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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
攫われた婚約者
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1.悪意の発現

更新滞って申し訳ありません。一章分書きあがったので更新再開します。

 フラムが旅立ってから一週間経った。フェンリルがやってくることもなく、いつもよりかなり静かになった我が家の居間では、シェリーがヒラタさんにエサをあげている。


「ヒラタさん、お食事ですよ」

「……」


 フラムとの約束があるせいか、シェリーに大して威嚇するような行動はとらない。大人しく昆虫ゼリーを食べている様子を確認すると、今度は庭先で待っているクマコの相手だ。茶々を伴って縁側へと向かうと、いつもの止まり木で元気なさそうなクマコに向かって声をかける。


「クマコ、お肉ですよ」

「ピィ……」


 クマコはフラムと一緒に行きたかったらしいが、クマコのような巨大な鳥が現れればパニックになりかねないということで留守番になった。フラムがいないのはわかっているにも関わらず、こうして毎日来ているのは、いつ帰ってきてもすぐに出迎えられるようにだろう。室内にいるヒラタさんを何とかして出し抜こうとしているに違いない。


 そんなクマコもシェリーの手から大人しく鹿肉を貰って食べている。こいつは本当に山に帰って狩りが出来るのかと心配になってしまうが、庭先に時折出没するヘビやイタチを退治してくれているから、狩猟能力についてはとりあえず問題ないと考えていいだろう。


「フラム、遅いな」

「まだ行ったばかりじゃないですか。街から街への移動に一月以上かかる時もありますし」

「でももう一週間だぞ?」

「……そんなに心配してもらえるフラムは幸せですね。私と出会った時にはもう身寄りがいませんでしたから」

「売られそうになった、ってやつか」

「ええ、ですからフラムのことを心配する存在なんて私たちくらいでした。でも今はソウイチさんもハツミさんもタケシさんもいます。チャチャさんもクマコもヒラタさんもいます。こんなにたくさんの人に支えられるなんて、あの頃のフラムは想像もできなかったと思います」


 人身売買なんて遠い場所の話だと思っていた。その時はまだフラムも小さかったらしいし、売られると理解した時の気持ちはどんなだっただろうか。絶望に全てを諦めていたのか、いや、フラムのことだ、何とかして逃げようと隙をうかがっていたに違いない。その結果、こうして今俺たちと一緒にいるのだから。


 シェリーも似たような境遇らしい。本人が良い顔をしないので詳しくは聞かないが、両親と一緒に里を追い出され、両親が病気で亡くなってからは独りで暮らしていたという。そんな時にフラムと出会い、一緒に暮らすようになったそうだ。


 二人とも、途轍もない重い過去を抱えてなお、明るく振舞っている。ここにいれば、彼女たちを傷つけるような悪意は届かない。ここが彼女たちの安息の地であり続けられるようにするのは俺たちの仕事だ。


「だからフラムは出来るだけここの皆の優しさに応えたいんですよ、もちろん私もですけど。優しさに甘えてしまうだけの足手まといにはなりたくないんです」


 だから自分たちに出来ることを探しているんですよ、とシェリーは微笑む。初美のフィギュア作成のモデルもその一環だろう。小さなフィギュアの実寸モデルなんて、あの二人しかできない仕事だ。そしてその報酬も得ている。出来ることを探すどころじゃない、もう二人は我が家での存在価値を自分たちの手で確立している。


 いつまでも甘えることなく、対等の立場で接してほしいという彼女たちの気持ち。それを知りつつつい甘えさせてしまうのは俺の我儘かもしれない。だがたった二人だけの小さな存在がここで生活しつづける緊張感は相当なものになるはずで、俺と一緒にいる間は思い切り休んでほしい。そう考えるくらいは許してもらいたい。


「フラムが帰ってきたら、皆で沢にでも遊びに行こうか」

「いいですね、フラムもきっと喜びますよ」


 去年は予想外のアメリカザリガニの大群との遭遇という事件があったが、あんなことはそう滅多にあることじゃない。茶々もいるしクマコもいる。ヒラタさんは……水は苦手だろうが、仲間外れにするつもりはない。もし都合がつけばカルアやバドも誘って皆で行ってもいいかもな。


「……グルルル」

「どうした茶々?」


 突如茶々が低い唸り声をあげた。じっと家の中、居間の壁のほう、つまりはあのゲートのほうを睨みつけて、警戒するように唸り声をあげている。フラムが帰ってきたのかと思ったが、それなら茶々がこんなに警戒するはずがない。じゃあ一体何が起こるというのか。


 フェンリルが来たとしても、茶々はこんなに警戒しない。茶々が想定していない何かがある。茶々の唸り声は次第に大きくなり、牙を剥きだしにして警戒している。いや、これは警戒というレベルじゃない。まるで威嚇だ。ゲートの奥にいる存在に対して明らかな敵意を持ち、排除するべく待ち構えている。


「チャチャさん、どうしたんでしょうか」

「何かが来るんだろうな」


 一向に威嚇を止めない茶々。その様子を見てクマコはいつでも飛び立てるように待ち構え、ヒラタさんも茶々の横に来て大あごを広げて威嚇を始める。何者かの気配を突き付けられた、しかもそれは友好的なものじゃない。そしてその何かは俺の目でもはっきりと見えた。


「カルア! どうした! 何があった!」

『エルフの小娘! 早く治癒魔法を! このままでは危険だ!』

「は、はい!」


 ゲートの奥から現れたのはフェンリルだった。旅だった時と明らかに違うのは、体中に無数の傷を負っていること、そして……


「ソ、ソウイチ殿……申し訳ありません……」

「カルア、それ以上しゃべるな! シェリー、治癒魔法を早く!」


 フェンリルの背中に乗ったバドが焦りの色を見せて叫ぶ。そしてフェンリルの口には全身血まみれのカルアの姿があった。明らかに尋常ではない大怪我、しかしこの場にフラムの姿はない。そしてカルアの謝罪……嫌な予感が頭をよぎる。


「カルア! しっかりして!」

「ソウイチ殿……申し訳ありません……フラムが……」


 息も絶え絶えのカルアが俺を見て大粒の涙を流しながら、まるで譫言のように謝罪を繰り返す。そしてバドとフェンリルの悲痛な表情、まさか……


「フラムが……攫われてしまいました……」


 突如もたらされた最悪の報せに、俺はただ茫然とするだけだった。

 

読んでいただいてありがとうございます。

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