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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
過去からの略奪者
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7.山頂の祠

 シェリーが突然山に行こうと言い出した。こんな状況で何を言い出すのかと思ったけど、シェリーはどこか抜けてるところはあっても、そこまで空気の読めないはずがない。それに……シェリーは『山の神殿』に行こうと言った。ソウイチたちが大事に守る山の頂上にある小さな祠のことだろう。


「シェリー、山頂の祠に何があるの?」

「分からないわ、でも精霊に近い何かがイメージを伝えてきたの。確かにあの時見た神殿だったわ。何があるのかはわからないけど、このタイミングで伝えてきたということは、決して無関係とは思えないわ。だって……ずっと精霊に呼び掛け続けて、やっと応えてくれたんだもの……」


 精霊という存在はとても素直な存在だ。もしシェリーが『ソウイチを助けて』と呼びかけたのなら、きっと何の反応もなかっただろう。精霊が力を貸すのはあくまでもシェリーにのみ、ソウイチに対してじゃない。でもシェリーが『助ける方法を教えて』と呼びかけたとしたら話は別だ。精霊がシェリーの願いに応えたとすれば、何らかの方法があるということだ。


「わかった、行こうシェリー。今の私たちにはどんな小さな手がかりも大事」

「うん!」

「ちょ、ちょっと二人とも! もう外は暗いわよ! 夜行性の動物だって動き出すし、危険よ!」

「ハツミさん、今は一刻の猶予もありません。精霊が教えてくれた場所にはきっと何かあるはずです」

「ハツミ、これはきっと私たちじゃなければわからない何かがあるんだと思う。ソウイチのことを思うなら、すぐにでも動くべき」


 気付けば外は早々に太陽が沈んで夜の帳が降りていた。夜の山は危険だってソウイチはいつも言っていたけど、そんなことを言っている場合じゃない。最愛の人の命がかかっているんだ、多少の危険は覚悟の上だ。それに……


「チャチャ、一緒に来てくれる?」

「ワンッ!」

「チャチャさんが来てくれれば安心です!」

『わ、我もいるぞ!』


 チャチャは任せてと言わんばかりに胸を張って吠える。フェンリルも一緒に来たそうだけど、正直どうでもいい。チャチャなら山頂までの道も覚えているし、獣が現れても負けることはないはず。今この時にチャチャがいてくれるのも、もしかすると精霊の導きなのかもしれない。


「……そんな真剣な顔されたら止められないじゃない。いいわ、行ってらっしゃい。その代わりに茶々、二人を絶対に危険な目に遭わせちゃダメよ。いいわね?」

「ワン!」


 ハツミが半ばあきらめたように、小さくため息を吐きながら言った。ハツミには申し訳ないけど、たぶんこのチャンスを逃せば手段はない。私たちに出来る最善の方法を知るためには、シェリーに伝えられたイメージを頼るしかないんだ。そこには……必ず何かがある。


「お兄ちゃんのことは任せておいて。だから……無事に戻ってきて。シェリーちゃんとフラムちゃんのどちらが欠けてもダメなんだからね」

「わかっています」

「ハツミ、ソウイチのことは任せた。行こう、チャチャ!」

「ワンッ!」


 タケシにチャチャのハーネスをつけてもらい、終わると同時に背中に乗ってハーネスにしがみつくと、チャチャは月明かりの下へと身を躍らせた。もう外は寒くなっているだろうけど、チャチャが護ってくれているのか、風の影響もほとんどない。


 麓への道を、木々の隙間を縫うように走るチャチャ。いつもならこの時間は皆と一緒に夕食をとっている頃で、チャチャにしてもあまり外出する時間じゃない。ということはチャチャのことを知らない獣が出てきてもおかしくない。いざとなれば空を駆けることができるとはいえ、何か起こった時のために力を温存してもらいたい。


 やがてなだらかだった地面の傾斜がきつくなり、山の斜面に入ったことがわかった。と同時に、チャチャが走る速度を落とし、周囲の匂いを嗅いで警戒を始めた。


『焔の君、何かあったのか?』

「……グルルル」

「チャチャさん、何かいます!」


 フェンリルの問いかけを無視して警戒を続けるチャチャに、精霊の力を借りて周囲を探っていたシェリーが何かに気付いた。だけどチャチャは低い唸り声をあげるだけで、激しく吠えるようなこともない。もしかしてヒグマみたいなバケモノがいるのかとも思ったけど、あの時のような独特の空気がない。


