4.種
これまで異性に好意を抱いたことなんてないし、ましてや肌を合わせたことなどあるはずもない。表面上は冷静さを保っているけど、内心はとても動揺していた。冷静になろうとしても、肌から伝わってくるソウイチの素肌の感触がそれを妨げる。
生まれて初めての経験、でも今は動揺してる場合じゃない。何故ならソウイチの肌から伝わる尋常じゃない熱と、魔物の襲来を告げる早鐘のような心臓の鼓動がソウイチの苦しみを教えてくれたから。
シェリーの治癒魔法のおかげでいくぶんか楽にはなってるはずだけど、それも一時的なものでしかない。やはり呪いの根源を取り除かなければ解決には至らない。ソウイチの表情を見ようと顔を上げると、衝撃的な光景が目に飛び込んできた。
シェリーがソウイチとキスしてる。いや、あれは口移しで水を飲ませてるのか。確かに何としても水を飲ませてって言ったのは私だけど、そうか、こういう方法があったのか。私が飲ませればよかったと一瞬だけ後悔したけど、私には私のやることがあるからと自分に言い聞かせた。ソウイチの呪いを解いた後でいっぱいキスしてもらえばいいんだし。ソウイチが望むならそれ以上も全然いけるけど。
心を落ち着かせて再びソウイチに密着し、魔力を侵蝕させるようにしてソウイチの体内に送り込む。ソウイチの身体の中に入ったドラゴンの魔力を伝いながら、ゆっくりと、そして慎重に慎重を重ねてより奥深くへと向かう。
物理的に考えれば心臓が脳に向かうことになるんだけど、呪いは表面には出てこない。とても深い部分に根付かせることに意味があるから、そんなわかりやすい場所には存在しない。あるのは……そう、ソウイチの心の奥底。
他人の心に入り込むことは許される行為じゃない。だから呪いや洗脳の類の魔法を好んで使う者はごくわずか、私も呪いの術式は知識として持ってるだけで実際に使ったことはない。でもその知識があったおかげで、こうして対処することが出来ているのだから、今まで詰め込んできた知識が無駄じゃなかったって思える。
大好きなソウイチを助けるために、ソウイチの心の奥に潜る。そうしなければソウイチを助けられない。でもそれはソウイチの過去の心の傷を覗き込むことになる。誰もが触れられたくない過去の嫌なトラウマを、無断で覗き見ることになる。勝手にそんなことをしたって知られたら、きっと私は嫌われるだろう。
それでもいい、ソウイチを救えるのなら、それでいい。大好きな人を死なせるくらいなら、嫌われてでも生きていてくれるほうがずっといい。生きていてくれれば、少しでもその心の片隅にでも私のことを思い出として刻み込んでくれれば。
魔力を高めて細い糸のように伸ばし、そこに私の意識を集中させる。ネットで見た胃カメラのように、自分の視界を魔力の糸の先端に繋げてさらに奥深くへと送り込んでいく。一条の光すらない闇は今のソウイチがとても苦しんでいる証だろうか。
少しずつ少しずつ、鬱蒼な森に繁茂する蔦のようなものを潜り抜けながら奥へと進む。触れてみてわかった、この蔦のようなものはあの女の呪いだ。種が芽吹き、時間をかけてソウイチの精神を蝕んでいったんだ。そしてついに精神世界から実体を蝕み始めたんだ。
となればやっぱり方向は間違ってない。この蔦のようなものの根元には間違いなく呪いの種がある。それを取り除けばソウイチはきっと助かるし、さらには……いや、それはまだ考えるべきじゃない。まずは確実にソウイチを助けることを最優先にしなければ。
ジャングルのように張り巡らされた呪いの蔦は、あの女の金に対する妄執の強さの象徴だろう。これだけ強い呪いを無意識に放てるあの女が一体どうやってソウイチに狙いを定めたのだろうか。ソウイチとは全く縁の無さそうな派手な暮らしを好みそうな女だというのに。
それらも全て、呪いの根源に辿り着けば全てわかる。何が原因で呪いの種を植え付けられたのかもきっとわかる。そのためにはまずはソウイチの心の奥底に早く到達しなければ。深く深く、ゆっくりと、だけど確実に心の奥底に向かっている。
魔力を通して伝わってくるのは、ソウイチの苦痛。でもこれは今ソウイチが味わっている苦痛じゃなく、過去にソウイチが味わってきたであろう苦痛。胸が締め付けられるような苦しみが私にも伝わってくる。
苦しい。とても苦しい。だけどこれはソウイチが味わってきた苦痛のうちのほんの一部でしかない。その苦痛がどれほどのものかはソウイチ本人にしかわからないのだから。苦しみを堪えながら蔦をかき分けて進むと、次第に光景が変わってきた。少しだけ開けた場所に立つ一本の若木、だけど空は蔦に覆われて光も照らさず、土は乾燥して砂漠のようになっている。そして若木の幹には大きく抉られた痕があり、そこから何本もの蔦が生えている。
見つけた。やっと見つけた。ソウイチを苦しめる呪いの根源だ。ふと見回して気付く、大きくなった状態の私がここにいることに。きっとここはソウイチの心象世界、だからこそ私の今の姿がイメージとして投影されているのかもしれない。
ゆっくりと若木に近づくと、若木は抵抗するかのように幹を揺する。だけど葉はほとんど枯れ落ちて、半ば枯死しかけている枝がかさかさと乾いた音を立てるのみ。そうか、この若木は今の私の姿じゃわからないのか。
「ソウイチ、大丈夫だから。私がこの苦しみから解き放ってあげるから」
若木の幹に触れて語り掛けると、若木は抵抗を止めた。見た目は変わっても、私の声をソウイチが認識できないはずがない。短くはあるけど、私たちがこれまで築いてきた関係はそんなにやわじゃない。それだけは胸を張って皆に言える。私たちよりも前に知り合ったかなんてどうでもいい、あの女の妄執にはソウイチが存在しない。あの女が見てるのはソウイチの持つ山という財産のみ。そんな女に負けるなんて婚約者として恥でしかない。
傷痕からは数えきれないほどの蔦が伸び、ソウイチの心を喰らいつくそうと枝葉を伸ばし続ける。おぞましい光景に吐き気を催すのを必至に堪えつつ、蔦を取り除くために心の準備をする。無理矢理引きちぎっても、根が残れば再び再生するだろう、かといって強引に根を引っ張ればソウイチの心にダメージが生じる。猶予はないけど、決して乱暴にしてはいけない。
よくもここまで愛するソウイチを苦しめてくれたな。今頃あの女は一緒にいた男と乳繰り合っているのかもしれないが、その余裕はいずれ失われるだろう。その時を楽しみにしているがいい。
読んでいただいてありがとうございます。




