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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
攫われた婚約者
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5.本当の狙い

 カルアが佐倉家に担ぎ込まれた頃、フラムは鬱蒼とした森の中へと連れてこられた。途中何度か馬車を乗り継いだとはいえ、馬車の速度など高が知れている。おそらくフロックスとアキレアの国境付近に広がる森であろうとフラムは予測していた。魔物が多く出没する森であるためにフロックス、アキレア両国とも権利を半ば放棄した森、怪しげな連中が根城にするにはうってつけである。


「……洞窟、いやダンジョン?」

「かつては、だがな」


 賊のリーダー格の男はフラムを引き連れて洞窟の中を進む。その内部を見てフラムは僅かばかりの動揺を隠せなかった。


(場所は違えど、やっぱり間違いない。ここはあいつらの……)


 フラムの心が鷲掴みにされる。何度も忘れようとしても忘れられず、宗一たちと暮らすようになってようやく意識の奥底へと沈められるようになった、思い出したくない過去の記憶、それが鮮やかに甦る。屈辱と苦痛に彩られた、鈍色の記憶が。


 一際広い部屋に通されて、その中央に立つ男を見て、フラムの記憶は完全に甦った。忘れるはずがない、忘れていいはずがない、自分を実験用の素体としてしか扱わず、さらに不要として売り払おうとした男、それが醜悪な笑みを浮かべて立っていた。


「お前は……」

「久しいな、こんなにも美しく成長するとは……さらに賢者とは、私の予想を大きく裏切ってくれたものだな」

「私に何の用だ!」

「何を言っている? お前は元々我々の所有物だろう? 我々のモノを我々がどう使おうがモノに知る必要などない。だが……今日は喜ばしい日だ、特別に教えてやろう」


 男はまるで劇役者にでもなったかのように、大仰な身振りで恍惚の表情を浮かべながらフラムに話す。するとそれに呼応するかのように部屋の隅から大勢のローブ姿の者たちが姿を現す。そのすべてが魔族だった。


「これまで我々は機を伺っていた。小さな開拓村を狙い、そこの連中に入れ替わることで拠点を築き、そこを我らの野望の足掛かりとするはずだった」

「開拓村……」


 男の言葉に合致する開拓村など、フラムはカルアの村しか知らない。もしこの男の言葉の通りであるというのなら、なんというおぞましいことだろうか。住人と入れ替わる、ならば入れ替わった後の住人たちはどうなるのか、それはもうわかりきっている。不要なものをこの連中がそのままにしておくはずがないのだから。間違いなく最悪の結末になるはずだ。


「だがお前が見つかったことでそんな必要は無くなった。もう隠れ住むことなどないのだからな」

「……どういうこと?」


 彼女の知る限り、魔族が公に出てくるようなことはなかった。それは遥か大昔の因縁により、魔族は人々から忌み嫌われるようになったからなのだが、果たしてこの者たちの言葉の真意は何なのだろうか。その理由を自らの記憶の奥底から探していたフラムは、一つの結論へと至った。それはシェリーと出会うよりもっと前の、素体として扱われていた頃の朧げな記憶の中に存在していた。当時の世話係の誰かが零した言葉。そしてそれを裏付けるかのように、フラムを中心として床全体に浮かび上がる魔法陣。フラムの魔法知識の中でも、最も忌み嫌うべきもの、魔族が人々から迫害される原因となった存在を顕現させるもの。


「……まさか!」

「そう、そのまさかだ。これより魔王陛下が顕現なされる。お前の身体を依り代にしてな」

「そんなことさせない!」

「無駄だ、この時のためにどれだけ待ったと思っている。もう既に術は発動している」

「バカな、この術には多くの生贄が……」


 フラムの発した言葉が途切れた。彼女の目には、部屋の隅から現れた者たちのおよそ半数が魔法陣に踏み込み、そのまま崩れ落ちてゆく。倒れた者たちは既に絶命してぴくりとも動かず、そして他の者たちはその異常な光景が目に入っていないかのように、次々と足を踏み入れては崩れ落ちる。やがて魔法陣の中にはフラムと折り重なった死体のみが残された。それが意味することをフラムは恐る恐る口にした。


「な、仲間を……生贄に?」

「生贄とは酷い言い方だな。彼らはその身を魔王陛下に捧げたのだよ、陛下の威光により、この世界が魔族のものになると信じてな」

「お前たちは……狂ってる」

「さて、いつまで強がっていられるかな? お前は素体、お前の身体のことは隅々まで知り尽くしている。この術はお前の魔法への抵抗力を考慮したものだ、防ぐことは出来まい」

「ぐ……こんな……」


 抵抗を試みるフラムだが、男の言う通り術への抵抗が効かない。魔法陣から沸き上がってくる黒い靄のようなものがフラムの身体へと纏わりつき、徐々に浸食を始める。そして黒い靄のようなものはフラムの意識にまで浸食を始めた。フラムの新雪をも思わせる白い肌には禍々しい黒い紋が刻まれ、それが全身へと広がっていく。と同時にフラムの意識もまた黒く塗り潰されていく。


 必死に抵抗しようにも、自分の魔力をうまく操ることができない。まるで何者かが自分の身体の主導権を握っているかのようなおぞましい感覚が続き、やがてフラムの意識に何者かが介入を始める。


『その身を委ねよ、器の娘よ』

(これは……いけない!)


 フラムはその正体に気付き、咄嗟に別の魔法を展開する。一度も使ったことの無い知識だけの魔法、しかし今の彼女にはそれしか対抗手段が思いつかなかった。意識が何者かに浸食されていく中、何とかフラムはその術を発動させる。そしてフラムの意識は黒い何かに飲み込まれていった。



**********



『く……くくく……・くふふふ』

「おお、ついに!」


 蹲るフラムの口から、普段の彼女が決して見せることのない邪悪な笑いがこぼれる。既にその顔にも禍々しい紋様が刻まれ、瞳は黒く濁っている。


『久しいぞ、この感覚。私を目覚めさせたのは貴様らか』

「は、はい! お目通り叶い恐悦至極にございます!」

『うむ、この身体はとても居心地がいい、褒めてやろう』

「あ、ありがたき幸せにございます! フラマリア魔王陛下!」


 ひれ伏す男たちを満足げに見るフラム、いや、もうそこに今までの彼女はいなかった。フラムの姿をした何か、魔王フラマリアと呼ばれたそいつは、ゆっくりと魔法陣から歩み出る。禍々しい魔力が周囲に流れ、一部の抵抗力の弱い男たちが巻き込まれて絶命するも、全く気に留める様子はない。


『私の力、再び世界に知らしめようぞ! 憎きドラゴンを屠り、この世界を私のものにしてやろう』


 こうして魔族の真の狙いである魔王フラマリアの復活は、フラムの身体を使うことにより達成された。言い伝えとして残されていた純粋な悪意の目覚めに人々はまだ気付いていない……

読んでいただいてありがとうございます。

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