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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
攫われた婚約者
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18.何よりも嬉しい言葉

 とても暖かくて、いつまでもこうして微睡んでいたい。あれほど五月蠅かった魔王の声ももう聞こえない。とても居心地が良い場所、もう邪魔するものなんていない。


 そうか、私死んだんだ。

 死んだはずなのに、どうしてこんな風に夢を見てるんだろう。


 夢見るのは、いつもの縁側。ソウイチがいて、チャチャがいて、シェリーと一緒にチャチャの柔らかな獣毛に埋もれて昼寝をしてる夢。夢なのに寝てるってちょっと変かな。


「……きて、起きてよ、フラム」


 夢なんだから、もっと眠らせてくれてもいいのに、シェリーは私を起こそうとする。そもそも私は死んだんだし、チャチャのブレスに焼かれて身体は跡形も無くなってる。起きたいけどどうやって起きたらいいのかわからないよ。


「起きてよ、フラム! 目を開けてよ!」

「うるさいシェリー! 私はもう……」

「フラム! 良かった……」


 ついかっとなって起き上がると、シェリーが涙とか鼻水とか色んなもので顔をくしゃくしゃにしながら抱き着いてきた。……え? 起き上がる? 私は死んだはずなのにどうして? 


「シェリー……私は一体……」

「チャチャさんがね……フラムの身体にあった魔王の因子を焼き尽くしてくれたの……フラムには影響がないようにして……」

「ワン!」

「そう……チャチャが……ありがとう、チャチャ」


 あの時の魔王の狼狽え方は尋常じゃなかった。魔王フラマリアがどう足掻いても勝てなかった唯一の存在、ドラゴン。きっとチャチャは竜核の力を全て引き出す何かを見つけてくれたんだ。それはとても危険なことかもしれないのに、私を助けるために……


「ごめんねチャチャ、私はチャチャに酷い事をさせようとしたのに……許して……」

「クーン……」

「うん……ありがとう……」


 チャチャは気にするなって言うように私の顔を舐める。私はあの時諦めていたのに、チャチャは諦めてなかったんだ。だからこうして、私は生きていられる。ソウイチのところに戻れる。


「フラム、体におかしいところは無い?」

「うん、ちょっと身体がだるいけど、少し休めば何とか……そういえば魔物の軍勢は?」

「召喚された魔物は魔王の消滅と同時に消えたわ。元々付き従っていた魔物はクマコとヒラタさんがやっつけてくれたわ」

「ピィ!」

「……」

「クマコ……ヒラタさん……ありがとう。心配かけてごめん」


 チャチャだけじゃない、クマコもヒラタさんも私のことを助けようとしてくれた。なのに私は一人で抱え込んで、何とかしようとしていた。私にはこんなにもたくさんの仲間がいるのに、頼ろうとしなかった。もし私が助からなかったら、そのみんながとても悲しむ。決して一人で決めていいものじゃない。


「シェリー、うちに帰ろう。私たちの大切な人が待ってる場所に」

「うん、後のことはカルアに任せちゃいましょう」

「それもちょっと考え物かもしれないけど……まあいいか」

「?」


 シェリーはよくわからないといった表情で見てる。そうか、これはまだ私だけの秘密だったんだ。でもいずれ私もそうなりたいと思ってる。それが現実のものになったらどんなに嬉しいだろう。


 でも何よりも、ソウイチに心配かけたことがとても辛い。きっとソウイチは怒ってるだろう。ものすごく怒られるだろう。そうならないためにも、ちょっとだけ……



**********



「ワンワン!」

「おう、お帰り茶々。ご苦労だったな」

「ワン!」

「そうか、お前がいると心強いな」


 ゲートから勢いよく飛び出してきた茶々を何とか全身で受け止める。今までより遥かに力強くなった茶々、こっちが気を抜いていると一気に吹き飛ばされてしまいそうになる。だがそれほどにフラムを無事に取り戻した喜びを伝えたいのだと思えば、多少鳩尾に入って呼吸が苦しいくらいどうってことはない。


「ただいま戻りました!」

「お帰り、シェリー。よく頑張ってくれた」

「はい……ほとんどチャチャさんのおかげですけど……」

「ところでフラムは? 一緒じゃないのか?」

「あれ? さっきまで一緒だったのに……」


 茶々の背中に乗っていたのはシェリーのみ、バドはフェンリルの背中に乗っているし、茶々の傍で羽ばたくクマコの足にもフラムの姿はない。まだ本調子じゃないはずなのに、一体どこにいったのか。


『ふふふふふ、ここが私に支配される世界か、実に素晴らしい!』

「え? フラム? まさか……」

『そのまさかよ、仮にも魔王と呼ばれた私が簡単に消えると思ったか?』


 一番最後に出てきたヒラタさんの上で仁王立ちするフラム。全身に布を巻き付けただけの姿で、肌にはあの紋様も見られないが、まさか本当に魔王が復活したのか? 沸き上がる不安を抑えつつフラムの顔を見て……一気に力が抜けた。


