3.女の子の夢
「子供ができたてことは、きちんと夫婦生活が出来てるってことだと思うけど……カルアちゃんたちって、結婚式ってしたの?」
「けっこんしき、ですか?」
「カルア、結婚式とは夫婦となる誓いを立てる儀式のこと。獣人族で言うところの『誓いの洗礼』のこと」
「それはまだですわ、領地がもう少し安定してからと思っていましたから……」
そう言うと少し伏し目がちになるカルアちゃん。バド君とは種族もちがうみたいだし、あまり大っぴらに結婚式を挙げられない利湯でもあるのかな? まさかどっちかがバツ2、バツ3とかで世間体を気にしてるとか?
「ハツミ、カルアも結婚式は挙げたいと思ってる。だけど貴族の結婚式は色々と面倒くさい。それにカルアはミルーカ家の分家扱い、ミルーカ家はフロックスでも名の知れた貴族、実力主義のフロックスでも色々と難癖つけてくる連中もいる」
「はい、お父様はバドとの婚姻を将来的には認めると仰ってましたが、こんなに早いと何を言われるか……」
「じゃあさ、こっちでやろうよ。こっちには茶々もいるんだし、茶々が認めた結婚ならだれも文句言えないでしょ?」
「それはいい、チャチャに逆らえる獣人族なんていない」
「え……いいんですの?」
「もちろんよ! こんなに喜ばしいことを見逃す手はないわ!」
カルアちゃんだって女の子、一生に一度の晴れの舞台を味わいたいに決まってる。
「でも……私たちにはまだ宴をする蓄えなんて……」
「大丈夫! それはこっちに任せて!」
何もないところから領地を開墾してる二人にはそんな余裕なんてない。だけどもう私たちは他人じゃない。そのくらいのことをしてあげたって問題なんてない。何よりもカルアちゃんだって綺麗な花嫁姿をバド君に見せたいはず。
なら当然ここはアタシの出番。カルアちゃんの体型がまだ崩れないうちに、とっておきのウェディングドレスを作ってあげようじゃないの。絶対に忘れることのできないくらい、とびきり綺麗なお姫様にしてあげようじゃないの。
「食べるものに関してはお兄ちゃんに任せるとして、アタシは二人の衣装を作るわ。今の仕事は後回し!」
「ハツミ、本当にいいの?」
「カルアちゃんはフラムちゃんとシェリーちゃんの大切な仲間でしょ? それはつまりアタシたちの仲間ってこと、一肌脱ぐのは当然じゃない」
「ハツミ……」
「ハツミ殿……」
感極まる二人だけど、こんな喜ばしいことは皆で祝うのは当然。そして花嫁姿こそ女の子の憧れ、いずれアタシもフラムちゃんたちも通る道、ここで色々と覚えておくのも悪くない。残念ながら前職の同僚にも後輩にも、結婚をした女の子はいなかったし、アタシも正直なところ細かいところはわからない。だけどそんなのネットでいくらでも調べられるし、カルアちゃんとバド君の身体のサイズだって頭の中に入ってる。あ、カルアちゃんのはお腹に負担かけないように改良しなきゃいけないのか。
もしカルアちゃんのウェディングドレスがうまくいけば、花嫁仕様のフィギュアも作れるかもしれない。そう、これはアタシにとって未来のための投資でもあるんだから。フィギュア製作の新たな道を開くため、そして……いずれ来るタケちゃんとの結婚式のために。
「そうと決まればまずはドレス用の素材を吟味しなくちゃ! 一世一代の晴れ姿にしてあげるんだから、覚悟しておいてね!」
「ハツミ、意味がわからない……」
「もうじきお兄ちゃんたちが帰ってくるから、後は任せたわよフラムちゃん!」
ウェディングドレスに使えるような生地はいくつかあるけど、それで賄えるかどうかなんてわからない。だってカルアちゃんのための大事なドレスなんだよ? 妥協なんてできるわけない。アタシが今持てる限りの全てを注ぎ込んで、絶対に忘れられないドレスを仕立てて見せるから。だからまっててね、カルアちゃん!
