4.婚姻の儀
「ソウイチの旦那、こんな格好しなきゃいけないのか?」
「もう諦めろ、あれだけ盛り上がった女性陣を止めるなんて死にに行くようなものだぞ。それにまあ……似合ってるぞ」
「そう言ってくれるのは有難いが……こんな上質な服を着たことが無えから緊張しちまう。それに白い服だしな……」
バドが所在なさげに俺の部屋の中をうろつくので、落ち着かせようと言葉をかけるが、あまり効果が無かったようだ。今のバドはいつもの鞣した革を使った動きやすさを前提とした服装ではなく、上下白のタキシード姿だ。しっかりと白のシャツに白のネクタイを締めており、立派な花婿装束を身に纏っている。
カルアの妊娠が分かってから二日、異様なまでに気合の入った初美の主導で準備された結婚式がもうすぐ始まる。バドは手渡された服に袖を通し、現在絶賛隔離中だ。だが流石は戦場で鍛え上げられた身体、白のタキシードは全身の筋肉によって押し上げられ、これ以上ないくらいに似合っている。初美にしては珍しく男の写真を撮りまくっていたくらいだからな。
「ソウイチさん、準備ができましたよ……ってバド、すごく似合ってるわよ」
「あ、ああ、ありがとな、シェリー」
呼びに来たシェリーがバドの晴れ姿を見て顔を綻ばせる。我が家で俺以外の唯一の男性である武君は祭壇の準備で居間に籠っている。ちなみにヒラタさんも一応男性ではあるが、フラムの傍を離れないのでそのままにしている。バドは未だに不安の色を隠せないが、シェリーの顔はとても晴れやかだ。
「カルア、とっても綺麗よ。絶対に惚れ直しちゃうから期待していいわよ」
「お、おう」
「さ、花嫁を待たせる訳にもいかないし、行くか」
「あ、ああ」
まだ自分の置かれた状況を信じきれないバドを促して、式場となっているはずの居間へと向かう。外はもう日が暮れており、外からの目を防ぐための雨戸を閉めていても不審がられることはない。昼間にやればいいのでは、とも考えたが、カルアの種族ではこういう儀式は夜にやるものだそうだ。神獣を祀った祭壇の前で婚姻を誓うそうだが、神獣って確か……フェンリルじゃなかったか?
最早我が家では喋るチワワに成り下がっているが、アレで神獣が務まるのかと不安になっている俺を、武君が居間へ招き入れてくれた。そして俺の視界に飛び込んできたのは、全く様相を変えた居間の姿だった。
「カルアちゃんに聞いた内容を出来るだけ再現してみました。もちろん茶々ちゃんに手伝ってもらってですが」
「ワン!」
『我もいるぞ!』
居間の壁を覆いつくすのは若草色の布。聞けば婚姻の儀式を行う神殿は全体が若草色の蔦に覆われているそうで、それを再現したものらしい。そしてテレビ台が中央に移動し、そこにあるはずのテレビはどこにもなかった。かわりに鎮座しているのは、金銀の装飾を纏った茶々。誇らしげに吠えるその横には、フェンリルがおまけのように付き添っている。
茶々のまわりは色とりどりの花が飾られ、さらには野菜や果物が所せましと盛り付けられている。俺の知る結婚式とは違い、方法は至極簡単。本来は二人揃って神獣の像に祈りを捧げ、誓いを立てた後で参加者全員で捧げものを食べて終わりにするらしい。とはいえ野菜や果物をそのままなんてことは出来ないので、そのための料理は事前に作っておいたが。
「茶々ももう少し我慢してくれ、カルアのめでたい日だ」
「ワンッ!」
茶々に労いの言葉をかければ、問題ないと言わんばかりに一声吠える。あまり尻尾を振っていないのは、その勢いで周囲の飾りを壊さないようにという配慮だろう。と、不意に台所側の引戸がゆっくりと開き、初美が顔を出した。髪の毛はぼさぼさで化粧もなく、目の下にははっきりとした大きな隈を作りながらも、清々しい顔の初美は俺たちの顔、主にバドの顔を見て小さくウィンクした。
