3.○○女!
「本当にこんなところに住んでるんだ、人事課で住所調べた時には冗談だとばかり思ったけど」
「農家って儲かるんですかね、あっちに置いてあるのハーレーですよ」
「土地持ってればこのくらい普通なんじゃないの?」
佐倉家の中庭まで乗り入れて駐車したユカリとジュンイチ。玄関まで向かう道すがらに置いてあった大型バイクに興奮を隠せないジュンイチはやはり男の子の部分が残っているのだろうか、目を輝かせているが、それに対するユカリの態度は素っ気ない。男のロマンなど財布的に一銭の足しにもならないとでも考えているのだろう。実際はそのバイクは武のものだが、宗一しか住んでいないと思っている二人にはわからない。
「本当に田舎臭いわね、消臭剤くらい使いなさいよ」
興奮するジュンイチに相反してユカリの顔色は優れない。都会の行き過ぎた清潔な生活に慣れた彼女にとっては、周囲から漂う肥料の匂いや鶏小屋の匂い、さらには木々の匂いや土の匂いに至るまで悪臭に感じられるのだろう。本人が付けている化粧品や香水の香りを他人がどう感じているのかを気にすることなどない。
「ジュンイチはとりあえず後ろにいて。何も話さなくていいから」
「俺だって役に立ちますよ」
「あんたは何かというと荒事に頼るからダメよ、きっちりと土地の売買が終わるまでは穏便にいきたいんだから」
これから土地を強請ろうとする相手の家の玄関での会話とは思えないが、ユカリにとってはどうでも良いことだった。彼女にとってこれからやろうとしているのはいつものおねだりの一環、それが断られることなど全く考えていない。そもそも彼女が『お願い』をした相手がその通りにしてくれなかったことなどないのだから。その後におねだりした相手がどうなったかなど気にしたことはない。
玄関の使い古されたチャイムを押すと、安っぽい電子音の後にしばらくの無音が続いた。だが先ほど敷地に乗り入れる前に縁側の戸が開いていたのを見ているユカリは、きっと誰かしら留守番役がいるものと確信していた。もし宗一がいなくても、多少面倒ではあるが事前に考えた事情を話して待たせてもらえばいいだけだ。
「……はーい」
「久しぶり、元気だった? 宗一君?」
「……ユカリ……さん」
年季の入った引戸を開けて出てきたのは、ユカリの目的の人物だった。格好こそ汚れの残った作業着姿で髪もぼさぼさ、若干顔色が良くなったところが違いのように見えたが、根本的なところは変わっていなかった。外見はともかく内面が豹変することなどそうそうあるはずもなく、であれば自分の目論見通りに進むだろうとユカリは内心でほくそ笑む。
「遠くから来たのに立ち話させるつもり?」
「あ、ああ、上がってくれ」
本来なら訪問先の人間が、招待客を労うための言葉だが、自分本位のユカリがそれを言うことに宗一は違和感を感じていない。感じているのかもしれないが、そんな彼女の本質を熟知しているが故の諦念もあるのだろう。
居間に通されたユカリとジュンイチは、所々解れのある畳に戸惑いながらも座布団に腰を下ろす。ジュンイチは露骨に嫌そうな顔をするが、ユカリは何とか表情だけは取り繕っていた。流石は今まで何人もの男を食い物にしてきた女だけのことはある、獲物が警戒するような行動だけはとっていない。
「こんなものしか無いが……」
「いいのよ宗一君、私がいきなり訪ねたんだし」
安物の煎茶に山で拾った栗を茹でたものを茶うけとして出したが、さすがにそれは敬遠するユカリ。宗一が腰を下ろすのを待ちかねたかのように、堰を切ったように話し出した。
「宗一君、私ね……気付いたんだ。やっぱりあなたみたいな人と一緒にいることが一番幸せなんじゃないかってさ」
ユカリは事前に考えていた通りのことを、決して悟られないように迫真の演技で話す。宗一は内容を吟味しながらも、未だにユカリの真意を探り当てることが出来なかった。
