4.出撃
普段なら賑やかな談笑が絶えない我が家の居間、しかし今は誰もが殺気立っていた。奪われたフラムを取り返す、という一つの思いによって纏まった者たちが、その時を待ちかまえていた。
「バド君、これを」
「師匠、これは……」
「フラムちゃんに協力してもらって作った君専用の剣だ。君の奥義は体に無駄な負担をかけすぎる。そのせいでうまく自分を制御できていないはずだ。でもこの剣は君の持つ雷の魔力を整えるように魔法陣をお組みこんでもらったから、自分を見失うことはないはずだ。これでフラムちゃんを助けてきてほしい」
「師匠……わかった!」
武君から鍛冶を教わっているバドは、武君のことを師匠と呼ぶ。そして今武君から手渡されたのは、バドの身の丈ほどもある片刃の大剣。確か斬馬刀ってやつだと思う。鈍く光る鋼の刀身に、複雑な紋様が描かれているのはフラムの作だろう。
「フラムちゃんは僕にとっても家族だ、だから……絶対に相手を許すんじゃねぇぞ?」
「お……おう」
突如いつもの柔和な表情を一変させて、鋭い目つきになる武君。いかつい見た目と相まってかなり怖い。バドも思わず言葉に詰まっている。その一方で……
「ピィ!」
「……」
「アンタ達はダメよ、初めての場所には向かわせられないから」
「ピィ! ピィ!」
「……」
「痛い! 痛いってば! もしアンタ達に何かあったら、フラムちゃんが帰ってきた時に悲しむでしょ? お兄ちゃんも何とか言ってよ!」
居間に上がり込んだクマコと、自分の部屋から出てきたヒラタさんが初美に言われているが、二人とも全く退く様子がない。クマコは初美の足をつつき、ヒラタさんは自慢の大あごを大きく広げて威嚇をしている。お前たちの気持ちはよくわかる。大事な存在がいきなり奪われたんだ、その怒りを抑えろということのほうが無理だろう。
「いいぞ、行ってこい! フラムを助けてこい!」
「ピィ!」
「……」
「お兄ちゃん! 何言ってんの!」
「こいつらだってフラムを助けたいという気持ちは一緒だ。それに茶々がいるんだ、茶々の言うことを聞かないような馬鹿じゃないだろ」
「ワン!」
「ピィ!」
「……」
茶々が一声吠えると、クマコもヒラタさんも大人しく茶々の背後に控えた。俺はここで待機しているしかないので、向こうで動ける者は多ければ多いほど良い。それに茶々もクマコも飛べる、ということは、フラムがいる場所まで早く到達することができる。これほど心強いことはない。
「ソウイチさん、必ずフラムを連れて帰ってきます」
「ああ、任せた。それから……これを持っていけ、ポーチにはまだ入るだろ?」
「大丈夫ですけど……これは?」
「俺からしてやれるのはこれくらいだからな。今の俺には必要ないものだし、もしもの時に使ってくれ」
シェリーに手渡したのは、彼女の身長の半分くらいの大きさの筒状のもの。金属部分と赤い樹脂部分がある、およそ一般の日本人が持っているものじゃない。だがうちにはこれがある、厳密に言えばあった、だが。何か強力な武器はないかと探していて、部屋の奥の金庫にこいつが一つだけ眠っており、フラムが興味深そうに魔法を施していたことを思い出した。
取り扱いは非常に危険だが、マジックポーチの中ならば問題ないだろうし、そもそも俺には不要なもの。こういう場面で役立つのであれば、この時のためにずっと眠っていてくれたのだろう。注意事項を説明すると、シェリーは神妙な顔でポーチにしまいこんだ。使いどころを選ぶだろうが、状況がきっちりハマれば大逆転の一手になりうる最終兵器だ。
「ソウイチさん、ハツミさん、カルアをお願いします」
「任せといて!」
流石にカルアは一緒に行ける状況じゃない。それにまだ眠っているし、傷も癒えていないので無理はさせられない。これはバドからも頼まれていることで、おそらくカルアのことだから絶対に自分も行くと言い出すだろうから、何があってもここで引き留めておいてくれとのことだ。
目覚めたら相当怒るだろうが、それは仕方のないことだ。それにバドの話し方からすると、また違った理由もありそうだが、それを詳しく聞き出している時間的余裕はどこにもない。今は何よりもフラム救出のほうが先だ。
『皆揃ったな、では我に続け!』
「なんでチワワが仕切るのよ……」
『焔の君、露払いは我が引き受けよう』
「ワンッ!」
一緒に戦える嬉しさからか、猛烈な勢いで尻尾を振るフェンリル。初めて茶々と一緒に行動できる嬉しさだろうが、そういう気持ちは抑えてもらえないか? 茶々が窘めるように吠えるが、それでも尻尾は振られたままだ。こんなフェンリルだが貴重な戦力であることは間違いないので、外すこともできない。
「茶々、大丈夫か?」
「ワンッ!」
カメラを取り付けたハーネスを着けた茶々が元気に応える。その背中にはクマコとヒラタさん、そしてバドとシェリーが乗っている。ゲートの内部は暗いので、クマコに飛ばせるのは危険だということと、ヒラタさんの移動読度では遅すぎるという判断の結果こうなった。しかしそれでも茶々は問題ないという表情だ。
俺たちは再び後方支援に回る。出来ることなら俺が行って強引に連れ戻してやりたいが、俺があのゲートを通り抜けられる保証はどこにもない。二次災害を防ぐためにも、ここは任せるしかない。そう理解しなければならないが、相手の思惑が見えてこないという不安がそれを妨げる。
「ソウイチさん、行ってきます!」
「任せたぞ」
シェリーがそんな俺を勇気づけようと元気よく言い、それを合図にゲートの奥へと消えてゆく茶々。暗闇に溶け込むその後ろ姿を見送りながら、払拭しきれない不安にただただ身を焦がしていた……
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