「バド君……カルアちゃんすっごく綺麗だから、びっくりして腰抜かさないでね? フラムちゃん、いいわよ」
そう言って初美が促すと、引戸の擦りガラスに映る二つの小さな人影。そのうちの一つは黒っぽい服を、そしてもう一つは白い服を着ている。黒い人影が白い人影を先導するように歩き、黒い人影の青い髪がはっきりと見て取れる。
「バド、カルアを連れてきた」
「バド……」
「カ、カルア……なのか?」
おそらく魔導士としての正装なのだろう、黒い法衣のような服に身を包んだフラムに続いて、純白のウェディングドレスを纏ったカルアがゆっくりと姿を現した。腰まである真っ赤な縦ロールの髪が揺れ、紅白のコントラストがドレスの白さとカルアの素肌の白さを際立たせている。まだ妊娠がわかったばかりなのか、それとも初美のデザインのせいか、体型が崩れている印象はない。
「バド、早くカルアの手を取って。新郎の最初の仕事」
「あ、ああ、わかった」
フラムに促されてバドが慌ててカルアに駆け寄る。俺から見ても格段の美しさを見せるカルア、そんな花嫁の姿を見たバドの落ち着きの無さは理解できる気がする。
「カルア、綺麗ですよね?」
「ああ、見違えたな」
「ハツミさんが頑張って作ってくれたんです、あのドレス。まるで王族の御姫様ですね」
「カルアだって姫だろう?」
「カルアは中堅貴族の子女ですけど、お姫様というイメージがあまり無かったので……」
カルアの後ろからドレスの裾に異常がないかを確認していたシェリーが俺の傍へとやってくる。カルアは元々惚れた相手と結婚できるなんて考えていなかったせいか、女の子らしい夢はあまり持っていなかったらしい。そんなカルアの実情を知った初美が頑張らないはずがない。おそらくあのドレスは初美の作ったものの中でもかなり上位に食い込む出来だろう。
「それではカルア、バド、誓いの場へ」
「……はい」
「あ、ああ……」
フラムが祭壇の前に立ち、二人を手招きする。流石はフラム、様々な種族の儀式に精通しているおかげで、今回の婚姻の儀式を任せることができた。カルアはしずしずと、そしてバドは若干おどおどしながら祭壇の前に設えられた台の上に立つ。すると今までテレビ台の上でお座りしていた茶々がふわりと降り立つ。
「では誓いの言葉を」
「はい、私カルアはバドを夫として愛し続けることを誓います」
「お、俺はカルアを、そしてこれから生まれてくる子供を全力で護り抜くことを誓う」
二人の前でお座りする茶々に向かい、カルアとバドが誓いを立てる。バドはやや言葉に詰まりながらも、その目は真剣そのものだ。子供が出来たことでより大きな責任感が生まれたのかもしれない。
「ワフッ」
「チャチャ様……はい、力を合わせて生きていきます」
二人の誓いを聞いた茶々が、右前足で二人の頭に優しく触れる。まるで小さな子供の頑張りを褒める母親のように、力強くも優しいその行為に、カルアが感極まって涙を零すと、その肩をバドが優しく抱く。その様子を見て目を細める茶々は、ようやく終わったと言わんばかりに尻尾を振り始めた。装飾品がいくつか落ちてしまったが、そこは仕方ないだろう。
「これで婚姻の儀は終わり、後は宴」
「お兄ちゃん、料理の準備お願いね」
「ああ、任せろ」
任せろと言っても、もう既に作ってあるものを並べるだけだ。とはいえいつもの食卓よりも豪華なものにしたつもりではある。何より今日は祝宴、偶には皆で酒を飲むのもいいかもしれない。もちろん飲みすぎにならないように注意しながら、だが。
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