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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
雨の暴食者
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1.雨降る日

新章スタートです。

「雨ですねぇ」

「そうだねぇ」


 外を見れば鈍色の空から雨粒が降り続いている。私から見れば激流の川のようにも見える水の流れが庭にいくつも出来ている。こんなに水浸しで水害にならないのか心配になってくる。私の世界じゃこんなに水が溢れたら国は滅ぶかもしれない。


「こんなに雨が降って水害が起きたりしないんですか?」

「この時期はこんなものよ。うちみたいに井戸水と湧水頼りの農家にとってはありがたい雨よ。植物は水が無いと育たないし、人間だって生きていけないでしょ?」


 ハツミさんに聞いてみれば、そんな答えが返ってくる。確かに水が無ければ大変なことになるけど、こうも毎日雨が降るなんて信じられない。


「雨期みたいなものと言えば分かりやすいかな」

「それならわかります。私の世界でもそんな地域があります」


 南方に雨の国と呼ばれる国があって、何度か行ったこともあるけどここまでたくさんの雨が降っていた記憶はなかった。ううん、この世界の雨が大粒なだけ。まさか雨も大きいなんて思わなかった。


「この雨が終われば夏だからね、今のうちに用意しておかなくちゃ」

「用意ですか?」

「うん、これなんだけど、ちょっと合わせてみて」

「うわぁ……綺麗です……」


 ずっと机に向かっていたハツミさんが顔をあげてこちらを向くと、その手には見慣れない形の服を持っていた。でも私は服の形よりも布の綺麗なデザインに感動していた。濃い青を基調にした布地には白い花の模様があって、触ってみればその手触りが心地よい。どこからどう見ても上質な布地に心が弾む。


「綿にしようかと思ったけど、アタシ個人的には麻が好きなの。だから麻を使ったんだけど……どうかな?」

「すごく素敵です! でもどうやって着るんですか? こんなに前が開いてますけど」


 前が開いててローブみたいだけど、どうやって着るんだろう。羽織るだけなのかな。


「帯はまだ作ってないけど、夏までには絶対間に合わせるからね」

「オビ?」

「布で出来たベルトみたいなものよ。色合いもシェリーちゃんの金髪が映えていい感じね」


 聞けばこの国特有の民族衣装のようなものみたい。爽やかな肌触りは暑い季節を心地よく過ごすためのものだとか。こんなきれいな布地を使った服があるなんて信じられない。


「今日はお兄ちゃんもいないから畑仕事もないし、ゆっくりしなよ。農家なんて決まった休みがあるわけじゃないんだし」

「そういえば朝早くに出かけていきましたね。大きな荷物を持っていましたけど」

「今日は講習会なの。だから茶々も寂しいんだよね?」

「くぅん……」


 チャチャさんが寂しそうに小さく鳴く。チャチャさんはとても強くて優しいけど、大好きなソウイチさんがいなくて寂しいみたい。でもコウシュウカイって何だろう?


「コウシュウカイって何ですか?」

「そっか、シェリーちゃんは知らなくて当然だよね。お兄ちゃんは猟銃の資格を持ってるのよ」

「リョウジュウ?」

「とっても強い武器よ。イタチなんかよりもっと大きな動物だって倒せる武器。当然人間も殺せる怖い武器だから、国の機関で定期的に訓練して認めてもらうの。この武器を使う資格がありますよ、ってね」

「そんな武器が……」


 リョウジュウというものがどれほど強いのかわからないけど、国に許可を取らなければいけないほどの強い武器を使えるなんて、まるで王国に語り継がれてる伝説の特級冒険者みたい。


「ソウイチさんは強いんですね」

「そうでもないよ。猟銃の資格持ってるけど狩猟に出たことないし、たぶん何かあった時のお守りがわりにしてるんだと思うよ。ね、茶々?」

「ワンワン!」


 チャチャさんはちょっと怒ってるみたいだけど、正直なところソウイチさんは強そうには見えない。『てれび』で視た『カクトウカ』とかいう人たちのほうがもっと強そうに見えるけど、その時にハツミさんにそう言ったら


「人の強さってそれだけじゃ決められないからね」


 って笑うだけだった。たぶんソウイチさんとハツミさん、そしてチャチャさんの間にはとても深い絆があるんだと思う。私はいつまでここにいられるかわからないけど、ほんの少しでも皆と絆を結べればいいな、と思ってる。この優しい人たちと、深い心の絆を結ぶことができたらどれほど幸せなことだろう。


「そろそろおやつにしよっか。美味しいクッキー貰ったんだ」

「はい!」

「ワン!」


 ハツミさんが用意してくれた紅茶はとても良い香りで、『くっきー』という焼き菓子はとても甘くて美味しかった。焼き菓子は元の世界でも食べたことはあるけど、こんなに甘くて美味しいものなんて無かった。お貴族様の夜会の警護をした時に内緒でつまんだ焼き菓子はとてもぼそぼそで甘さもかろうじて甘いという程度で、ここのものとは比べ物にならにくらいに美味しくなかった。


 美味しい食べ物に立派な部屋、綺麗な服に立派な武器。そしてたった一人で迷い込んできた私を助けてくれた優しい人たち。ありえないくらいに恵まれた環境が、みんなの優しさが私の寂しさを解していく。


 静かな部屋に響く雨音が刻むリズムが心地良い。雨音なんて元の世界では鬱陶しいだけで、身体が濡れるので大嫌いだった。でも雨の合間の晴れ間に映える植物の緑の鮮やかな色の美しさを知り、それを育む雨が今ではそんなに嫌じゃない。こんな優しい気持ちになったのはいつ以来だろう、もしかすると今まで無かったかもしれない。


 運命の悪戯か神の戯れか、たった一人で迷い込んだこの世界は私の知らない私を気付かせてくれた。私の力、私の強さ、そして私の弱さ。でもそれは全部私。どれが欠けても私じゃない。こんな私でも出来ることがあるのなら、傲慢かもしれないけど私がこの優しい人たちを護ることが出来たなら……


 かぐわしい紅茶の香りで満たされた部屋で聞く雨音は、そんな私の秘めた思いを改めて思い出させてくれた。

読んでいただいてありがとうございます。

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