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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
過去からの略奪者
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2.彼女たちの開戦

 ハツミに後を任せてソウイチの部屋に向かおうとするけど、急に視点が変わったのとまだこの身体に慣れていないこともあり、うまく歩けない。横を見ればシェリーも私と同じようにふらふらとよろめきながら、壁に手をついて何とか移動していた。


 術式は成功した。魔法陣でこの山に流れる魔力の類を集めて、それをさらに変化変質させて巨人の身体を作り出す。ただ魔力を纏うだけじゃ意味がない。身体の各器官を精緻に再現させるところがとても苦心した。


 この術式の基幹部分を遺してくれた存在は、そこまできちんと考えていなかった。ただ身体を大きくしただけでは駄目、出来るだけ構造を同じに近づけることで、解呪にさらに近づける。私たちの本体は頭蓋の中。そして心臓部分には魔力を増幅、循環させる器官を作った。もちろん他の臓器も全部魔力を使って再現してある。


 いつもよりはるかに高い位置の視点に少しずつ自分を慣れさせながら、ようやくソウイチの部屋へと辿り着く。急いで中に入れば、ソウイチの容態は明らかに悪くなってた。意識はずっと戻らず、悪夢にうなされ続けている。体中に脂汗をかき、顔はやつれて死人のようだ。


「フラム! ソウイチさんが!」

「わかってる! すぐに処置しないと危険!」


 あの女が無自覚に放った原初の呪いは、ソウイチの心と身体を確実に蝕み続けていたんだ。距離をおいて、関係を断ったことでも消えることなく残り続け、再会することでまた活動を再開した。今度はさらに侵蝕の速度を上げて。


 これを止めるには今しかない。心と身体を両方とも、呪いの侵蝕から解放しなければソウイチの命はない。失敗することは絶対に許されない。


「フラム、どうすればいいの?」

「シェリーはソウイチに密着して治癒魔法を使い続けて、ソウイチの体力が尽きないように。私は魔力を操って呪いそのものを解いていく」

「わかったわ、任せたわね」

「うん、そっちも任せた」


 ソウイチの寝間着をはだけて、体中に浮かび上がった汗を丁寧に拭うと、ソウイチの右側からシェリーが、そして左側から私が抱きつく。仮初の身体だけど、それでもソウイチの熱が強く感じられる。このままいけば体温はさらに上昇して、命を落としてしまうだろう。


「ソウイチさん……お願い……負けないで……」


 シェリーが瞳に涙を溜めながら、治癒魔法を使い始める。必至になってるせいか気付かないみたいだけど、治癒魔法に明らかな反応があった。魔法の出力が上がったことで、私の魔法がソウイチさんの体内へと浸透していくのがよくわかる。ドラゴンの血も良い方向で反応を示してくれてる。


 元の世界では私たちには安心できる居場所がなかった。冒険者なんて常に死と隣り合わせの危険な職業だし、そもそも私たちは魔族とエルフ、どちらもまだ人族には受け入れられていないところがある。


 賢者という肩書も、冒険者の等級も、私たちを心の底から安心させてはくれない。力を持てばその力を狙って人が集まる。純粋な好意もあれば、欲に塗れた感情もある。そういうものが嫌で、どこの国にも属していなかった。


 そんな私たちが、ここでは無力でちっぽけな存在だった。ソウイチ達の庇護がなければ生きていくことすら困難な厳しい世界、だけどそれがとても嬉しかった。優しく護ってもらえることの喜びは、今まで私がどう足掻いても手に入れられなかったもの、そしてずっと求め続けていたもの。それをくれたのは……ソウイチ。


 優しくて、どこか情けなくて、それでいていざとなれば死地にも飛び込む勇敢なひと。全く種族の異なる私たちの心を温かく包み込んでくれたひと。この温かさにずっと触れていたい、包まれていたい、その気持ちはシェリーもきっと一緒。


 やっと見つけた安息の地、心の底から好きになったひと、それらを私たちから奪い取ろうとしている連中がいる。薄汚い欲望のために私たちの幸せを踏みにじろうとしている。私たちが自分の行いのせいで苦しむのはいい、それは自分の責任だから。だけどこんな理不尽は絶対に許さない。一方的に傷つけて、骨の髄までしゃぶりつくそうとする連中を絶対に許さない。


 ソウイチを助けること、それはあの女への意趣返しに繋がる。ソウイチの体力回復はシェリーに任せて、私はソウイチを苦しめる呪いを解かなきゃいけない。困難極めるけど、何としてもやりとげてみせる。出来なければ全てを失う、もうやるしかないんだから。


 シェリーのおかげでソウイチの苦悶の表情は少し和らいだように見える。ソウイチは今たった一人で過去から続く因縁という呪いと戦ってる。大好きな人を孤独な戦いをさせるなんて、婚約者として、未来の妻として絶対に看過できない。


 私たちはようやく共に肩を並べて戦える力を手に入れた。この身体と私の魔力、何よりこの山の守り神が力を貸してくれてる。ソウイチが苦しんでることに悲しみ、解決できる方法を持つ私たちに力を貸してくれてる。かつてはそうだったかもしれないけど、今は違う。ソウイチはもう独りじゃないんだ。ソウイチの帰りを待っている者がいるんだ。


だから待っててソウイチ、あんな女の因縁になんて負けないで。私たちの想いはあんな女に負けることなんてありえないんだから。あなたを心の底から愛する私たちがあなたを助けに行くからね。

読んでいただいてありがとうございます。

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