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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
過去からの略奪者
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5.私たちしか与えられないもの

 伸びる蔦をかき分け、そのうちの一本の根元を掴む。優しく解すように幹に食い込んだ根を剥がし、これ以上傷が広がらないように丁寧に抜いていく。一体どのくらいの時間がかかったかわからない。そもそもこの場に時間の概念が通用するかどうかも疑問だけど。


 ソウイチの心の象徴の若木、その幹に出来た傷痕に触れると、ソウイチが味わった心の傷が私の心に流れ込んでくる。なぜソウイチがここまで傷ついてしまったのかも次第に理解できた。発端はソウイチの両親の突然の死、それがきっかけみたい。口数は少ないけど、家族思いの父。優しく見守ってくれていた母。そして天真爛漫なハツミ。その温かな関係が不慮の事故により引き裂かれた。


 いきなりすべてを背負うことになったソウイチは、その心に大きな傷を負ったまま、後処理に奔走した。表面上は何ともないように見えても、心の中では大きく口を開けた傷口がじくじくと痛みを訴える。逃げたい、だけど責任があるから逃げられない。そんな葛藤を敏感に察知したのがあの女だった。


 何かに縋りつきたいソウイチに言葉巧みに近づき、呪いの種を植え付けた。そして程なく種は芽吹き、ソウイチを苦しめだす。でもそれは始まりでしかなかった。気力を奪われ、傀儡のようになっていくソウイチ。でもそれはハツミが強引に別れさせたことで止まった。ハツミが以前言っていた、『お兄ちゃんを騙そうとする女と別れさせた』って。でも……呪いはそこで死滅しなかった。


 別れたことで呪いは休眠状態になり、ソウイチ自身も気付かない速度でソウイチを蝕む。いつか活動を再開しようと潜伏する呪いは、まるで癌細胞が小康状態に入ったかのように活動を低下させる。そのままでもいつか再び活動を始めたかもしれないけど、やはりきっかけはあの女との再会だった。


 目覚めた呪いは再び活動しだす。だけどもう以前のような速度ではなく、すべてを喰らいつくすかのような勢いでソウイチの心を糧に成長する。そして今、こんな状況になってる。あの女からすれば、自分が付き合った男が言うことを聞いてくれるようになった程度の認識だろう。もし悲惨な最期を遂げても、それは自分とはかかわりあいのないことだと平然としているだろう。


「そうか……私たちも無力じゃなかったんだ……」


 ソウイチの心から伝わってくるのは、断片的ではあるけど私たちの存在。私たちがいたから、ソウイチは何とか呪いの侵蝕に堪えることが出来ていたんだ。もしそれが無かったら、突発的に自ら命を絶ってもおかしくない。そのくらいこの呪いは強く、そして厄介極まりない。


 明確に術式として組まれていれば、一気に消し去ることもできたかもしれない。だけどこれはそんな高度なものじゃない。妄執がカタチとなった不定形な呪いは、並大抵の方法じゃ解呪できない。でも……よく考えてみると、そのおかげで私は解呪に専念できている。


 もしこれが専門的に呪いを研究した術者なら、解呪させないように妨害手段を講じておくのが常識だ。例えば解呪しようとすると周囲に危害を加えるようにしたり、そのまま対象を即死させて追跡させないようにしたり、でもこの呪いにはそれがない。魔法という概念が存在しないことが、私たちにチャンスをくれた。


 何とか一本を幹から抜き取ると、黒い靄のようになって消える蔦。それに伴い、いくぶんか空の暗さが薄らいだような気がした。ううん、間違いない、呪いの根源を取り除けば、ソウイチの心もまた力を取り戻していくんだ。シェリーがかけ続ける、愛情のこもった治癒魔法はソウイチの心に無意識のうちに力を与えている。


 一本、また一本と幹から伸びる蔦を抜いていくと、若木の様子も変わってきた。枯れ木のようだった枝には小さな芽が生まれ始め、幹もまた呪いを抜かた場所を覆うべく樹皮が盛り上がる。周囲の土も砂漠のような埃だらけの地面から、所々うっすらと緑が見え始める。