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「着きました! チャチャさん、早く行きましょう!」
「ワンワンッ!」
ソウイチさんが扉を開けるのももどかしく、私を背に乗せたチャチャさんが疾走する。チャチャさんもカルアに赤ちゃんが出来たことがとても嬉しいみたいで、玄関から居間への短い距離にもかかわらず、空を駆けているんだから。ちょうどハツミさんが居間を出て行ったところで、開いた引き扉の間から部屋へと駆けこむと、涙ぐんだカルアをフラムが支えている姿が目に入った。
「カルア! おめでとう! やったわね!」
「シェリー……あの時あなたが頑張ってくれたから……今この喜びを噛みしめることが出来るのですわ……」
駆け寄ってカルアに抱きつくと、しっかりと力強く抱きしめ返してくれる。私も妊婦さんと抱き合ったことなんてないからわからないけど、もっとそっと抱きしめたほうがいいかしら。
カルアが言ってるあの時というのは、フェンリルと戦った時のことだと思う。私を連れ去ったイタチのことを報せただけで、フェンリルはチャチャさんがやっつけてくれたんだけど。
「ワンッ」
「はい、ありがとうございます……あの時チャチャ様に助けていただかなかったら、新しい命を宿すことは有りませんでした……」
「ワフッ」
チャチャさんがカルアの涙を優しく舐める。カルアにとってはチャチャさんこそ神獣。命を、そして領地を救ってもらった恩人だから、優しい言葉をかけてもらって嬉しいんだと思う。私にはチャチャさんの言葉はわからないけど、きっとチャチャさんなら「よくやった」って褒めてあげてると思う。
「カルア、おめでとう。大人しくしてなくて良いのか?」
「ソウイチ殿、ありがとうございます。御教授いただいた農業も順調ですし、言葉もありませんわ……」
「農業に関しては俺は基礎的なアドバイスだけだ。フラムと一緒に試行錯誤した結果だ」
ソウイチさんもカルアの顔を見て嬉しそう。やっぱり新しい命を授かるのは誰でも嬉しいのね。と、いつもならチャチャさんが戻ってきて嬉しそうにするフェンリルがいないことに気付いた。そしてゲートの奥から騒がしい声が聞こえてきた。
「カルアー! カルアー!」
『うるさい! 静かに乗っていろ!』
「これが静かにしてられるかよ!」
そんなやり取りをしながら、フェンリルがバドを背に乗せてやってきた。バドは開墾作業の途中だったみたいで、土埃で汚れてる。フェンリルの背中から飛び降りたバドは、慌てすぎて少し足をもつれさせながらカルアのそばにやってきて、力いっぱい抱きしめた。
「カルア! よくやった! ありがとう!」
「バド……苦しいですわ……落ち着いて……」
「バド、そんな汚れた身体でカルアに抱きつかない。少しは状況を考えて」
「なに言ってんだフラム! これが落ち着いていられるかよ! 俺に子供が出来たんだぞ! 俺とカルアの子だ!」
確かにフラムの言う通りなんだけど、確かにバドは埃塗れだし、だけどバドの嬉しさは理解できるし、まぁカルアが嫌がってないからいいかな。部屋は汚れちゃったけど、後で綺麗に掃除すればいいしね。
「ワフッ」
『ほ、焔の君……い、いや、この程度どうってことはないぞ……』
チャチャさんがよくやったとばかりにフェンリルの顔を舐めれば、フェンリルは平静を装ってるけど、激しく振れてる尻尾が喜びを隠せてない。いつもはフェンリルに厳しいチャチャさんだけど、今回ばかりは褒めてあげてるみたい。やっぱりバドにもこの嬉しいことを教えてあげないといけないからね。
「それからバド、ここで結婚式やるから」
「は? 何だそれ?」
「カルアのとても綺麗な姿が見られる宴。もちろんバドも主役だから」
「は? 俺がか?」
え? 結婚式ってあれよね、女性はウェディングドレスっていう綺麗なドレス着て、男性はきっちりとした儀式服みたいなのを着て、神様に誓いをたてる儀式よね? それをここでやるの?
「大丈夫、衣装はハツミが作ってくれる。私とシェリーは将来のための勉強をさせてもらうつもり」
フラムはそう言いながら、少し顔を赤らめた。そうか、私たちもいずれ同じ道を通るんだ。そう思うと私の顔も自然と火照ってくる。もちろんそのお相手はソウイチさん、そのための勉強……となれば気を抜いていられないわね。そしていずれ私たちにも赤ちゃんが……とまで考えるのはまだ時期尚早かしら……
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