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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
過去からの略奪者
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11.完成

 外から夜明けの光が差し込み始める頃、私はスマートフォンを使いながら魔法陣の構築に没頭していた。あの魔法陣が何を為すものなのかがわかった今、残された課題はあと少し。魔力の集積、収束については元の世界にいた頃から何度も研究してきたからわかる。その頃に比べたら今度の魔法陣は扱う魔力量の桁が違いすぎるけど、基本概念は一緒だ。


 一番の問題は、魔力を変質させるものの情報についてだ。はっきり言ってこれが大部分を占めていると言っても過言じゃない。元々の魔法陣はこれをかなり省略している部分があって、そのまま使うことはできなかった。シェリーがコンタクトの最後に感じた悲しいイメージ、もしあの魔法陣をそのまま使ったのだとしたら、それもまた頷ける。


「これが……こうだから……ここはこうして……」


 スマートフォンの画面に表示される情報を元に、魔力を変質させるための情報を魔法陣に書き加えていく。もしスマートフォンが無かったら、解明は出来てもソウイチが力尽きるまで間に合わなかったと思う。知りたい情報がすぐに、それもとても細かく知ることが出来る。


「なるほどこの部分はこうやって連携してるのか……とすればここはもっと調整が必要? ううん、ここは発動者のイメージを反映させるべきかもしれない」


 どのくらい没頭していたのかわからないけど、そのおかげで魔力をどう変質させればいいかがわかった。とても複雑な方法だけど、基礎的な部分は自律制御が可能なはず。いや、大部分を自律制御に任せなければ効果を維持させることすら難しい。


 これはまさに奇跡を起こす魔法だ。神の領域に足を踏み入れる行為かもしれない。そのくらいに恐ろしく、そして私たちが待ち焦がれた瞬間を齎してくれるであろう魔法だ。もし暴走させたらとんでもないことになるけど、それについては心配なかった。どうすれば強大な魔力を収束・変換した時のフィードバックを防げるか、その方法が魔法陣に記されていたから。


 きっとこの魔法陣を遺した誰かは、自分が味わった悲しみを他の誰かに味あわせたくないんだ。出会った優しい人たち皆に愛されて欲しいと願い、この魔法陣に託してくれたんだ。絶対に叶わないと思っていた願いを実現させるための道標として。それを知ったからには、この魔法は失敗できない。名前も知らないかつての誰か、あなたの叶えられなかった願い、私たちが絶対に叶えてみせる。


 収束した魔法を何に変質させるのか、その維持と制御をどうするのか、すべての制御をコントロールする核をどうするのか、コントロールできない状態での自律制御をどうするのか、膨大な数の設定を全て算出して魔法陣へ組み込む。無数の細かい魔法を組み込んで一つの魔法と為す、魔道を追求するものであればこの魔法が如何に常識からかけ離れているか、そして禁忌に近づくものだとわかるだろう。魔力で新しい何かを作り出してしまうのだから。


 禁忌に近づく? それがどうした。私たちに居場所をくれた最愛の男を助けるためなら、禁忌などいくらでも侵してやる。もしこれが神に背く行為だというのなら、神罰が下るというのなら、そんな神はこちらからごみ溜めにでも放り込んでやる。


 一つ一つの細かな魔法を、あたかもパズルのピースをはめ込んでいくように魔法陣に組み込む。ある程度まで構築したら、そこに弱い魔力を流して接続がきちんとされているかを確認することも忘れない。そんな単純なミスで失敗して、それでソウイチが助けられなかったら目も当てられない。


 慎重に慎重を重ねる。かつてこれほど慎重に魔法を作ろうとしたことはなかった。私の持つ魔力の強さと、魔力の扱いに優れていた私の体質のようなもののおかげで、そこまで苦労したことが無かった。粗いイメージからでも魔法を構築することが出来て、自分に自惚れていたのかもしれない。そんな自分を今から行って殴り飛ばしたい気持ちすら起きる、神経を研ぎ澄ます作業が続く。


 でも全てはこの魔法を完成させてソウイチを助けるため。私たちのソウイチに対する想いを無駄にしないため、想いが悲しい思い出にさせないため。シェリー以外の誰かのためにここまで本気を出したことなんてなかった。少し恥ずかしいけど、そんな自分の変化が嬉しく思える。それはきっとソウイチと出会って、その優しさに何度も支えられてきたからだ。


 少しずつ、でも確実にその魔法は組み上がっていく。外の様子なんて気に掛ける余裕もなく、今が夜なのか昼なのかすらわからない。ただソウイチを助けたい一心で、それだけを原動力にして魔法を組み上げる。これだけの規模の魔法陣、使う触媒ももう決めている。


 魔法陣を描くのはドラゴンの血。ソウイチに希釈したものを飲ませただけでも、治癒魔法の通りが良くなった。ならこの魔法陣の触媒に使えば、ソウイチへの効果もきっと望めるはず。


 解明を始めてからどのくらい経っただろうか、ようやく最後の魔法を組み込んで魔法陣は完成した。はるか昔にこの魔法を試し、そして悲しい結果に終わった誰かの遺した道標を辿り、今集められるだけの情報により作り上げられた魔法陣。私たちの希望がやっと出来上がった。


「……できた」

「う……ん……フラム?」

「シェリー! 出来たよ! ソウイチを助けるための魔法が!」

「本当? じゃあすぐに使ってソウイチさんを……」

「シェリー、その前に一つだけ確認しておかなきゃいけないことがある」

「え……何?」


 目を覚ましたシェリーが、未だ眠気の抜けていない目で私を見つめる。これは絶対に確認しておかなきゃいけないこと、この魔法がうまくいくかどうかはこれにかかっている。まさにこの魔法の核になる問題だ。ソウイチの命を救うため、私はどうしてもこの言葉をシェリーに投げかけなければいけない。


「シェリー、命を投げ出す覚悟はある?」


 私の言葉に一瞬だけ驚きの表情を見せたシェリーは、すぐに真剣な眼差しになった。そしていつもの彼女が見せる微笑みを見せて言った。


「ソウイチさんがいなければ、私は生きていけないわ。そのためなら危険な魔法でも使ってみせる。あなたはどうなの?」

「そんなの言うまでもない。私の命はソウイチと共にある」

「なら聞くまでもないじゃない。私たちは一緒にソウイチさんを助けるんでしょ?」

「うん、これから詳しく説明する」


 そしてシェリーにはこの魔法陣が生み出す効果について説明した。その顔は最初は驚愕の色があったけど、それもすぐに喜色へと変わった。


「この魔法はイメージが必要。どれだけ強いイメージを持てるかで決まる」

「……ええ、わかったわ。でもこの方法なら……きっとソウイチさんを助けられるわ」

「きっと、じゃない。絶対助ける」

「そうね、そして助けた後でソウイチさんが驚く顔を見ましょう」

「うん、きっと喜んでくれるはず」


 私たちはそう言って笑いあう。今の私たちの力の源でもある、ソウイチの少し照れたような笑顔を思い浮かべながら。そしてこれから始まる、誰も成功したことのない魔法の準備に取り掛かった。


 



読んでいただいてありがとうございます。

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