「私ね、あの後他の誰と付き合っても宗一君ほど安らぐ男性はいなかったわ。こんな年になってからそれに気づくなんて馬鹿みたいだけど」
「ユカリさん……」
「でね……今からでもやり直しできるかなって……ああ、彼は私の仕事のサポートをしてくれてる人だから安心して」
ユカリは宗一の視線が背後にいるジュンイチに向いたのを鋭く察知し、これまた事前の打ち合わせ通りに説明する。そこには全く澱みはなく、いかにも復縁を思って悩み続けた女性を演じ続けている。
ユカリの言葉の通り、宗一と彼女は恋人関係にあったことがある。だがそれは決して双方に幸せをもたらしたものではなかった。宗一は複数いたユカリの恋人候補の一人に過ぎず、それもかなり優先度の低い位置にいた。激務に追われて精神的に消耗していた宗一は声をかけられ、まるで魅入られるように交際を始めたのだが、次第にエスカレートしていくユカリの要求に応えることができなくなり、関係は終わった。宗一の口から関係の終わりを告げた時のユカリは非常にあっさりとしたもので、消耗品の一つが壊れたかのような対応だったらしいが。
そんな経緯もあり、宗一はユカリの言葉を信じていなかった。だがそれでもユカリは言葉を続ける。そして宗一に対し、早々に本題を切り出してきた。
「だからね……もう一度やり直そう? 宗一君はこんな田舎で引き籠っていていい人じゃないわ。私が保証する。だから……持ってる山を売って、それを元手に大金持ちになりましょう?」
以前の宗一のように、軽く手玉にとれると見たのだろう、ユカリは目的を話し出す。今の宗一にとって到底受け入れられる内容ではない。だが考慮する必要もなく拒絶するだろう宗一は、ユカリの言葉をやや虚ろな目で聞いていた。まるで見えない何かに操られているかのように……
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「あれ? どうしたの二人とも? 縁側で遊んでたんじゃないの?」
「誰か来たみたいなんです」
「宅配便じゃないし、近所の人でもないみたい」
「うちに来客なんて物好きもいるのね……ちょっと顔を見に行こうっと。アタシへの来客かもしれないしね」
初美はいきなり部屋にやってきたシェリーとフラムの姿にいくばくかの驚きはあったものの、突然の来客があった場合にと打ち合わせていたことでもあるので、再び作業に戻ろうとしてその手を止めた。こんな田舎でご近所さんでもなければ宅配便でもない、となれば多少の興味が湧くのも当然のこと。もしかすると自分の仕事関係の人間が住所を調べてやってきたのかもしれないのだ。
取り急ぎ身だしなみを整えて部屋を出て居間へと向かう初美。クリエイターモードから営業モードに強引に意識を切り替え、徹夜明けの顔に営業スマイルを貼り付けて居間へと向かう。一応念のために名刺を数枚手に持って居間の襖を開けると、まず神妙な表情の宗一が目に入った。そしてどこか耳ざわりな女の声が聞こえる。
「兄さん、お客様? ちゃんとお茶出してる?」
完全な他所行きの声のトーンで自分の存在を主張しながら座卓の上を見れば、とりあえずお茶とお茶うけが出されていることを確認して失礼なことはしていないと判断する。そこで改めて居間に入り、来客に向かって挨拶をする初美。
「いらっしぃませ、こんな何もないところですけ……ど……」
初美が宗一の隣に座ろうとして改めて来客を確認した途端、初美の言葉は止まった。その顔を見るなり営業スマイルは消え、やがて怒りの表情に変わるとともに、顔色の赤みを強めていった。その目からはまるで親の仇でも見つけたような憎悪の色が宿り、全身がわなわなと小刻みに震え出した。そして敵意むき出しの声で言い放った。
「どうしてアンタがここにいるのよ! クソ女!」
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