは過去にも同じようなことがあり、逃げ延びた経験があるために出た言葉だろう。ジュンイチは宗一から、まさに言葉通り全てを奪い取るつもりで来ている。
「そろそろ行くぞ」
「はい」
ジュンイチと男たちが車に乗り込み、再び爆音を響かせながら駅前から去っていく。向かう先は集落から離れた山の方角、その方向にあるのは佐倉家のみだ。近所迷惑など一切顧みない男たちは、これから繰り広げられる愉しい宴を想像しながら、夜の闇を進んでいった。獲物を嬲り、奪いつくす非道の宴を……
「行ったか?」
「はい、連絡どおりでしたね」
駅舎の陰、ロータリーから見えない位置にある駐車場に停車していた数台の黒塗りの車から、全身黒づくめの者たちが姿を現した。そのうちの一人がスマートフォンで誰かに通話を始める。
「私です、やはり動きました。……はい、わかりました。指定の場所で待機します」
短いやりとりを聞いて、他の者たちは即座に車に乗り込む。ジュンイチたちとは違い、明らかに何らかの特殊な訓練を受けている者たちの動きである。そして彼らは闇に消えたジュンイチたちの後を追うように、佐倉家の方向へと車を走らせた。
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「来た、結界内に侵入した」
「やっぱり来たわね、読み通りね」
「ああいう連中は目の前に御馳走があったら我慢できない。動きを読むのは造作もない」
「そうね、速く片付けてソウイチさんのところに戻りましょう」
「チャチャも警戒をお願い。チャチャがその気になったらあんな連中相手にもならないけど」
「ワン」
深夜の山の中、息を潜めて待機するシェリーとフラム、そして茶々。正面からは来ないだろうという二人の予想通り、ジュンイチたちは山の入口から農道を通らずに佐倉家に向かうようだった。人数は十人程度、それに対してこちらは二人と一匹、数で言えば不利な状況ではあるが、シェリーもフラムも不安の色は全く見せていない。
「ソウイチさんに危害は加えさせません」
「うん、手段を選ぶ必要があるのは面倒だけど、それもこれからの暮らしを思えばのこと」
初美が急遽用意した、迷彩模様の戦闘服に身を包んだ二人は、改めて自分に気合を入れる。そのために山を歩き、状況把握と罠の設置に時間をかけたのだ。殺してしまえば楽だと二人は考えており、元々盗賊の類など返り討ちにしても咎められることはなかった。しかしここは法治国家である。何よりも自分の管理する山で殺人など、宗一が許さないであろうことは理解していた。
もしここが突破されても、自宅には武がいるから最悪のことにはならないだろう。しかし宗一は病み上がり、一刻も早く戻って一緒にいたいというのは二人の共通認識だ。何よりも、二人にはすぐに戻りたい理由があった。
「早く戻ってソウイチさんのお世話をしなきゃ」
「今度は私が食事を食べさせる番」
シェリーもフラムも、疑似体を手に入れたことで、今までできなかったことを率先して行っていた。それは宗一の身の回りの世話だ。まだ静養中の宗一の着替えを用意したり、畑やビニールハウスの管理を代行したり、そして二人が何よりも心待ちにしているのが宗一の食事の世話だ。
自分で食べられると主張する宗一を押し切り、食事を食べさせることに執着する二人は、交互に食べさせることで落ち着いていた。最初は二人が両側からスプーンを差し出していたので、宗一もどちらを食べていいのかわからなかった。片方を食べればもう片方は悲しそうな顔をする、そんな状況でまともに食べる胆力は宗一には存在せず、宗一の頼みで交代制になった。
二人からすれば、これから来る敵は、至福の時間を邪魔する害悪でしかない。一刻も早く撃退して戻りたいのだ。その怒りは当然、侵入者へと向けられる。
「魔法も極力なし、体術優先なんて久しぶり」
「でもこの体ならどうにかなるんじゃない?」
シェリーが手にしているのは木剣、フラムは杖。非殺傷が前提なので、必然的に武器はそうなった。しかも誰かに見られる危険性を考えて攻撃魔法は禁止。かなりの縛りのある戦いではあるが、それに向けた準備は整えてある。戦闘に
支障の無い程度の開けた場所に誘い込むように罠を設置し、結界を張った。後は敵が来るのを待つだけだ。
そしてどのくらい時間が経っただろうか。
「痛ぇ! 何だこりゃ!」
「こっちも何かある! 回り込め!」
シェリーが張った罠にかかったであろう敵の声が聞こえる。シェリーの罠は殺傷はもちろんのこと、拘束も優先事項ではなかった。二人が待ち構える場所へ誘導する手段でしかなかった。フラムのように怒りを露わにする性格ではないシェリーだったが、その心は宗一を害されたことへの怒りでいっぱいだった。自らの手で相手を痛めつけなければ気が済まなかったのだ。
やがて乱暴な複数の足音が近づき、手にしたライトの明かりが見え始めた。これから闇討ちしようとするもの者にはあるまじき行動に二人は少々呆れる。これから攻め込みますよ、と明言しているようなものだ。そして……
「ここから先には行かせません」
「お前たちはここで終わり」
「……へぇ、獲物から飛び込んできてくれるとはな」
二人の戦闘服姿を見たジュンイチは、最初こそ驚いた様子だったが、たった二人だけということを確認して下卑た笑みを浮かべる。この戦力差ならどう転んでも自分たちの負けはないと考えているのだろう。他の男たちもそれに驚いていたが、二人の整った顔立ちを見て同様に笑みを浮かべる。
「社長、とびきりの上玉っすね。おこぼれ貰うのが楽しみっす」
「ああ、だが最初は俺だからな。傷つけるなよ」
「わかってますって」
何度もこういうことを経験しているのだろう、男たちは即座に二人を囲むように行動する。そして……
「さっさとケリつけて、いい声で鳴かしてやるよ!」
ジュンイチの声とともに、男たちが一斉に行動を開始するが、シェリーもフラムも動じることはない。。深夜の山の中で、二人の反撃が今始まろうとしていた。
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