7.心地よい目覚め
とても苦しい夢を見ていたような気がする。とても楽しい夢を見ていたような気もする。どんな夢だったかを思い出すことはできないが、一つだけ確実に言えることは、こんなにも清々しい目覚めは今までになかったということだ。以前からずっと抱えてきた身体の重さやだるさ、胸の痛みなどが綺麗さっぱり消えている。ずっと病院に通っていても劇的な症状の改善が見られなかったのに、どうしてこんなにも急に?
スマートフォンの日付を見ると、もう週も半ばだった。確かあの女がうちに来てから体調を崩して、あの日は早く床に就いたんだったが、まさかずっと眠り続けていたのか? 自分でも全く気付かなかった。
いかん、畑とハウスの様子を見ないと、放ったらかしになっているだろう。肥料などはともかく、ハウスの中の作物が水切れを起こしていたら大変だ。慌てて起き上がろうとして、身体に力が入らないことにようやく気付く。身体を起こすのもままならず、何とか体勢を整えようとして気付く違和感。
俺の身体に柔らかい何かがくっついている。それは人肌の温かさを持った何かで、布団の中で俺の身体の両側から、まるで動きを封じるかのようだ。体に力が入らないのと、動きを阻害されているせいで布団の中を確認することはできない。少しずつ腕に力をこめ、僅かながらも自由を取り戻した腕で布団をゆっくりと捲った。
待て。ここは俺の部屋だよな? まさか無意識のうちにデリバリー系の風俗でも呼んだか? いや、こんな田舎にまでやってきてくれる物好きがいるはずもない。そもそも初美たちも一緒に暮らしている家に呼び込むなんてありえないだろう。じゃあ今布団の中で俺にしがみついて眠っている二人の女の子は一体誰だ?
左側にくっついているのは綺麗な長い金髪の、グラビアアイドル顔負けの見事なスタイルの女の子、右側にくっついているのは黒っぽい青髪に、スレンダーながらもきちんと主張するべきところはしている女の子、そして二人とも……全裸だ。一体何がどうしてこうなってる? 現状に思考が置いてきぼりをくらっている。
「う……ん……あ、ソウイチさん、お目覚めですか?」
「……ソウイチ、身体に異常はない?」
布団を捲られたせいで、二人が目を覚ましたようだが、その声に聞き覚えがある。とても耳ざわりの良い口調は、見知った女性たちに酷似している。だがここにいる女性たちとは決定的な違いがある。何がなんだか理解が追いつかない。よく見れば二人の美少女にはどこか見知った面影があるが……
「……シェリー? フラム?」
「はい、私たちも同じ大きさになりました」
「おかげでソウイチを助けられた」
同じ大きさ? 俺を助ける? 一体何のことやらさっぱり見当がつかない。俺が眠ってる間に何かあったのか? 色々と詳しく聞きたいことが多いが、ますは……
「聞きたいことはたくさんあるが……まずは二人とも服を着てくれ、目のやり場に困る」
「え……は、はい」
「……ソウイチならもっと見てもいいのに」
シェリーは恥ずかしそうに、フラムはどこか不満げに、毛布を巻いて身体を隠す。とはいえ今の二人に合う服はあるのか? やはりここはあいつの力を借りるしかないか。
「おーい、初美!」
「あ、お兄ちゃん目が覚めたんだ! 体の調子はどう?」
「ずいぶんスッキリしてるよ。それよりも二人に服を用意してくれないか? お前のお古のジャージでも……」
「何言ってんの、ちゃんと二人の身体に合わせた服を用意してるわ。シェリーちゃん、フラムちゃん、こっちに来て」
入口から顔を出した初美もどこか安堵の表情だった。二人は初美に促されるままに部屋を出て行ったが、もしかしてずっと二人は裸で俺に添い寝していたのか? そんな嬉しいことに気付かないくらい、俺の体調は悪かったのか? 二人が服を着て戻ってきたら、詳しいことを聞いてみよう。
**********
「ソウイチは呪われていた。呪いを仕掛けたのはあの女」
「心と体を蝕む危険な呪いだったんですよ」
しばらくして服を着て戻ってきた二人。シェリーはすらりと伸びた足にフィットするデニムに白いシンプルなシャツ、フラムは同じくデニムのハーフパンツに黒のパーカーという無難な格好だった。だが素材がいいのか、どこぞのファッション雑誌のモデルなんぞよりも可愛らしく見える。そんな二人から、俺が眠っている間に起こったことを聞き、正直なところ耳を疑った。
呪い、と言われてもいまいちピンとこない。呪いと言われてすぐに思いつくのは丑の刻参りのような、鬼気迫るものだが、あの女にそんなことが出来るとは思えない。呪術や陰陽師の家系であるはずもなく、黒い噂の絶えない不動産会社の社長令嬢のはずだ。
「強い妄執は時として呪いに近いものへと変化する。ソウイチの場合過去の心の傷に付け込まれた」
「心の傷……か」
フラムの言葉に思い返せば、心当たりはある。両親が死んでかなりのショックを受けたのは確かで、あの女と付き合い始めたのもその頃だった。会社には両親の訃報を伝えていたし、社長である父親の威光を借りて、詳しいことを知ったんだろう。
「心の傷がなければ付け込めないくらい、呪いとしては未熟なものだった。でも呪いというものが一般的じゃないとなると、それは十分な脅威になる。きっと今までもあの女に関わって病気になったり、怪我をしたり、場合によっては命を落とした者がいたはず」
「そういえば……会社でも何人か病気を患って辞めたのがいたな」
今思い起こしてみれば、符合する出来事がいくつもある。まさかそれが呪いのせいだなんて、誰もわからないだろう。そもそもあの女自身ですら自覚していないのであれば、より発覚は困難になる。俺が呪いに打ち克つことが出来たのは、ひとえにシェリーとフラムがいてくれたからだ。彼女たちの得意なフィールドでの事件だったことが幸いした。
「お兄ちゃん、大丈夫なの?」
「まだ動くのは少ししんどいが、気分は今までにないくらいスッキリしてる。今日明日ゆっくり休んで栄養のあるもの食べれば大丈夫だ。それよりも、呪いはもう心配しなくていいのか?」
「はい、呪いというものは解呪されてしまえばもう二度と通用しませんから」
「ウィルスによる病気に対して抗体が出来るようなもの。もうあの女と関わっても何の影響も受けない。それに……ううん、何でもない。とにかくソウイチが元気になってくれてよかった」
聞けば聞くほどとんでもない状況に陥っていたことに戦慄を覚えた。フラムによれば、対処が数日遅れていたらもう手遅れになっていたかもしれないとのことだが、きっとあの女の言うがままに山の権利を手放し、利用価値が無くなればゴミのように捨てられていただろう。大事に護り続けていたものすべてを失って……
「だが……あいつはまた来るって言ってたぞ」
「それに関してはハツミと相談して対処を考える。もいうあんな女の好きにはさせない」
「だからソウイチさんは体を休めることに専念してくださいね、一生懸命お世話しますから」
そういってシェリーは俺を半ば強引に寝かしつける。こんな極上の美少女に世話してもらえるなら、もう少しこのままでもいいかなとさえ思えてくる。あの女がまたやって来るとわかっているのに、不安など微塵もなくなっている自分がいる。これもシェリーとフラムが呪いを断ち切ってくれたおかげだろう。ただ唯一気になるのが……初美と相談してあの女への対処を決めるということだろう。やりすぎて警察沙汰にならなければいいが……
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