8.迎撃準備
「ハツミ、ちょっと話がある」
神妙な面持ちでアタシの部屋を訪れた二人の美少女。いつものアタシなら即座にカメラを構えるところだけど、二人の真剣な眼差しに、湧き上がる衝動を何とか抑えた。
「今後の対応について話しておきたいんです」
「あー……そういうことね」
二人が心配しているのは、今週末に再びやってくるはずの、あのクソ女についてのことだ。正直なところ二度とうちの敷居を跨がせたくないんだけど、ぞんざいに扱って厄介なことになっても困る。でも……実はアタシ、そんなに深刻に考えていなかったりもする。
あのクソ女はお兄ちゃんを色仕掛けで落とそうとしてる。お兄ちゃんが当時のままで、女っ気のないダサい男だったら心配だったかもしれない。優しくされたら言うこと聞いちゃうかもしれない。でもあの女は今の状況を知らない。
女のアタシでさえ見惚れる美少女二人がお兄ちゃんを慕ってる。あんな厚塗り化粧のケバイだけの女なんて百万人集まっても彼女たちの足元にさえたどり着けない。年増女の頑張った色仕掛けなんて、通用するはずがない。もしあの女が普通の女としての感性を持ってるなら、お兄ちゃんと一緒にいるところを見せるだけで勝ち目なんて存在しないことに気付くはず。
「そんなに心配しなくていいんじゃない? シェリーちゃんもフラムちゃんも、あの女と比べたら泥団子とダイヤモンドよ? もちろん泥団子があの女だけど」
「あの女に関しては私たちもそんなに心配していないんです」
「え? どうして?」
「それはいずれわかる。むしろ心配なのはあの時一緒にいた男。あの男からは嫌な感じがした。冒険者時代に何度も討伐した盗賊に近い雰囲気を感じる」
「うわ……やっぱり」
あいつらについては昔からいい噂はなかったんだよね。自分の思い通りにならない時は、ヤバイ筋の連中を使ったりもしてるって。どうしてそんなことを二人がわかったのか、なんてことは聞かない。だって二人は何度も死線を越えてきた冒険者だし、危険を察知する能力はアタシたちの数倍先を行ってるんだから。だから二人が危険だと判断したのなら、要注意人物だということ。
「あの男は間違いなく実力行使に出る。理不尽を暴力で押し通そうとする輩と同じ雰囲気を持ってる」
「実力行使……」
そういえばあの女のことをタケちゃんに話した時、ギャング上がりの連中とつるんでるかもしれないって言ってたけど、あの男がそうなのかな。表向きは青年実業家だけど、裏では政治家や大企業の黒い部分を請け負ってるとか。そんな奴が実力行使に来るなんて……警察に相談したいけど、そうなると二人のことを追求されるかもしれないし……
「それでハツミさんにお願いがあるんです。もっと動きやすい服を用意してもらえませんか? 森での戦闘も可能な服を」
「ケイサツという組織に相談できないのは理解している。それにあの雰囲気を纏った連中は権力者と繋がりがあるのがほとんどだから、相談しても無駄かもしれない。なら今度は私たちがみんなを護る番」
「シェリーちゃん……フラムちゃん……」
「そのためにまずこの身体の使い方に馴染みたいので、動きやすい服も用意してもらえたら、って」
「男はソウイチ一人しかいないってきっと思ってる。そこに勝機がある」
確かにあいつらはタケちゃんがいることを知らない。数人で来てもタケちゃんなら撃退できると思う。だけど、お兄ちゃんは猟銃を持ってるって知ってて、それでもなお来るとしたら……タケちゃんだけじゃ対処できないかもしれない。タケちゃんは自分の過去をあまり話したがらないけど、何となくどんな経歴かはわかる。だって一度だけタケちゃんが以前仕事場にしてたビルに行ったことがあるけど、はっきり言って環境はよくなかった。そんなところで平然と仕事場を構えてたんだから、そこは推して知るべきところ。
二人があまりに熱心に言うから、とりあえず材料を集めて服を作るけど、正直言って隠れていてほしい。いくら二人が戦いの経験があるとはいえ、相手は手段を選ばない危険な奴等だから、どんな卑怯な方法で来るかわからないんだから。せっかくお兄ちゃんと対等に気持ちを伝えあえる機会が訪れたのに、危険な目に遭ってほしくないんだよ……
