14.道連れ
モニターに映るノイズ交じりの画像を食い入るように見ていると、突如ベヒーモスの頭部が爆ぜた。バドが奴の口元で何かしていることだけはわかったが、とにかく画像が乱れるので詳しいことはわからなかった。だが展開から考えれば、俺がシェリーに託したものを使ったんだろう。
シェリーに託したのはショットシェル弾、鳥撃ちを趣味にしていた親父が使っていた弾丸が一発だけ残っていた。俺は鳥撃ちをしないので、ショットシェル用の銃身と一緒に処分したつもりが残っていたようだ。
渡す際に火気、電気、強い衝撃は絶対に与えるなと釘を刺しておいたが、その真意を正しく理解してくれたようだ。一般的に殺傷能力が低いとされている散弾だが、それは弾をばら撒くという特性上射程が短く、有効射程を外れれば極端に破壊力が落ちるからだ。しかし今は違う、超至近距離から、それも柔らかい口内粘膜めがけて暴発させた。散弾の殺傷能力に加えて炸薬から生み出された燃焼ガスもまた武器となる。例えるなら手榴弾を口の中で爆発させたようなものか?
「一番厄介そうな奴を倒せたな」
「このままフラムちゃんを取り戻さなきゃ!」
相変わらず音声が無いので、現地の状況が詳しくわからないが、茶々の視線はほとんど魔王と化したフラムに固定されたままだ。ベヒーモスの後ろに魔王がいるので、偶然状況がわかっただけでもあるが。
『わ……この……が……』
突如音声が戻り始め、魔王の言葉が途切れ途切れに入ってきた。声はフラムのものだが、そこに籠っている感情は全くの別人だ。言葉の端々から強烈な悪意を感じる。誰かを裏切ることを全く厭わない、他人を虐げることに何の罪悪感も感じない、自分さえ良ければ他はどうでもいい、そんな人間の屑のような思考の持ち主だということがよくわかる。こんな奴にフラムを支配させる訳にはいかない。
『どうだ、お前たち、その魔獣共々私に下らんか? さすればこの器の意識を完全に吸収しないでおいてやろう。偶には入れ替わってやっても良いぞ?』
ようやく音声がクリアになり、魔王の話す内容がはっきりと聞き取れた。何を言ってるんだこいつは? 完全に吸収? ということはフラムはもう戻ってこない? 入れ替わる?
こいつの言葉は間違いなく嘘だ。俺はかつてこういうタイプの人間を見たことがある。決して小さくないダメージを負ったことがある。だからわかる、こいつは絶対に約束など守らない。こんな奴がフラムを奪おうとしていると考えただけで、はらわたが煮えたぎる。
「てめえ! 俺の嫁に何してやがる! そこを動くな! ぶっ殺してやる!」
いつもなら決して言わないような粗暴な言葉が、意外なほどすんなり出た。とにかく言わなければ気が済まなかった。こんなふざけたことがあるか? こいつにはフラムを返すつもりなんて毛頭なく、さらにシェリーや茶々たちまで手中に収めようとしている。俺から大事なものを次々と奪おうとしている。
ヤツは敵だ、それもドラゴンなんぞより遥かに性質の悪い敵だ。ヤツとはここで全てを終わらせなきゃならない。そしてフラムを取り戻さなくちゃならない。あんな屑のようなヤツと同居させられていることすら屈辱だろう、だからすぐに助けてやらなくちゃならない。
俺がもっと小柄な体格だったなら、すぐさまゲートをくぐって助けに行くのに、ここで見ているだけなんて拷問にも等しい。唯一出来るのはこちらの声を届けることのみなんだが、音声は再びノイズにかき消されてしまった。悔しい、この気持ちをヤツにぶつけることができない自分が悔しい。大事な嫁(予定)が奪われそうになっているのに、何もできない自分が悔しい。
「お兄ちゃん落ち着いて、ここはシェリーちゃんたちに任せるしかないんだから」
「あ、ああ、わかった……」
「お兄ちゃんの声はちゃんと届いてるみたいだから……」
初美の言葉に促されてモニターを見れば、先ほどの傲慢さに満ちた顔の魔王はそこにはおらず、苦悶の表情をあげる魔王の姿が映っていた。
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突然チャチャさんの胸元からソウイチさんの声が聞こえた。ソウイチさんの怒りの理由は……きっと魔王の言ってることが嘘だってわかってるからだと思う。元から守る気のない約束を平然と口にする。それも大事なフラムのことだから、怒るのも当然。
