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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
雨の暴食者
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2.講習会

 小雨の降る中、二つの鞄を後部座席に置いて車に乗り込もうとしたとき、声をかけられた。


「佐倉君、ちょっといいかい?」

「はい、何ですか?」


 声をかけてきたのは地元の猟友会の担当者、今日は猟銃の許可更新のために技能講習に一緒に参加していた。講習は特に止められることもなく無事に終了できたので、後は後日警察で交付を受けるだけだ。。


「佐倉君のあたり、最近猪が多いって話を聞くけど、どうなのかな?」

「増えてるようには感じないですけど、他は増えてるんですか?」

「去年の梅雨の降雨が多くて山の食べ物が豊富だったらしいんだよね。だから子供が増えてるみたいなんだよ。で、そこで相談なんだけど、今年からそっちの害獣、特に猪を任せたいんだ」


 確かに去年の夏から秋にかけて山の植物の生育は順調だった。そうなると当然猪の食べ物も豊富になり、春に生まれた子供が死ぬ確率は低くなる。でも害獣駆除は別の会員が任されていたはずなんだが……


「いつもの爺さんが高齢でさ、鳥撃ちくらいしか出来ないって言うんだよ。佐倉君ならライフルも持ってるし、散弾銃も鳥撃ちしないから普段はスラッグでしょ? 猪に対応出来る人が少なくなっちゃってさ」

「まあそうですけど……」


 猟銃には散弾銃とライフルの二種類がある。一般的に散弾銃は入門、ライフルは熟練者というイメージがあるが、それはライフルの所持許可に条件があるからだ。ライフルは散弾銃を十年以上所持して初めて許可が下りる。俺はようやく二年前にライフルが撃てるようになった。


 ざっくり分ければ、散弾銃は鳥のような小さな獲物から猪くらいまで、ライフルは猪や鹿、そして熊のような大型の獣に使う。散弾銃も使用する弾丸によって用途が異なり、その名の通り『散弾』を使う場合は小物、『スラッグ弾』言われる一粒弾を使う場合は中型の獣に使われる。ちなみに技能講習は所謂クレー射撃を散弾で行う。


 散弾は小さな弾丸をばら撒くので猪のような獣には貫通力が低い。なので使う場合は一粒弾なのだが、一粒弾の有効射程は条件が良い場合で約六十メートル、時速三十キロ以上の速さで走る猪相手に外せば、容易に反撃を受ける距離しかない。一粒弾にも弾丸の種類があるので一概には言えないが、俺の所持している弾丸ではそのくらいしかない。一方ライフルなら貫通力も高く、かつ射程も長い。およそ三百メートル以上の有効射程があり、条件が整えば五百くらいまで行く場合もある。


「すぐにとは言わないし、無理強いするつもりもないよ。もちろん要請があればこっちで人員揃えるけど、佐倉君のほうの緊急時には対応して欲しいってだけだよ。多分猪くらいならこちでもいけるとは思うんだけど、念のためにね」

「考えておきます」


 害獣駆除は必要な作業だし、受けたいことは受けたいが、色々と訳アリで無理だ。その理由がちょっと恥ずかしいものなので言うつもりはないが、もし家族に何かあった場合はやるしかないだろう。いつまでも茶々にばかり負担を強いるつもりはない。


 話を聞いていて、ふと次郎のことが思い浮かんだ。頻繁に畑に現れるが、作物を荒らす様子もない。意味不明な行動を取る理由がわからない。獣の考えることはわからないが、本能に従うような素振りを見せないのは不気味にも感じる。


「わからないことを考えてても意味ないか」


 それよりも早く帰ろう。家のほうは雨のようなので水撒きの心配はないが、気温が下がればハウスの暖房を入れる必要があるかもしれない。ナスやピーマン、トマトの苗は低温に弱いので、温度管理が重要になってくる。たった一度の低温で全滅だってあり得るから気が抜けない。


 ふとスマートフォンの着信ランプが点滅していることに気付いて確認すると、初美からメールが入っていた。どうやら今日の講習会の会場の近くに目的の店があるらしく、丁寧にその店のHPアドレスまで貼り付けてあった。リンクを開けばいかにもお洒落で女子受けしそうな佇まいの外観の店の写真が画面いっぱいに表示される。


「ここに行けってのか? どんな罰ゲームだよ」


 田舎暮らしの独身三十路男には近寄る気すら起きない店で、指定したものを買ってこいという難易度の高いミッション。指定されたものを確認すれば、本気で考えた末の名前なのかと目を疑いたくなるような名前が並ぶ。この名前を女性店員に向かって口にしなければならないなんて、特殊性癖のある人間にとってはご褒美かもしれないが、生憎俺にそのような性癖は無い……はずだ。


 だがまあ初美には色々と面倒かけたのは事実で、そのために実家に戻らせることにもなってしまった。本人は笑って否定しているが、独立するにしても都内のほうが圧倒的に有利なはず。それを考えればこの程度のことはしてやって当然か。


「……まあいいか」


 HPを見ていると、そこで扱われている商品の数々は確かにうちの近所ではまずお目にかかれないであろう丁寧に飾りつけられたものばかり。田舎のおばちゃんには到底作れないものばかりで、それを見て初美が何を考えているのか粗方想像できた。そういうサプライズは嫌いじゃない、今日は初美の悪戯に付き合ってやるとするか。



読んでいただいてありがとうございます。

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