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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
押しかけてきた花嫁
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7.逃げてはいけない

 ヒーちゃんが乱入してきた翌日、ヒラタさんは朝から自分の部屋に籠ったまま出てこなかった。ヒーちゃんはそんなヒラタさんが心配らしく、部屋の前でうろうろしていたけど、しばらくしたら諦めて近くの暗がりでじっとしていた。きっと昼寝してるんだろう。


 私はそんな様子を眺めながら、来たるべき時のために必死に心の準備をしていた。来たるべき時、というのは昨夜話し合った結果取り入れることになったハツミの案を実行する時。そしてそれは出来るだけ早いほうがいいということで、今日の夕方ヒラタさんが起き出してきた時になった。ちなみにカルアとバドは昨夜のうちに自領に戻ってる。


 私がやることはそんなに難しくない。いつもだったら全く気にも留めないくらいに簡単な内容、だけど今私はとても苦しい思いを抱いている。何故なら、私の行動によって間違いなくヒラタさんが苦しむから。ヒラタさんは危険を冒して私を助けに来てくれた大事な仲間、誰が好んで苦しめたいと思うだろうか。


 でもやらなきゃいけない。私も傷つく、ヒラタさんも傷つく、なら傷が小さいうちに対処するほうがいい。後に退けなくなってしまってからでは遅い。取り返しのつかないことになる前に、お互いはっきりさせておくべきだ。


 今日為すべきこと、それは私だけに与えられた訳じゃない。私はもちろんだけど、ヒーちゃんにも重要な役割がある。昨日の打ち合わせでは理解しているかどうかわからなかったけど、ハツミが説明している間も逃げずにじっとしていたから、それなりに理解しているんだろうと思う。


「……フラム、大丈夫なの?」

「……大丈夫」

「嘘つかないで。どう見ても大丈夫じゃないじゃない。そんなに落ち込んだ様子で」

「……大丈夫な訳ない。仲間を傷つけて平気でいられるほうがどうかしてる」

「じゃあ止める?」

「それは出来ない。私がやらなきゃいけないことだから」


 シェリーが私の不安を即座に見抜く。やはりシェリーは親友だ、私の機微を即座に理解してくれる。だけどこれだけは私がやらなきゃいけなこと、他の誰かに任せるような無責任なことはできないから。


「わかったわ、せめて時間がくるまでゆっくりしてていいから。家の手伝いは私がやっておくから」

「うん、ありがとう」


 そう言い残してシェリーは部屋を出ていく。私の心情を優先して、出来るだけ心を落ち着かせろということだろう。相手が敵だったらどれほど楽だろう、そもそも敵に対して情けをかける意味などないのだから。いつもは時間の過ぎるのはとても速いと思っていたけど、今日に限ってはとても時間が長く感じられる。その間ずっと私はこの苦しみを抱えていなければならない。


 出来ることなら逃げ出してしまいたい、だけどここから逃げるということは、私のソウイチに対する想いがその程度のものだと言っているようなもの。他のどんなことから逃げても自分を納得させることはできても、ソウイチに対する想いからだけは逃げてはいけない。ソウイチへの想いから逃げることは、全く種族の異なる私たちを受け入れてくれたソウイチの愛情を踏みにじる行為だから……




**********



 何年もかかったのかと思えるほどの時間を過ごし、ようやく太陽が山あいに沈んでいった。それと引き換えに虫たちの大合唱と、蛍の淡い光の乱舞が始まる。そして居間には、目を覚ましたヒラタさんがいる。


「フラム、本当に大丈夫か?」

「うん、平気。これはきっと私に課せられた試練」


 ハツミから詳しい話を聞いたのだろう、ソウイチが心配そうな顔で居間に座っていた。もしも私に何か危険なことが起こった場合に制止してくれるつもりのようだ。


「ヒラタさん、ちょっといい?」

「……」


 声をかければ、ゆっくりと、だけどしっかりとした足取りでヒラタさんが私の傍へとやってくる。そして自慢の大あごを大きく開き、私に見せつけてくる。事情を知らない者が見たら、私がヒラタさんに襲われているように見えるだろうけど、私には彼の行動の意味がよくわかる。決して私を害するつもりの行動じゃない。


