8.やりたいこと
「というわけなんだよ。だから初美はしばらく家を空けることになる」
「それで今朝はいつも以上に世話を焼いてくれたんですね」
「シェリーちゃん分を補給しておかなくちゃ、なんて言ってたな」
ソウイチさんが器に土を入れながら話すのを、種を播きながら聞く私。何度目かのお手伝いでコツも掴めてきた。できるだけソウイチさんに遅れないようにしないといけないけど、最近は遅れることも少なくなってきた。
ハツミさんは自分のお仕事のためにトウキョウというところに行くと言っていた。『てれび』という魔道具で見た、石とキラキラしたガラスで出来た建物で埋め尽くされている不思議な街。そこにたくさんの巨人が歩き回るという信じられない光景は私の想像していたものとは全く異なっていた。
怖い、そう感じた。自然の力を全く感じないその光景は、魔力を介して自然の力を具象化させる魔法という概念を完全否定したかのような冷たい印象だった。それに比べれば、ソウイチさんの家はとても居心地がいい。常に自然の力を感じ、魔力も感じる。私のいた世界に近しいものを感じるけど、トウキョウという街には魅力を感じない。精霊の力の影響を受けやすいエルフだからそう感じるのかもしれないけど。
あんなところでハツミさんは働いていたのかと思うと寒気すら感じる。あれは言い伝えにある冥界のようなものなのかもしれない。生命の気配のない、死んだ世界。あの時に見た巨人たちは皆同じような服を着て、無表情に歩いていた。石の建物に吸い込まれていく様子は、冥界の王の裁きを受ける死者のようにも見えた。
「あいつもこれからここを仕事の拠点にするらしいからな。俺としては助かるからいいんだけどな」
「助かる? お手伝いしてもらえるからですか?」
「いや、あいつはこの仕事には手を出さないよ。助かるというのは……妹の身を案じなくていいってことだよ」
ソウイチさんが照れ臭そうに言う。ああ、やっぱりこの人はハツミさんのことを大事に思ってるんだな。私ですらあんな街で働くハツミさんが信じられなかったくらいだから、ソウイチさんも心配だったんだろう。巨人とはいえやはり兄妹なんだなと思うと同時に、身内を思いやる気持ちは私たちと大差ないんだと安心した。
「たぶんあいつのことだからすぐに戻ってくると思う。ただ戻ってきてすぐは荷物の整理やら何やらでバタバタするかもしれないから、心しておいてくれ」
「はい、私が出来ることならお手伝いします」
ハツミさんと一緒にいると不思議と話が合う。何故かハツミさんは私の世界のことに理解があり、そのおかげで私としても色々と相談してる。もちろん女どうしだということもあるし、ソウイチさんには話せないことも話せる。素敵な部屋を用意してくれたり、綺麗な服や丈夫な服、着心地のいい服を作ってくれる。ハツミさんは針子としても一流の腕を持ってると思う。
そして何より、ハツミさんが作成を依頼してくれた武器の数々。そのどれもが一級品、たぶん鍛冶屋で買うとなれば金級、いや特級冒険者でなければ手が出ないと思う。それどころか高位の貴族が欲しがるはず。そのくらいに素晴らしい出来で、魔力の親和性がとても高く、何より刃の美しさは剣に詳しくない者でも引き込まれるはず。こんな凄い武器、貰っていいものかどうかずっと迷っていたんだけど、そのことをハツミさんに伝えたら……
『ん? いいのいいの、どうせアタシたちには使えないし、何よりこれを作った奴はシェリーちゃんの使ってた剣に負けないような武器を作りたいって意気込んでたんだから、むしろ使ってくれないと困るのよ』
と笑って答えた。ソウイチさんもそうだけど、ハツミさんもどれだけ優しいんだろう。ただ私が困ってるから、それだけでここまで大事にしてくれる。家族の一員のように接してくれる。パーティの仲間たちとも違う温かい優しさが私の寂しさを和らげてくれる。チャチャさんだってとても強くて、そのうえ優しい。
ハツミさんも言っていたけれど、きっとこの世界も私たちの世界とは違う意味で厳しい世界だと思う。それは『てれび』で見た巨人たちの表情の凍った顔が物語ってる。でもこの館だけは違う。とても優しい人達の住む優しい場所だから……ついつい甘えたくなっちゃう。
「……それはそうと、この仕事はどうだ? やっぱり慣れないことばかりだと難しいだろう?」
「……はい、どちらかというと私は冒険者なので討伐とか探索がやりたいんですが」
「討伐って言ってもな……この前のイタチのようなことはそうあることじゃないぞ。茶々が大概追い払うから」
「そうですよね、チャチャさん強いですものね」
不意にソウイチさんが尋ねてきて、私は素直に自分の心中を吐露した。誤魔化すことも出来たけど、ここで嘘をつくことはこの人たちの優しさを踏みにじることのように思えたから。でもソウイチさんはそんな私の答えにも怒り出すこともなかった。
「初美から武器を貰った時の表情からそんなことだろうと思ってたよ。人には向き不向きってものもあるし、苦手なものを克服するのも大事だけど、それよりも得意なことを伸ばすほうが成長も早い」
「でも……討伐する相手がいませんから……」
「そうなんだよな……まぁ初美が戻ってきたらあいつに付き合ってやってくれよ。たぶんそれがあいつの仕事の手伝いになると思うから」
「はい」
ソウイチさんはそう言って優しく微笑んでくれる。こんなに優しい人の手伝いをきちんと出来ないことが悔しくて堪らないけど、ソウイチさんはそれでもいいって言ってくれてる。自分の得意なことを伸ばせっていう言葉の持つ温かさが心に沁みる。
ハツミさんのお仕事の手伝いは、彼女の作ってくれた服を着て『かめら』という魔道具を使ってもらうことだけど、実は綺麗な服を着ることが出来て少し嬉しかったりする。やっぱり冒険者とはいえ女の子だし、服がたくさんあるだけで楽しくなってくる。『かめら』を持った時のハツミさんの様子はちょっと怖い時もあるけど……
それから……ハツミさんが作ってくれた、異様に布の小さい下着があるんだけど……恥ずかしくてまだ身に着けてないのは内緒にしておいたほうがいいよね?
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