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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
過去からの略奪者
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9.迎撃(表)

「本当にこの格好でいいのか?」

「いいのよ、いつも通りのほうが意味があるんだから。それからシェリーちゃんとフラムちゃんはこっちに隠れてて、お兄ちゃんが呼ぶまで出てきちゃ駄目よ」

「あの……それで大丈夫なんでしょうか?」

「大丈夫、任せておいて。あれ? フラムちゃんは?」

「向こうでタケシさんと話をしてましたが……あ、来ました」

「お待たせハツミ、朝のアニメを録画してもらってた」


 日曜日の朝六時、普段なら俺以外はのんびりとした休日の朝を満喫している時間帯だが、今日は皆せわしなく動き回っている。日曜日、つまりユカリが再びやってくると約束した日だ。前回来た時は昼前だったので、きっと今回もそれと同じくらいだろうと考えてのことだ。


 今回のプランは初美の立案、最初は俺と初美の二人で会い、頃合いを見てシェリーとフラムを婚約者として紹介するという流れだ。初美曰く、ユカリのほうはこれで大丈夫とのことだが、本当にそれでいいのだろうか? 女のことは女にしか理解できないので、こちらとしては任せるしかないんだが。ちなみに武君は、前回一緒についてきた男が何か挙動不審な動きを見せた時の取り押さえ要員だそうだ。あの筋骨隆々な武君なら、並大抵の男は取り押さえられるだろう。


 厄介事に巻き込みたくないと、シェリーとフラムを紹介することは反対していたんだが、何故か二人がとてもやる気を出していた。俺が意識を飛ばしている間のことは一通り説明を受けたが、いかんせん覚えていないので深刻さを未だ理解できていない。そしていまいち理解できていない理由がもう一つ。


「ソウイチ、呪いのことは言っちゃ駄目だから」

「どうしてだ?」

「無意識のうちにやっていることを追求したところで認めるはずがないから。そもそも私たちがあの女に会いたいのは、確認したいことがあるから」

「はい、どうしても確認しておかなきゃいけないんです」

「危険なことじゃなければな」


 あくまで挨拶しながら確認するだけだと言う。そんなに短い時間で大丈夫なのかと思ったが、確認にはそれほど時間はかからない、というか一目見ればはっきりわかるという。なら遠巻きに見ればいいんじゃないか?


「私たちには、ソウイチさんの婚約者として名乗る必要があるんです」

「あんな財産目当ての女に、ソウイチの心が既に誰のものかをわからせる必要がある」

「本妻がいるのにしゃしゃり出てきた昔の女に、身の程を教えてあげないと駄目なのよ、お兄ちゃん」


 今日の女性陣はいつにも増して迫力がある。命を救われた俺としては口を挟むつもりはないが、それもまた俺のことを心配してくれているということだろう。そして俺のほうはというと、何故だかとても気分がいい。昔付き合ってた頃、それも別れる直前くらいは、デートどころか電話するのも気が進まなかった。会うと必ず気分が落ち込み、体調を崩して動けなくなる時もあった。それに比べると、今の気分はとても晴れやかだ。シェリーとフラムという、俺のことを心の底から想ってくれる存在が、俺にかけられた呪いを取り除いてくれたおかげだ。その二人がこんなにも身近に感じられるんだ、こんなに心強いことはない。


「……来たみたいね」


 耳を澄ませば、こんな山間の農村には似つかわしくない、大排気量のエンジン音が聞こえてくる。いよいよ決着の時が近づいてきた。俺がずっと抱えてきた過去の因縁、そしてあの女のくだらない思惑に終止符を打つために。当時の俺と今の俺は違う、そう心では理解しているんだが、やはり緊張してしまう。きつく両拳を握ると、それぞれ左右から優しく包み込まれた。


「ソウイチさん、私たちがついています」

「あんな女の入り込む余地は蟻が入る隙間もないことを教えてやる」

「……ああ、ありがとう」


 両手に伝わる温かさは、俺の臆病になりかけた心に力を与えてくれる。この二人に比べたら、あの女の偽りの仮面がとても醜く見える。そう、この温かさがあれば、俺はあんな女になど負けるはずがない。俺たちの絆の力、思う存分見せてやろう。



**********



「ずいぶん元気そうじゃない? で、考えておいてくれたの? どうして妹さんがいるの?」

「アタシも親族だから、そういう大事な話に参加するのは当然でしょ?」

「ふーん、まあいいけど」


 ユカリは居間に通されると、初美が同席していることに一瞬だけ表情を歪めた。宗一の血色の良い顔には大して反応を見せなかったのは、宗一のことを恋愛対象として全く考えていないことの証拠だろう。話を長くすることに意味はないと考えた宗一は、早速本題に入ることにした。一分一秒も長くこの女の顔を見ていたくなかったということもあったが。


