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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
小さな労働者
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11.討伐する冒険者

 初美が実家に戻ってきてから早くも一か月が過ぎた。季節は新緑の春を過ぎ、やがて恵みの雨を齎す梅雨に入る。同居人が二人も増えた我が家は心地よい騒々しさで満ちていた。


「はい……はい……ありがとうございます! では仕様はメールで送ってください!」


 独立してフリーのデザイナーになる道を選んだ初美だが、幸いにも以前の会社の取引先が仕事を回してくれたことがきっかけで、その仕事を見た他社からも新規で仕事がもらえるようになっていた。今も新たな仕事の依頼の電話を受けていた。


「また一件決まったよ。順調にスタート切れてよかったわ」

「だからって無理するなよ? もう他に仕事を振ることも出来なくなってるんだから」

「分かってるわよ、シェリーちゃんとアタシの夢の時間を削ってまで仕事するつもりないし」


 独立したことで気負いすぎて仕事を詰め込んでいないか心配していたが、取り越し苦労だったようだ。そもそもシェリーと暮らすことが目的だったんだから当然か。


 空いていた一室を仕事場として占領されてしまったが、元々空き部屋だったので使ってもらえるのなら使ってもらったほうがいい。使わなければそのぶん劣化も早いので、渡りに船といったところだろう。


「今度はどんな服を着せたら似合うかな、とか考えたら仕事の疲れなんて吹っ飛んじゃうわよ。これから梅雨だから雨具も必要よね? それに夏とくれば水着もね!」

「ほどほどにしておけよ? シェリーだって暇じゃないだろうし」

「えー? だってさ……」

「だってじゃない、シェリーがいなくて一番困るのはお前だろうが」

「そ、そりゃそうなんだけど……」


 初美が急に言葉尻を濁しだした。シェリーの存在によって精神面の安定を齎されているのは初美だ。もしシェリーがいなければ今頃どうなっていたかわからない。それを理解しているからこそ、ここで強く出られない。そして今、シェリーはここにはいない。彼女は今、大事な大事な仕事の真っ最中だ、主に初美にとって大事な仕事だが。




「ただいま戻りました!」

「お疲れさん、少し休んだらどうだ? 紅茶とお菓子を用意しておいたから」

「はい! ありがとうございます!」


 居間の入口、襖戸の隙間からシェリーが入ってきた。その後からは小さな紙袋を咥えた茶々が続いて入ってきた。シェリーはどこか満足気な顔をしており、茶々もそれが嬉しいのか尻尾を振っている。居間の座卓の横に取り付けられたステップを使って卓上に上がると、用意しておいた紅茶の香りに顔を綻ばせる。ちなみにステップは初美がブロック状のプラスチックの玩具を組み合わせて作った。子供のころ散々遊んだ玩具だが、まさか今になって活躍の場が来るとは誰も想像すらしていなかっただろう。


「今日はもう三匹も倒しました!」

「ありがとうシェリーちゃん! これで安心して仕事に専念できるわ!」

「でもこれだけ討伐してるのにまだ出てくるんですね」

「一匹出たら百匹いるって言われてるからな」

「まるでゴブリンみたいですね」


 ゴブリンというものが何なのかは分からないが、今シェリーと話しているのは誰にもわかるアイツのことだ。そう、ゴキブリだ。今シェリーが行っているのはゴキブリ退治だ。茶々もいるし、シェリーにどんな悪影響が出るかわからないので殺虫剤は使えない。そこでシェリーの提案として、鍛錬の一環としてゴキブリ退治をすることになった。


「でもさ、シェリーちゃんのほうは大丈夫なの? 夜も見回りしてくれてるんでしょ?」

「午後は休ませてもらってますし、夜もずっとと言う訳じゃないですから平気です。それにあの虫は素早いので実戦訓練にはもってこいです」

「いちいち探して回るのも大変だろ?」

「そこは風魔法を使って探してます。剣も魔法も使っての実戦訓練なんてそうそうできませんよ? それに何かあったらチャチャさんがサポートしてくれますし」

「ワン!」


 茶々が任せろと言わんばかりに一声吠える。先日のようなイタチが入り込むことも考えられるし、アオダイショウみたいな蛇がいることもあるので、茶々は護衛として付き添わせている。幸いにもそういったものと遭遇したことはなく、最近は退治したゴキブリの運搬役になってる。さっき咥えていた紙袋は退治したゴキブリが入っているので、後で捨てておこう。


 夜の見回りを一度見せてもらったことがあるが、以前見た時よりも攻撃が鋭さを増しているのが素人目でもわかった。時には魔法を使ったりとシェリーも色々と戦い方を試しているようだった。虫を相手にして平気なのか聞いてみたこともあるが、元いた世界では虫の魔物はよく出没するらしく、進んで触りたいとは思わないらしいが初美のように自分を見失うほどの嫌悪感はないらしい。


「これからもっと出てくると思うけど、本当に大丈夫なの? 任せてるアタシが言うのもあれなんだけど……」

「だいぶコツが掴めてきたので安心してください」


 そんなことを言いながら、クッキーを茶々と分け合って食べる姿はとても微笑ましい。本人も自分の役割を見つけて生き生きしてるので、やはり討伐がしたかったんだなと実感した。無理矢理農作業に付き合わせて申し訳なかったな。


 皆それぞれに自分の仕事を見つけて動き始めた。最初はどうなることかと不安な面もあったが、順調に動き出している。次郎の謎の行動という不安が残っているのは確かだが、山で起こっていることが原因なら人間が迂闊に立ち入るべきじゃない。俺たちはそのバランスを崩すことなく節度をもって生活していくだけだ。


 初美が作ったであろう動きやすさを重視した戦闘用の服を身に着けて、クッキーに夢中になっているシェリーを見ながら改めて俺たちでこの暮しを護っていこうと思った。だから初美、一眼レフを構えるのはやめろ。それからそのレフ板はどこから持ってきた?

これでこの章は終わりです。


読んでいただいてありがとうございます。

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