9.解読
月が頂点を横切る頃、ようやく館に帰ってきた私たちが見たのは、抱き合うハツミとタケシの姿だった。一瞬何をしてるんだと声を上げそうになったが、ハツミの顔が涙でくしゃくしゃになっているのを見て何とか自分を押しとどめた。
ハツミだって普段はソウイチに素っ気ないところもあるけど、本当のところはいなくなってほしいなんて思ってない。私たちにはもう本当の家族と呼べる存在はいないから、ハツミがとても羨ましい。そしてそれ以上に、ハツミを私たちと同じような孤独の苦しみに遭わせてはいけないと思った。
ソウイチが私たちのことを受け入れてくれたから、ここでの幸せな暮らしが実現した。でもそこにはハツミの助力がとても大きい。ハツミが私たちのことを優先的に考えてくれていたから、とても良い暮らしが出来ている。
「……フラムちゃん、何かわかったの?」
「手がかりは見つけたけど、まずは解読が必要。私はこれから解読作業に入る、ハツミには申し訳ないけどシェリーと一緒にソウイチの看病をお願いしたい」
「わかったわ、任せておいて!」
「フラム、頑張ってね。私にも出来ることがあったら遠慮なく言ってね」
「うん」
神代文字は私でも理解できる文字のほうが少ない。言い伝えによれば、神々に近しい高位の存在が使う文字で、文字そのものが力を持つので魔法も強力なものになるという。しかしその威力が災いしてか、争いに使われそうになった。だから先達は神代文字を使わなくなったという。
でもソウイチの呪いを解くだけの威力を持った解呪を行うには、そのくらいじゃないといけない。私でもほんの数秒しかもたない最大出力を継続させるためには、文字そのものに力のある魔法陣を組み上げなければいけない。
自室に籠り、記憶の中から神代文字に関するものを探し出していく。どんな些細なことでもかまわない、とにかくこの魔法陣と文字を解読できるきっかけになるものであればいい。自慢じゃないけど読んだ書物の量なら元の世界の誰にも負けないという自負がある。書物に没頭しすぎてカルアやバドから呆れられたことも多かったけど、それが今役に立とうとしている。
魔法陣の構成はとても緻密ではあるけど、大元となる魔力の集積と安定については大まかに理解できた。このあたりは神代も今もそう変わりはない。だけど問題はその先、入り組んだ魔法陣が求めるその効果、それは私にとっても未知のものだった。
「これは……やっぱり魔力を変質させてる。でもその効果が一つじゃなくてものすごく種類が多い。まるで魔力で機械のパーツを作るみたい」
以前ソウイチに頼み込んで、壊れて動かなくなった古いテレビを分解してもらったことがある。ソウイチが言うには古いので部品構成が単純と言っていたけど、私にとってはどこが単純なんだと驚愕したのを覚えてる。これが最新になったらどんなに複雑だろうと思い、新しいのも分解したかったけど、それをやったらアニメが見られなくなるから渋々諦めたけど。
何故そんなことを思い出したのか、それはこの魔法陣の変質を意味するものが、まるで機械を構成しているパーツに見えたから。いくつものパーツが関わり合い、総合的な一つの結果になる。この魔法陣が為そうとしているのはまさにそれだと思う。となると疑問は一つ、一体何に魔力を変質させようとしているのか。
魔力の集積部分の構成からして、この魔法陣が集める魔力は膨大なものになる。もしかするとドラゴンの竜核よりも多い量になるかもしれない。大人数で魔力を出し合って行う儀式魔法よりもはるかに強大な魔法であるのは間違いない。そこまでの魔法とはいったい何なのか。
ほんの一瞬だけ、これが大規模な攻撃魔法じゃないかとも考えたけど、それはすぐに頭の中から消えた。というのも、この魔法陣からは悪意のようなものが感じ取れなかったからだ。魔法陣には作成者のイメージが強く残る。この魔法陣から感じられるのは、怒りや憎しみじゃない。嬉しさ、優しさ、そして悲しみが感じられる。そして断片的だったあの言葉。
誰かがこの地で、この魔法を使って何かをした、あるいはしようとした。その目的が果たされたかどうかはまだわからない、けどその誰かはこの魔法が後々必要になるだろうと信じて残してくれたんだ。その誰かの想いを無駄にしないためにも、絶対にこの魔法陣を解明しなきゃいけない。そしてソウイチを救い出さなきゃいけない。
でも足りない。解明するために必要なきっかけ足りない。何かきっかけになるものがあれば、解明は一気に加速する。この魔法陣が作られた本当の目的がわかれば、重要なピースがはめ込まれたパズルみたいに全体像が急速に見えてくる。そのためには私の知識でも足りない何かがある。
ダメだ、私独りじゃダメだ。魔法陣に添えられた言葉の意味を理解できない。その言葉に残されたイメージを感じ取ることができなきゃだめだ。そしてたぶん、いやきっとそのきっかけをくれるのはシェリーだ。感覚的なもので精霊と意思疎通を図るエルフなら、この言葉に込められた意思を読み取ることができる。
シェリー、あの時森で弱って死にかけていた私があなたと出会ったのは、運命だったんだと思う。こうして二人一緒でなければ立ち向かえない何かに対抗するために必然的に出会ったんだと思う。
私は賢者なんて呼ばれて、一時はいい気になっていた時もあった。だけどここに来て自分がどれだけ無力かを思い知らされた。賢者なんて二つ名は、大事なものを護れなければ私にとってはゴミ同然、いやそれ以下の価値しかない。
「シェリー、お願い……私に力を貸して……」
ソウイチの部屋にいるシェリーに声をかけると、とても不安そうな顔をした。私が解読に失敗したのかもしれないと思っているんだろうけど、失敗しないためにも彼女の協力が必要になっただけだから安心して。看病に徹してるシェリーに更なる負担を強いることになるのは間違いない。大事な親友にそこまでさせる自分が不甲斐ないけど、無能のそしりは甘んじて受ける。何より今は二人にとって大切なソウイチを救うために、二人で力を併せなければいけないのだから。
読んでいただいてありがとうございます。