「悪いがこの山は誰にも売らない。代々守ってきたのを、俺の代で終わらせることはできない」

「……未来の妻のお願いでも?」

「あんたは婚約者でも何でもないでしょ! 赤の他人のくせに!」

「これから先にどうなるかなんて、誰にもわからないのよ?」

「……そうよね、あんたがどう心変わりしても、わからないものね」


 ユカリは明らかな不機嫌顔をして、宗一に刺々しい視線を送った。無自覚に呪いの種を植え付けたこれまでの男たちであれば、この視線で思考を縛り付けられたのだろうが、今の宗一は既にその哀れな男たちと同じではない。大切な婚約者たちの手によって呪いは完全に除去されており、ユカリの視線にも自分を見失うことはなかった。


 初美がユカリに気付かれないように宗一の脇腹を肘で突く。それは合図、もう既にこの家にユカリの入り込む余地はないのだと知らしめる時が来た合図。宗一は今までの自分では考えられないほど冷静になっていた。ユカリの目をみながら、小さく微笑んで言った。


「親族といえば、今度俺の嫁として家族に加わる婚約者もここに同席してもらうのが筋だと思うんだが……入ってきていいぞ」

「失礼します」

「失礼する」


 宗一の言葉を待ちかねたように、襖を開けて入ってくる二人の美少女。一人は白いシャツにスリムタイプのジーンズ、頭に淡いグリーンのニットキャップを被った金髪の少女で、ゆったりとしたシャツのはずだがしっかりとそのプロポーションの良さがわかる。もう一人は綺麗な黒っぽいショートボブの髪の少女で、黒の無地のパーカーに同じく黒のデニムのハーフパンツに身を包んでいる。体型の分かりづらい服装ではあるが、袖や裾から覗く手足の細さは、女性なら誰もが憧れるものだろう。


「彼女たちは今度俺の嫁になる予定の婚約者だ」

「へ? 婚約者? 二人いるんだけど?」


 入ってきた二人のあまりにも際立った美しさに見惚れるユカリとジュンイチ。そして宗一の放った婚約者という言葉にようやく我に返る。日本では一夫多妻制は認められていないはずで、ユカリもそのくらいはわかる。


「ああ、そうだな」

「それは私たちも理解しています」

「だから私は妾でいい。それは皆が受け入れている」

「な、なに言ってるの?」


 ユカリとしてみれば、宗一には女っ気がないからこそ自分の色仕掛けが通じるはずだった。だが婚約者として紹介されたのはどんなに自分に贔屓目に見ても、ユカリなど足元にも及ばないレベルだった。しかも二人の見た目は間違いなく十代、三十路のユカリにとっては既にどのような手段を講じても手に入らない若さという最強の武器を手にしている。


 何故か自分の言うことを聞かなくなった宗一、そんな彼の婚約者だという超絶美少女二人、ユカリは混濁する思考をフル稼働させてようやく一つの結論に至る。最早宗一は自分がどんなに迫ったとしても、靡くことはないと。この二人が相手では、如何に自分を磨き上げようとも勝ち目など存在しないと。


「改めて言う、山の権利は売らない。家族全員で決めたことだ、理解してくれ」

「わ、わかったわよ……帰るわよ、ジュンイチ」

「……」


 今までに感じたことの無い宗一の気迫に圧されたのか、ユカリはそれ以上話を進めることができなかった。背後に座るジュンイチを促して帰ろうとする。ジュンイチはシェリーとフラムのことを舐めまわすように見ていたが、ユカリに促されて渋々立ち上がった。だが最後まで二人から視線を切らすことはなかったが。


「これで終わった……か?」

「そうなるといいんだけどね」


 遠ざかるエンジン音を聞きながら会話を交わす宗一と初美。今まで見たことのないユカリの様子に、これならば大丈夫かもしれないと胸を撫でおろすが、それと共に気になったのがジュンイチという男のシェリーとフラムを見る目だった。吐き気を催すような、劣情を含んだ視線は、まともな人間が他人に向けるものではない。


「まだ終わらないですよ」

「うん、あれは間違いなく仕掛けてくる。それも近いうちに」


 宗一と初美に投げかけられる二人の声。冷静極まるその声に潜む静かな気迫が、物事が悪い方向に進みつつあることを示唆しているようだった。

読んでいただいてありがとうございます。

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