『そこの巨人よ、私の伴侶となる栄誉をやろう』

「そういうのはいいから、早くこっちに来い。色々と言いたいこともあるが……それより先に言わなくちゃいけないことがあるだろう?」

『な、なにを言っている? わ、私はこの世界を……』

「そんな下手な芝居してる暇があったら早くこっちに来い」

「……わかった」


 ふんぞり返って不遜な態度だったフラムが俺の言葉にしゅんとなりながらヒラタさんと共にやってきた。ヒラタさんは相変わらず俺に威嚇してくるが、きっとフラムのことを叱ると思ってるんだろう。確かに自分を犠牲にしようとしたことは叱らなくちゃいけない。だがそれは今しなきゃいけないことでもない。それよりも先にするべきことがある。


「ソウイチ……ごめん、心配かけた」

「そんなことはいい、まずは言うことがあるんじゃないか?」

「え? ……そうだ、大事なことを忘れていた。ただいま、ソウイチ……」

「ああ、お帰り。何はともあれ無事に戻ってこれてよかった」


 ただいま、の一言がこんなに嬉しく思ったのは、シェリーが攫われて以来だ。フラムがあんな三文芝居を始めた理由はわかる。俺がフラムのしたことに対して怒っているだろうと判断したからだ。少しでも俺の怒りの矛先を逸らそうとしているということも。


 あの時の行動が正しいかどうかなんて、そんなのは後付けでどうにでもなる。善悪の判断なんて流動的で、立場が変われば白が黒になることなんてよくあることだ。ただ今回は少しばかりお説教をしなければいけないが、そのくらいは彼女もきちんと受け止めてくれるだろう。


 大事な家族が欠けることなく帰ってくる、そんな当たり前のことが失われそうになった。その恐怖はきっとこれからも忘れないだろう。だからそのために、もっと家族としての絆を深めていかなきゃならない。魔王のような存在はそうそういるとは思えないが、それに匹敵するくらいの悪意は存在している。そういったものから彼女たちを護るのは俺や初美の役目だ。場合によっては力技になるかもしれないが、その覚悟はできているつもりだ。


「お兄ちゃん、フラムちゃんは疲れてるんだから、面倒くさいことは後にして」

「あ、ああ、わかった」


 初美に促されて自分の部屋に戻ろうとしたフラムが、振り返って俺を見据える。


「ソウイチ、どうして私が芝居してるってわかった? 誰も魔王が中にいるかどうかなんてわからないのに」

「んー……それはな……」


 正直なところ、これをこの場で言っていいものか悩むところだが、あんなことがあって不安な気持ちになってるフラムの為になるのなら、俺の気恥ずかしさなんてどうでもいいことだ。


「フラムはな、隠し事をしたり嘘をつく時は右目の目じりが少し動くんだよ。さっきも目じりが動いてたから、芝居だってすぐにわかった」

「え? そんなのがあるの?」

「ああ、よく見てるからな」


 さっき魔王に乗っ取られたふりをしている時も、右の目じりがずっとぴくぴくと動いていた。いつも二人の姿を目で追いかけているからこそわかった普段との違い、でもそれは二人のことを見てばかりいるということにもつながる訳で……


「ソ、ソウイチさん、私にもそんな特徴がありますか?」

「シェリーはそもそも嘘をつける性格じゃないだろ、すぐに表情に出るからわかる」

「やはりソウイチは私たちのことを常に気にかけてくれている。だからこそそんな小さな変化にも気づく。やはり私たちは愛されている、いずれソウイチと結ばれるのも時間の問題」

「え? 本当?」

「そういうことはいいから、二人ともゆっくり休め。フラムはその後でお説教な」

「大丈夫、ソウイチの愛の言葉ならいくらでも聞ける」


 初美がニヤニヤした顔で「ふーん、そうなんだー」と言ってくるが、明らかに馬鹿にしてるだろ。本当ならこんなこと言いたくなかったが、二人の不安を払拭するには、いつでも見守ってるという意思表示をしておいたほうがいいと思ったから敢えて言った。


 気になっていたのは確かだし、婚約者のことを見ていたとして何が問題がある訳でもない。ただこう……好奇の目で見られることに慣れていないだけだ。


「……ソウイチ、もしソウイチの身に何かが起こったら、その時は私たちが力になる。だから安心して、ソウイチの嫁は頼りになるということを証明してみせる」

「嫁たち、でしょ」

「そう、シェリーと一緒に」

「ああ、期待してるよ」


 二人の助力がどこまで通用するかは分からないが、もしそんなことがあったとしても二人だけに背負わせるつもりはない。その時は三人一緒に立ち向かうつもりだ。そんな時は決して来ないと思うけどな……






  

これでこの章は終わりです。

次回は閑話の予定です。

読んでいただいてありがとうございます。

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