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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
攫われた婚約者
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13.望んだもの

(もう嫌だ……何も見たくない……何も聞きたくない……)


 魔王の魂による浸食をすんでのところで防いだフラム、何とか自らの魔力経路を巻き込むことで、魔王が使える魔力の総量を制限した。もしそれが出来ていなければ、フラムの膨大な魔力を好き放題に使われ、自分の精神もあっという間に吸収されていたはずだ。


 魔力の供給を断ち、結界の中で何とか堪える、というフラムの算段は、魔王の手札を制限するという効果をもたらした。だが魂だけの状態でも流石は魔王というところか、少ない自身の魔力にフラムの魔力を上乗せしての魔物の軍勢の召喚、さらにはベヒーモスの召喚が為されてしまった。


(こんな魔法知らない、こんなの私じゃない、私はこんなことしない、私はこんなことで喜ばない)


 身体の主導権を握られているため、魔王の見たもの、聞いたものもフラムの中に流れ込んでくる。そして魔王の感情もまた同様で、恐ろしい魔物を召喚して愉悦に浸る魔王の喜びの感情がフラムを苛み続ける。魔物の中にはフラムが小さい頃何度も襲われたことのあるものもおり、ただただフラムにはおぞましさと嫌悪感だけが残った。


 そんな責め苦を続けられたのだ、心が疲弊してしまうのも無理はないだろう。それでも自身の精神の結界だけは保ち続けているのは、フラムの素養の高さの為せる技だ。しかしそれも時間の問題で、がりがりと削り取られる精神力を補うことのできない彼女は、入ってくる情報を遮断するくらいしか有効な手段を見いだせなかった。


(嫌だ嫌だ嫌だ! 私はこんなことしない! するはずがない!)


 目を瞑り、耳を塞いで情報を遮断するフラム。精神だけの状態なので実体は無いが、もしそれを現実に表すとしたら、まるで嫌なことから逃げる子供のようにも見えただろう。普段の大人ぶった彼女からは考えられない姿だが、今ここにそれを咎める者はいない。魔王はむしろそうしてくれれば時間切れを狙えるので、一切の手出しをしていない。



 光もなく、音もない世界でたった一人フラムは膝を抱えて蹲る。どうしてこうなってしまったんだろうか、カルアの申し出を断れば良かったのだろうか、せめてクマコかヒラタさんを護衛につければ違った結果になったのだろうか、様々な疑問がフラムの思考を堂々巡りにさせる。そもそも今それを悔やんだところで結果論でしかなく、その時点では先のことなど誰にも分からなかったのだから、そんな考えを持つこと自体が無意味だ。


 だがこの状況を受け入れるには、何かはっきりとした理由が欲しかった。自分が慢心していたという事実を受け入れたくないがために、他の理由が欲しかった。何とか自分を取り戻そうと宗一やシェリー、茶々、クマコ、ヒラタさんのことを考えるが、今更どうにもならないという諦念が強くなり、再び堂々巡りに陥る。


(チャチャが来てくれたとしても……この状況はどうにもならない)


 茶々がドラゴンの力を得たとしても、魂が融合しかけている状態から救い出す方法などフラムは聞いたことが無い。いずれ自分は消えてしまう、ならその前に魔王の魂もろとも消し去ってもらうべきなのかもしれない。しかしそれは望みを捨てた敗者の考え、フラムが最も嫌うものだ。どうしたらいいのかわからず、さらにふさぎ込むフラム。最早どんな言葉も光景も彼女には届かない。


(……これは、あの時の)


 視覚と聴覚を遮断したところで、人間にはまだまだ感覚がある。残った感覚の一つ、嗅覚がフラムに新しくも懐かしい情報を伝えた。魔王がその匂いを嗅いだことで、フラムにもそれが伝わった。


 この世界には存在しないはずの、黒色火薬が燃焼する時に発せられる硝煙の匂い。宗一と共にドラゴンを倒した時、宗一の銃からこの匂いが放たれていた。愛する男とのかけがえのない思い出が鮮烈に甦る。自分は宗一の婚約者だ、サクラ家を代表してここに来た、自分がどうなろうとも宗一にだけは迷惑はかけられない。ここでゆっくり敗北を味わうことが今の自分のするべきことじゃない。


 弱った心に喝を入れ、フラムは再び視覚と聴覚を受け入れる。魔王と共有している視覚にはベヒーモスが頭部を失い塵になって消えていく姿が映り、聴覚にはシェリーやバドの悲壮な声。反して魔王はシェリーたちを自分の陣営へと引き込もうと画策している。


 半ば融合しているからこそわかる魔王の思惑。こいつは絶対にシェリーたちの思うようなことはさせない。うまく言いくるめて引き込み、洗脳するつもりだ。誰にも気づかれずにゆっくりと……


 そんなことを許すことはできない。あの時命がけで森に逃げ込んだ自分をシェリーが助けてくれなければ、今の自分は存在しなかった。バドの豊富な実戦経験が無ければ、何度も危機的状況を切り抜けることが出来なかった。茶々がいなければ、何度命を落としたか数えきれない。大恩ある人たちを魔王の悪意に染めさせることだけは絶対に許してはならない。


 フラムが何かをする、ということは結界を解くことが前提だ。そうなれば魔王の浸食は再開し、いずれフラムは消えてしまう。死ぬのではなく、消える。言いようのない恐怖がフラムを包み込み、決意を鈍らせる。あと少し、ほんの少し後押ししてくれる何かが、勇気を与えてくれる何かがあれば……フラムが望んだその時、彼女が望んでやまない声が聞こえた。



『てめえ! 俺の嫁に何してやがる! そこを動くな! ぶっ殺してやる!』


 猛り狂った最愛の男の声、そしてフラムは確かに聞いた。宗一が自分のことを初めて『俺の嫁』と言ったのを。これまで婚約者と言われたことは数えきれないが、そこまで深く切り込んだ言葉は初めてだった。


(ソウイチが私のことで怒ってる! ソウイチが私のことを嫁って認めてくれた! こんなところでうじうじしてる場合じゃない!)


 最愛の男が自分のために怒りを露わにしている。そして最愛の男に嫁認定された、その嬉しさがフラムに一歩を踏み出させる勇気を与えた。こんなところで無様な終わり方は出来ない、と。


(魔王、お前の思い通りにはさせない! 絶対に!)


 無理に手繰り寄せればすぐに切れてしまいそうな勝利へ繋がる糸をフラムは力強く握りしめた。それは魔王の魂に繋がっているフラムの心の一部、魔王の魂による浸食の証。それをフラムは逆手に取る。浸食してくるのであれば、こちらから浸食することだってできるはずだ。ほんの一時でいい、ほんの一瞬でいい、体の主導権さえ取り返せば……フラムの全てを賭けた戦いが始まる……


 



読んでいただいてありがとうございます。

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