 これは誇示だ。私に対してのアピールだ。自分はこんなにも立派な大あごを持ってるんだぞ、自分は他の奴等よりも強いんだぞ、というアピール。自分こそが伴侶に相応しいと認めてもらうためのアピールだ。


 確かにヒラタさんは強いし、格好いい。だけど私の心の中のソウイチの存在を打ち砕くには到底及ばない。ヒラタさんには申し訳ないけど、その気持ちには応えられない。それは今も、そしてこれから先も変わることはない。だからこそ、ここでその不毛な想いに終止符を打ってあげなきゃいけない。大事な大事な仲間として。


「ヒラタさん、私はもうソウイチの妻になることが決まっている。だからヒラタさんの想いに応えられない」

「……」

「お、おい、何だよ、やる気か?」


 私の言葉の意味を理解したのか、ヒラタさんはソウイチに向かって大あごを開いた。それは私に対して行ったアピールじゃなく、はっきりと敵意の籠った示威行動。ソウイチがいなければ私が自分のものになると考えた末の行動。昆虫の世界ではそれがまかり通るのかもしれないけど、私にとってそれは決して見過ごせない行動だ。


「ヒラタさん、ソウイチに向かってそういうことするつもりなら、私はヒラタさんのことを嫌いになるよ」

「……」


 ソウイチは私の夫(予定)、そんな大事な存在に敵意を向けることを許すことは出来ない。だけどヒラタさんは大事な仲間、出来れば穏便に済ませたい。だからこその、私からヒラタさんに向けての最後通告をしなきゃいけない。


「ヒラタさん、これからもいいお友達でいてね」

「……」


 ハツミから教えてもらった言葉。告白の場で言われたら確実に精神的ダメージを受ける言葉。あなたは決して恋人として、伴侶として私と並び立つことはできないという意味を込めた、柔らかい表現。鈍器を綿でくるんで、衝撃を和らげながらもその重さでじわりじわりと潰す表現。その効果は覿面で、ヒラタさんは動きを止めてしまった。


「……」


 ヒラタさんはしばらく固まっていたけど、ようやく動き出すと力ない歩みで居間から出てゆこうとした。これで第一段階は完了、ここからがもっと重要な第二段階だ。ここから先の行動がうまくいくかどうかで、ヒラタさんが救われるかどうかが決まる。その鍵を握るのは……ヒーちゃんだ。


(ヒーちゃん、今だよ)

「……」


 物陰からこちらの様子を伺っていたヒーちゃんに目配せすれば、ゆっくりとヒラタさんに向けて歩き出す。ヒラタさんは相手にすることなく自分の部屋に向かうけど、ヒーちゃんはめげることなくその後ろをついていく。ヒラタさんの部屋に入ることはできなかったけど、その入口でじっと待っていた。


『ヒーちゃん、男なんていうのは、失恋した時に優しくされるとコロッといっちゃうものよ。だけど注意して、いくらヒラタさんのことが好きだからって、強引にいったら逆効果だから。ある程度距離を取りながら支える、そして少しずつ心を開いてきたら一気にいくの』


 ハツミが話したことを忠実に守るヒーちゃん。ここでもし強引にヒラタさんの部屋に入ろうものなら、それこそヒラタさんの逆鱗に触れてしまうだろう。だから距離を置いて見守る。ヒラタさんの心がヒーちゃんに向くまで、距離を置きながらその存在を受け入れさせる。これが第二段階。すぐに結果は出ないと思うけど、ヒーちゃんはその時が来るのを待ってる。


 傷つけた私が言うべきことじゃないのかもしれないけど、ヒラタさんにはクワガタとしての幸せをきちんと掴んでっほしいと思ってる。私との歪な関係じゃいけない。


「ヒーちゃん、ここからが大事だよ」

「……」


 ヒーちゃんは「分かった」とでも言うように、触覚を大きく動かした。彼女はきちんと理解してる、自分がヒラタさんの傍にいるためには、少しずつ距離を詰めていくしかないんだと。ここから先、私たちは見守ることしか出来ない。ヒラタさんとヒーちゃんがお似合いのカップルになることを祈って……




読んでいただいてありがとうございます。

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