3.脅迫
侵入者が魔族とわかった途端、フラムの様子がおかしくなった。それに気づいたカルアは、フラムのフォローをするべく移動した矢先、侵入者を狙った魔法が制御を外れた。
「フラム! させませんわ……え?」
侵入者はそのままフラムに襲い掛かるかと思い、剣の柄に手をかけようとして、カルアは目を疑った。侵入者の狙いがフラムから変わった、それも無抵抗で泣き叫ぶ幼子に、だ。このままでは間違いなくあの幼子は爆発の餌食となってしまうだろう。多少の犠牲ということで、昨日までのカルアなら見捨てたかもしれない。しかし今日のカルアには子供を見捨てることなど出来なかった。
剣で迎え撃つにも爆発の影響を受けてしまうだろう。あんな幼子だ、僅かな爆風でも命を落としてしまうかもしれない。ならばどうするか、カルアの決断は早かった。
身体強化の魔法と防御障壁を最大に展開し、子供をきつく抱きしめた。侵入者に背を向けて、どんな攻撃からも護りきるつもりだった。自分の身体を盾にして。
侵入者はカルアの傍まで来ると、他の奴等と同様に爆散した。フェンリルの障壁すら傷つける爆発、武装したカルアといえどただでは済まない。爆炎が肌を焼き、自慢の綺麗な赤髪が炎によって焦げる。だがそれでもカルアは耐える。子供は未来に向けての宝だ、何としても護り抜かなければならない。カルアの決意が、荒れ狂う爆風に立ち向かう勇気を与えてくれた。もし侵入者が剣などの武器を使っていたら、子供ごと殺されていたかもしれない。侵入者にその選択を与えなかったのは、カルアの気迫勝ちとも言えた。
「カルア!」
「じ、自分の領民、を、護る、のは、当然、ですわ」
「しゃべらないで! 今治癒を……」
「そこまでにしてもらおうか、賢者フラム」
カルアに治癒を施そうとしたフラムの動きを止めたのは、侵入者の一人。徐に覆面を取ると、フラムと同じように尖った耳を持つ若い男の姿が露わになる。気が付けば怯える住人達を侵入者が取り囲んでいた。僅かでも不審な動きを見せれば、即座に自爆するつのりなのだろう。
「今回我々の目的は貴様だ、賢者フラム。一緒に来てもらおうか」
「……私が従っても皆殺しになるだけ」
「……ならばこれでどうだ?」
男が片手を上げると、侵入者たちは一斉に男の背後へと集まり、待機する。フラムが探っても魔法的な罠のようなものは感じ取れない。フラムは少しの間考え込むと、静かに口を開く。
「わかった、だからこれ以上関係ない人たちを巻き込まないで」
「フラム……」
「大丈夫、こいつらの根城に乗り込んで根絶やしにする。カルアはシェリーの所に行って治療して」
「わかり……ました……」
それだけ言い残すと気を失うカルア。その怪我は決して軽いものではなく、治療しなければ命の危険すらある。手早く応急処置を済ませると、駆け寄ってきたバドにカルアを任せる。
「バド、カルアを……」
「わかった、だが絶対に無理するなよ? チャチャを連れて加勢に行くからな」
「うん、待ってる」
「では行くぞ」
男たちに囲まれるようにしてフラムは開拓村を後にする。その間もフラムの表情は優れない。まるで何か嫌なことを思い出したかのような様子にバドは不安を募らせるが、ここで下手に動いて住人達に被害が及ぶのはフラムも望んでいない。それに今はカルアの容体が先だと考え、フェンリルと共にダンジョンの奥のゲートへと足を向けた……
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「すまねぇ、ソウイチの旦那。あんたのフラムを連れていかれちまった」
『あれは魔族だ、どこぞに消えたかと思っていたが、まだ生き残りがいたとはな』
「フラムちゃんは無事なの?」
『わからん、だが住人を人質にとるような真似までしたのだ、命を奪われることはあるまい。何を目論んでいるのかはわからんがな』
「……陛下、って言ったんですよね?」
「シェリー、心当たりがあるのか?」
バドとフェンリルから経緯を聞いていたところに、再度の治療を終えたシェリーが戻ってきた。カルアは包帯を全身に巻いた状態ではあるが、今は落ち着いて眠っている。フラムの施した応急処置のおかげらしい。
「私も少しだけしか聞いたことがないんですが、フラムと出会った時、彼女は人買いに売られるところだったそうです。用済みになった素体だから売られそうになった、と言っていましたが、素体という言葉が……」
「初美ちゃん、普通素体って言ったら、何かの材料ってことだと思う。もしかしたらそいつらはフラムちゃんを使って何か企んでるんじゃない? フラムちゃんは魔法の技術は一級品だし」
「それってまずいじゃない、早く助けに行かないと! タケちゃん、武器は?」
「うん、今用意してくる!」
一体何が起こっているのか、理解が追いつかない。シェリーが攫われた時はイタチが攫って逃げた。単純に獲物として見ていただけだったはず。だが今回は状況が全く異なる。間違いなくフラムのことを狙って行動してきた。
どうして俺はフラムの出立を了承してしまったのか。俺が引き留めていたらこんなことにはならなかった。俺の判断の甘さが……
「お兄ちゃん、うじうじ悩むのは後! まずは救出の準備! 早くカメラとマイクを用意しなきゃ! 茶々に大事な婚約者を助け出してもらうんでしょ? アタシたちが向こうに行けない以上、考えうる限りの戦力で行かなくちゃ! チワワにすら怪我を負わせるような、命知らずの連中を相手にするんだから!」
「あ、ああ、わかった」
初美に促されて、ようやく思考が戻ってきた。フェンリルも茶々には劣るが強い、そんな奴をここまで痛めつける組織的な相手、出し惜しみなんてしている場合じゃない。散弾銃があればそんな連中蹴散らせるのに、自分で助けにいけないことがとてももどかしい。
フラム、頼むから無事でいてくれよ? お前はシェリーと一緒に俺の嫁になってくれるんだろう? だから……必ず連れて帰るからな! 多少の無理くらいは通してやろうじゃないか!
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