 ほんの少しの間様子を見ていたチャチャが、痺れを切らしたように殺気を放ちだした。大好きなソウイチが危険な状況ですぐに対処しなきゃいけないのに、それを邪魔することに怒りを覚えている。それはもちろん私もだ。こんなところで無駄な時間を使っている場合じゃない。


「ワンッ!」

「……ブモ」

「チャチャさん、ジローですよ!」


 チャチャの怒りに満ちた声に、繁みを揺らしながら現れたのは一頭の巨大なイノシシ。特徴的な右耳を持つ、ヒグマを倒すために共闘したこの山のボスだったイノシシのジローだった。ジローは今ここにチャチャがいることが信じられない様子だった。


「ワンワンッ!」

「ジロー、私たちはあなたと敵対するつもりはない。ソウイチの身に危険が迫っている。それを防ぐ方法は山頂にあるはず、だからここを通してほしい」


 私とチャチャはきっと同じようなことを言っていると思う。今は山の覇権なんてどうでもいい、とにかく山頂に言って手がかりを見つけなきゃいけない。チャチャもそのためなら山のボスじゃなくなってもいいって思ってるに違いない。


「……ブモ」

「ワン!」

「ジロー……もしかして露払いしてくれるの?」

「ブモ!」


 ジローは私たちに背を向けると、時折後ろを振り返りながら走り出した。チャチャがそれに従い走り出したということは、ジローは私たちの事情を察してくれたのかもしれない。ジローにとってソウイチはヒグマを倒したこの山の恩人、それをしっかり覚えているのかもしれない。


 ジローが先導することで、弱い獣は私たちに近づけない。おかげで夜の山を難なく進むことができる。ジローについていくと、しばらくして獣道すらない場所に出た。繁みが密集している中、ジローはそこで止まってしまった。


「ブモ」

「……ワン」


 きっとここから先はジローも進めない場所なんだと思う。私たちに先を急ぐように促すと、ジローは来た獣道を戻っていった。


「フラム、精霊の力が強く感じられるわ。今までこんなに強く感じたことはなかった」

「ここから先はジローですら立ち入れない神聖な場所だということ。行こうチャチャ、この先にきっとソウイチを助ける何かがある」

「ワン」


 チャチャは以前ソウイチたちと来た時の残り香を慎重に探しながら、山を登っていく。さっきまで聞こえていた虫の声がぴたりと止み、静まり返った山に月明かりが差し込む。明らかにさっきまでとは違う雰囲気に、思わず息を飲む。


「……チャチャさん、あっちです」

「ワン」

「シェリー、わかるの?」

「うん、さっきよりも鮮明にイメージが伝わってくるの。山頂までの道順もはっきりと」

「間違いない、私たちはそこに行くべき」

「ええ、もちろんよ」


 シェリーが行き先を指示して、チャチャがそれに従い進む。かなり登ってきたはずなのに、不思議と寒さを感じないのはどうしてだろう? やはり私たちのことを招いてくれているの?


 どのくらい進んだだろう、木々の密集した場所を抜けて、かつて来たことのある山頂が見えた。月明かりに照らし出される祠は、木造のはずなのに輝いているようにすら見える。以前見た時とは全く違う、張り詰めたような空気が高位の何かの存在の可能性を教えてくれる。


「あそこに……何か手がかりがあるはず」

「でも……あの扉は開かないようになってるんじゃなかったかしら」

「うん、とても神聖な場所だからって言ってた。でも今は手段を選んでられない、もしもの時はチャチャに……」


 以前ここに来た時、扉の閉まっている祠が不思議だった。私たちの世界では神殿は常に入れるように門戸を開放しているのがほとんどだったから。だからこそ神々を祀るのに扉を閉めているのか理解できなくてソウイチに質問ばかりしていた。ソウイチ曰く、あの中は神様の住む神域だから、俗世間と隔てるために閉めているとか。


「……開いてる」

「……ええ、開いてるわね」

「いつも閉まってるはず」

「ええ、でも誰かが開けた形跡はないわね」


 だけど祠の扉は……開いていた。ジローのような獣が扉を開けるような細かい作業を出来るとも思えないし、他の巨人が入り込んだのかとも考えたけど、この山にはサクラ家の人間しか入らないってソウイチも言っていた。ならどうして開いている? 一体誰が何のために?


「フラム、きっとこの中に手がかりがあるはずよ」

「うん」


 明らかに私たち以外の何者かによって開け放たれた扉。月明かりの差し込まない祠の奥、真っ暗な闇が私たちを迎え入れようと佇んでいた。

読んでいただいてありがとうございます。

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