 これでいい、この方法で間違いない。私たちの想いがソウイチに届き、それを活力にソウイチもまた呪いに打ち克とうと戦っているんだ。あの女が決して与えてくれなかった愛情という名の力が、ソウイチの心を急速に修復していく。呪いの蔦が抜き去られるにつれ、活力を取り戻していく若木の姿に私もまた勇気を貰う。


 思いは届いてる、それがわかっただけでこんなにも嬉しいものなのか。私たちが大事な人を支えているという事実がこんなにも心強いものなのか。呪いを解くために全神経を集中しているけど、その疲労すら感じなくなるほどの高揚感が私を包み込む。その喜びをソウイチにも伝えるばべく、さらに呪いの蔦を抜いていくと、気付かないうちち空は光を取り戻していた。


「これで……最後……」


 残っているのは一際太い漆黒の蔦のみ。きっとこれが最初に植え付けられた呪いの種だろう。こいつがずっとソウイチを苦しめ続けていた犯人だ。こいつは他の蔦よりはるかに奥深くまで根を伸ばしていたけど、私にとっては、いや私たちにとっては最早敵じゃない。


「ソウイチ、これが最後だから、もう少し一緒に頑張ろう」


 若木はもう以前のような瀕死の姿じゃなかった。芽吹きは鮮やかな若葉となり、丸裸だった枝を緑の装飾で覆いつくしている。幹の傷痕も、多少歪ではあるけど今までとは比べ物にならない力強い樹皮を生成している。私の声に応えるように、心象世界にそよ風が吹き、枝葉を揺らして心地よい音を奏でてくれる。


 ありがとう、ソウイチ。ソウイチが協力してくれたから、厄介な呪いに対抗できた。ソウイチの優しさが私たちに力をくれていたから、ここまでやれた。これは私一人の功績じゃない、シェリーもハツミもタケシも、この山の守り神も、ソウイチの両親も、そしてソウイチも含めたみんなの功績だ。


ここにいる皆とあの女との決定的な違い、それに気付けば負けるはずなんてなかったんだ。あの女にはソウイチに対する愛情なんて欠片もなかった、だけど私たちには溢れんばかりの愛情がある。ソウイチのことを大事に思い、行動する家族がいる。薄汚い妄執なんかに負けるなんてありえない。


 最後に残った太い蔦、でももう私にとっては脅威でも何でもない。若木の幹を労わりながら、食い込んだ根を外していくと、外れた途端に樹皮が傷痕を覆いつくしていく。ソウイチの心が力を取り戻しはじめた証だ。これならほんの僅かに残った根の切れ端は、そこから芽吹くことも出来ずに消えていくだろう。


「……これで、終わりだ!」


 最後の蔦を抜き去ると、蔦は黒い靄になった。ただ他と違ったのは、その靄がどこかに逃げるように飛び去り、消えていったこと。でもそれは私の推測が間違っていなければ放っておいていいものだ。何よりも今はソウイチの心のケアが最優先なのだから。


 蔦が生えていた傷痕は、かなり深くて大きく、そして古いものだった。でも既に少しずつ樹皮がせり出して修復が始まってる。他の傷痕みたいにすぐには消えないだろうけど、いずれ近いうちに消えていくに違いない。そしてそれに必要な肥料は、私たちの愛情。ソウイチのことを想う気持ちが、ソウイチの心に力を与えるはず。大丈夫、その気持ちなら私とシェリーは誰にも負けないという自信があるから。


「ソウイチ、これでもう過去に苦しむことはないんだよ」


 そう呟いて、緑を取り戻した土に寝転ぶ。思い返してみれば、よくここまで出来たと思う。神の領域に踏み込んだ魔法、そして大好きな人の心の中に入り込む行為。元の世界にいたならば、絶対にここまでできなかったと断言できる。出来たのはもちろんソウイチがいたから。心の底から好きな人のためなら、いくらでも力が湧いてきた。不安を勇気で消し飛ばすことができた。


 見上げれば、空は澄んだ青を取り戻していた。風は優しくそよぎ、私のことを労ってくれているようだった。とても優しい世界、それがソウイチの中の世界。これで危機は脱したという安心感が私の意識を次第に薄れさせてゆく。私は優しい世界に包まれたまま、ゆっくりと意識を手放していった……



読んでいただいてありがとうございます。

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