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「はっ!」
「やっ!」
「えいっ!」
晩秋の快晴の空の下、可愛らしくも鋭い掛け声とともに、木がぶつかり合う乾いた音が響く。音の主はシェリーとフラム、シェリーは両手剣のような木剣を、フラムは自分の身の丈くらいの長さの棒を手に打ち合いをしていた。シェリーが上段から打ち付ければフラムが棒で受け、フラムが棒で足を払おうとすれば、小さく後方に跳んで躱すシェリー。刮目すべきはその速度と動きの滑らかさだろう、まるで映画の殺陣のような動きを、二人は何の事前打ち合わせもなしにこなしているのだ。
目まぐるしく攻守が入れ替わり、その悉くを受け、躱し、いなす。最初こそ大きくなった体の扱い方に慣れていないぎこちなさが見られたが、数合の打ち合いの末にそれはほぼ消え去り、両者が持つ実力の片りんがはっきりと見え始めた。そんな二人の打ち合いを、縁側で茶々とクマコと一緒に眺めていた初美は、あんぐりと開けた口を閉じることも出来ずに見惚れていた。
二人が冒険者として数々の危険な任務をこなしていたことは聞き及んでいる。だが初美にとっては小さなフィギュアのような小人の、おとぎ話のような冒険譚くらいにしか捉えることが出来なかった。しかしこうしてまざまざと見せつけられると、冒険者という職業は決して言葉通りに受け止めてはいけないと再認識した。
言わば傭兵でもあり、言わば特殊部隊のようでもある。こちらの世界で言うところの銃火器に当たるものが魔法となり、近接白兵戦闘は剣や槍、杖、斧、槌のようなファンタジー感溢れる武器となる。そして敵対するのは、そんな冒険者が己の命を捨てる覚悟を持たなければならない魔物たち。
常に自分の行動に命の危険を感じることなど、平和な日本ではあり得ないことだろう。しかし彼女たちは日々が生死の境目のような暮らしをしていた。過酷な環境で育ってきたが故の地力の違いが明らかに現れていた。しかもまだ二人とも魔法を使っていない。あくまでも自分の身体に染みついた体術のみで、こんなにも初美の目を奪っているのだ。
「二人とも、凄いわね」
「ワン!」
「ピィ!」
初美が漏らした呟きに、茶々とクマコが嬉しそうに応える。クマコは遊びに来て最初のうちは、大きくなったシェリーとフラムに戸惑っていたようだが、茶々が全く気にすることなく受け入れているのを見て、しばらくすると以前と同じように接するようになった。クマコもフラムの肩に止まれるようになり、とても喜んでいた。
宗一はまだ数日は静養が必要ということで、ビニールハウスと畑の手入れは最低限を初美たちに任せて床に就いている。そんな宗一の様子を見ていたからこそ、シェリーとフラムは戦う決意をした。おそらくユカリたちが来る頃には宗一の体調も戻っているだろう、しかし相手は何をしてくるかわからない輩、ただ護られるだけの足手まといの存在にはなりたくないという二人の意思表示だった。
「あの女だけなら……女として完全に負けを認めさせればいいだけなんだけどさ……」
初美はユカリだけなら対処はそう難しくないと考えていた。それは女だからこそわかるもので、また女であるならば足掻けば足掻くほど無様な姿を晒すだけだということも理解できるだろう、と。だがそこに他の連中の思惑が関わってくれば、事態は変わってくる。
武も色々と各方面に働きかけてくれているようだが、それでもまだ不安は残る。集落から離れた家ということもあり、何かトラブルがあっても目撃者は望めないだろう。最悪の場合、この家から誰もいなくなるようなことすらあるかもしれない。相手はそこまでのことをやりかねない連中なのだから。
シェリーとフラムの打ち合いは苛烈さを増してゆく。そこにはとても心強さを感じるとともに、これだけの高い身体能力を有する彼女たちが本能的に危険だと認識した相手と相まみえるという恐怖もまた、初美の心の中で大きくなっていくのだった。
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