3.願い
耳を澄ませば荒い息づかいが聞こえる。触れ合う肌は汗ばみ、素肌に伝わるのは抗いのための強い脈動。一糸纏わぬ姿の私と、衣服をはだけたソウイチさん。こんなシチュエーションを何度も妄想しては、恥ずかしさに顔を真っ赤にしていた。でも今の状況は私の望んだものじゃない。
ソウイチさんは呪いに負けまいと必死に戦ってる。過去から続く因縁を断ち切ろうと苦しんでる。以前までの私だったら、為す術がないと悲しむだけだっただろう。でも今は違う、ソウイチさんを助けるための手段をようやく手に入れたんだから。
フラムの組み上げた魔法、それは賢者という称号をも遥かに超えた領域のものだと思う。もはや神の領域に踏み込んでいるとさえ思える。それを後押しくれたのは、この山に根付く高位の存在。遺された心の残滓がそれを教えてくれた。
私たちの世界において、神と呼ばれるクラスの存在がかつてここに来た。その理由はわからないけど、私たちと同じように出会った。ソウイチさんの先祖と。
きっとソウイチさんの優しさはその先祖さんから受け継いだものだと思う。私たちですら迂闊に触れることの出来ない存在と心を交わすには、とても綺麗で純粋な心の持ち主じゃないと出来ないから。
お互いに好意を抱き、求めあいたくても身体の大きさがそれを許さない。その存在は先祖さんと愛し合うことだけを願って、魔法の研究のために戻った。たくさんの時間をかけて、ようやく作り上げた神秘の極み、だけどそれは不完全だった。しかも……先祖さんの寿命が先に尽きてしまった。
もしソウイチさんが亡くなったら、私はどうなってしまうんだろう。怖くて想像すら出来ない。心の残滓に触れた時に感じたのは、失ったことへの強い悲しみだった。
どうして間に合わなかったの?
どうして身体の大きさが違ったの?
どうして……待っててくれなかったの?
種族が違えば寿命も違う。まして高位の存在ともなれば、命は永遠に近くなる。それは重々わかっていたんだろうけど、失った悲しみが心を狂わせる。でも……それを救ったのはやっぱり先祖さんだった。ずっと忘れていなかったことを遺された人たちから聞き、自分は忘れられていなかったことを知る。
一時でも先祖さんを疑ったその存在は、先祖さんと一緒にここで眠ることを選んだ。そして……いつか自分と同じような苦境に立つ誰かのために、魔法がより研究されるだろう未来なら、よりよい形で完成させるだろうことを願って。
その願いは今叶いつつある。身体が大きくなっただけじゃ駄目、大事な人を失ったら何も変わらない。私たちがソウイチさんを助け出して初めて、その願いは叶うんだから。だから……絶対に負けられない。
「フラム、ソウイチにドラゴンの血が入った水を飲ませて。徐々に魔力への親和性が弱くなってる」
「わかったわ、でも……」
ソウイチさんを見ると苦しそうな表情は変わらない。こんな状況で飲み込んでくれるの?
「とても水を飲んでくれるような状態じゃないわ、あの時よりも悪くなってるんだから」
「方法は何でもいい、とにかく飲ませて。私はそっちに手を貸してる余裕はない」
「何でもいいって……」
フラムはソウイチさんと肌を合わせながら、魔力を辿って呪いの元へと辿り着こうとしてる。それがどれほど困難な作業か、魔法を扱う者ならだれでも知ってる。知ってるからこそ、それに挑むフラムにこれっぽっちも余裕がないこともわかる。
「……これしかないわね」
身体を起こして傍に置いてあったコップから、ドラゴンの血の入った水を口に含む。苦し気に呻くソウイチさんの上に覆いかぶさるようにして顔を近づけ、荒い呼吸を繰り返す口に私の口を合わせると、ソウイチさんはまるで縋るように応じてきた。
自分で飲めないなら、口移しで飲ませればいい。咳き込んで吐き出さないように、少しずつ確実に喉の奥へと送り込む。舌と舌を絡めて水が流れやすいように隙間を作り、水を流し込んでいく。
「ソウイチさん、お願い、飲み込んで」
私の切な願いを聞き届けてくれたのか、ソウイチさんはゆっくりと喉を鳴らして水を飲み込んでくれた。そして私はさらに水を口に含むと、同じようにして水を流し込む。
治癒魔法に対する反応をよくするためにも、フラムが呪いの根源に辿り着くためにも、この水は絶対に必要。まさにソウイチさんにとっては命の水に等しいものと言ってもいい。
「ソウイチさん、あなた一人で戦わせません。私たちも一緒に戦います。だから……もう少しだけ頑張ってください」
私は今、とても残酷なことを言ってる。ずっと苦しみ続けている人に、さらに苦しみ続けろって言ってるんだから、嫌われても仕方ないことだと思う。だけど……嫌われてもいい、ソウイチさんをここで失うくらいならそれでもいいの。嫌われても元の関係に戻す努力をすれば、少しは改善するかもしれないけど、ここでソウイチさんを失ったらそのチャンスすらないんだから。
「え? ソウイチさん?」
何かを探すように動くソウイチさんの手が私の手を探り当て、きつく握りしめる。でも私の行為を邪魔することはなく、何かを伝えるかのように力強く握られる手。衰弱した身体のどこにこれだけの力が残っているんだろうと不思議に思い、そして気付いた。
ソウイチさんもまた、私たちと一緒に戦ってくれることを選んだんじゃないかって。私たちの強い願いが、ソウイチさんの心の奥底にまで届いたんじゃないかって。
「大丈夫ですよ、ずっと一緒ですから。あんな女になんか負けるものですか」
力強く握ってくるソウイチさんの手を、より強い力を込めて握り返す。私たちはここにいます、あなたは独りじゃないんです、と伝えるように。これから先、どのくらい時間がかかるかわからないけど、私たちはずっと一緒にいます。だから……一緒にこの戦いに勝利しましょう、絶対に。
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