私たちだって怒ってる。あいつの言うことがそのまま実行される保証なんてどこにもない、だけどどうにかしてフラムを取り戻す方法を見つけなきゃいけない。ならまずはあいつの言う通りにして、方法を探るのもありかな、って少しだけ思った。それがとんでもないことだってことくらいちゃんと理解してる。だけどフラムは大切な親友、見殺しになんてできるわけない。
『ぐ……貴様……何を……』
「え?」
悩んでいる私の思考を遮ったのは、魔王の苦し気な声。見ればはっきりとした苦悶の表情を浮かべて脂汗を浮かべてる。心なしか顔の紋様も薄れてきたような……
『貴様……大人しく私の物になれ……』
「そんなのは……嫌だ……お前が出ていけ……」
一人二役のようなやり取りを始める魔王。でも後から聞こえた声には邪気が全く感じられない。強い拒絶の意思の籠った声、もしかして……
「フラム! フラムなの?」
「……シェリー、私がこいつを……逃げられないように押しとどめる……だから私ごと……」
「そ、そんなこと出来るはずないでしょ!」
「……チャチャ、お願い……チャチャならドラゴンのブレスを使えるはず……こいつを完全に消滅させないと……」
「……クーン」
フラムの考えてることはわかる、実体のない敵を倒すには、何かに閉じ込めて全てを焼き尽くしてしまえばいい。フラムはそれを自分の身体でやろうとしてる。魔王の魂が逃げ出さないように、押さえつけて滅ぼす。方法は間違いじゃないけど、それをあなたの身体でやったら意味がないじゃない。
一緒に帰るんでしょ? 一緒にソウイチさんのお嫁さんになるんでしょ? 以前私がイタチに攫われた時、一緒に帰ろうって言ってくれたの、今でも思い出すよ。だから今度は私の番、そう思ってたのに……あんまりじゃない。
「シェリー……こうするしかない……こいつを道連れに出来るなら、それでいい……」
『……その魔獣は竜核を取り込んでいるのか、残念だな、ドラゴンのままであれば私を引きはがすことも出来たはずだ……』
「……どういう……こと?」
『その魔獣は竜種ではない、ならば竜核の力を引き出せなくて当然だ……取り込んだことで竜核の格が下がったのだよ、その程度の力で私を滅ぼせると思うな……』
魔王から放たれた衝撃の真実。ここまで来て嘘を言うことに意味はないはず、となれば真実を見せつけて絶望させるつもりだと思う。でもチャチャさんは悪くない。例えドラゴンをあの時生かしておいたところで、私たちの仲間になることはなかった。あの時倒しておかなかったら、私たちに被害が出てた。
「……シェリー、もういい、このまま殺して」
『や、やめろ! そ、そうだ、このまま大人しく封印されてやろう! それなら……』
「うるさい、その嘘でどれだけの災いを起こしてきた? だから……これでいい……」
「……本当に……いいの?」
「……うん……」
私の問いに静かに応えるフラム。だけど……そのまま鵜呑みにすることなんてできないわ。フラムとは長い付き合いだから、本当はどう思ってるかくらいはわかるつもり。でも今はそんなものよりもはっきりと、フラムの言葉が嘘だってわかってるから。何故なら……
「じゃあ……どうして泣いているの? 魔王を滅ぼせるのに、どうしてそんなに悲しいの?」
フラム自身気付いてないみたいだけど、彼女は大粒の涙を零していた。人前で涙を見せるようなことはしないフラムが、ぽろぽろと涙を零していた。その理由は簡単、フラムだってこんなことで終わりたくない、せっかく掴んだ幸せを失いたくないんだ。
「……死にたくない……消えたくない! ソウイチのところに帰りたい! でもこいつを放っておけばいずれ私は魔王になる!
そんなの嫌だ!」
「フラム……」
ようやく出たフラムの本心、そしてどうすることもできない現状、解決策の思い浮かばない絶望、様々な感情を吐き出すフラム。ごめんね、フラム、私にもっと力があれば良かった。そうすればフラムの代わりになれたのに……ごめん……
「……チャチャ、お願い、一思いに……」
「ワォォォーーーーーン!」
フラムの切なそうな声がチャチャさんに投げかけられる。それを聞いたチャチャさんは突然遠吠えを始めた。それはまるで何かに縋るかのような悲しい遠吠えだった。
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