蠢く悪意
気分の悪くなるような表現があります。ご注意ください。
「ふん、盗賊どもは皆返り討ちにあったか。使えん奴等だ」
「一概には決めつけられん、向こうには何故かフェンリルがいる。盗賊どもには荷が重かろう」
暗い室内に蠢く複数の人影。皆一様にフードを深く被り、闇に溶け込むかのような漆黒の衣服を身に纏っている。人影は円卓を囲むように座り、その中心にある水晶のような球体に見入っている。そこには開拓に勤しむ人々の姿があった。
「開拓中の新興貴族ならば簡単に手に入ると言ったのは誰だ? 皆殺しにして入れ替わるどころか、こちらの手駒が減る一方ではないか」
「ならば目標を変えるか? 金で釣れそうな馬鹿貴族ならアキレアだが」
「あいつらはダメだ、そもそも人族だろうが。過去の遺恨を忘れた訳ではあるまい」
口々に不満を吐露する人影。何やら良からぬ企みを隠し持っていることは明らかだが、その正体ははっきりとしない。だがフェンリルが護る地、それがカルアの領地であることはわかる。新興貴族とはカルアのことだろう。皆殺しにして入れ替わる、とは、もしそれが言葉の通りならば恐ろしいことである。
だが不満を口にする者たちを制するように手を挙げたのは、円卓の十二時の方向に座る者。おそらくこの中で最も立場が上なのだろう、手を挙げたとたんにそこかしこで垂れ流されていた不平不満がぴたりと止まった。
「まあ待て、かわりに探りに入れた連中が面白いものを見つけた」
「こ、これは……」
そこには青色の髪をショートボブに整えた少女が映っていた。やや尖った耳と、青という特異な髪色。それを見た男たちは驚嘆の声を上げる。
「まさか……魔族? 何故こんなところに?」
「獣人族の中にいるだと? 獣風情に誇りを売り渡したか?」
「静かに……卿らが思うところは尤もだ。だがまずは私の話を聞いてほしい。この女は間違いなく魔族だ。賢者フラム、名前くらいは聞いたことがあるだろう」
「おお、冒険者ギルド初の特級認定されたという……なんと、魔族だったのか」
「だがそれがどうした? 大方はぐれ魔族だろうよ」
「ところが一概にそうも言えん。おそらくこの女は……あの時金策のために人買いに売り渡そうとした一人だ。運よく逃げ延びていたんだろう」
「本当か?」
闇の中にどよめきが起こる。それは驚きの気配の中に明らかに異質な感情が混ざるどよめき。混ざる異質なものとは歓喜の感情。人買いや売り渡すといった不穏な単語が並ぶことは一切気に留めず、歓喜の混ざるどよめきが起こる。
「まさかあの素体が生き残っていたとは……何たる僥倖。これもひとえに陛下のお導きに違いない」
「手に入れた素体は悉く失敗した、しかし賢者とまで呼ばれる者ならば素体に相応しい」
「元々あれの所有者は我々だったのだ、然るべき場所に戻るのが筋というものだ」
金策のために売り飛ばそうとしたことを棚にあげて、好き勝手な物言いが続く。そもそも売ろうとしたということは不要と判断したに過ぎないのだが、そんな自らの失態など知らぬとばかりに勝手な暴言は続く。
「では早々に手に入れる算段を」
「まあ待て、仮にも賢者とまで言われた者だ、そう簡単にこちらの手に落ちてくれるとは思えまい」
「ならば搦め手で行こうではないか。噂では賢者フラムは人嫌いで有名らしいが、見ての通り開拓に手を貸している。よほどこの開拓村が大事だと見える。となれば皆殺しにできなかったこともまた、陛下のお導きということだろう」
「おお、そうだ。まさにこの者こそ陛下御自らお選びになったということだ」
歓喜の声は次第に熱を帯びてゆく。おぞましい会話の内容とは裏腹に、喜びに満ちた声が増えてゆく。
「では早速動くとするか。フェンリルは確かに厄介だが、同時に多方向から攻め入れば良いだろう。多少の犠牲は出るだろうが、これも陛下のお導きだ。陛下の顕現の礎となるのだ、栄誉であろう」
「では私の配下を」
「いや、私の精鋭部隊を」
フェンリルといえばこの世界において覇権を争う一角とも称される魔獣、誰もが立ち向かうなどと考えない強者だ。しかしここにいる者たちは熱病にでも冒されているのか、我先にと絶望の淵へと配下を追いやろうとしている。明らかに異常、明らかに残酷、明らかに狂っている。この光景を見た誰もがそう感じるだろうが、彼らにとっては異常でも何でもない。
カルアの開拓村を皆殺しにすることも、フラムを何らかの目的に使うことも、彼らにとっては些細なこと。取るに足らないことの一つでしかない。もしカルアの村が皆殺しにされ、フラムが彼らの手に落ち、そのうえで彼らが為そうとしていることがうまくいかなかったとて、ただそれだけのこと。また同じような標的を見つけ、淡々と処理するだけ。
「では攻め入る方法は任せる。犠牲はいくら出しても構わん、最終目標はあの素体を殺さずに持ち帰ることだ。腕や足が無くなっても生きていればそれでいい」
「わかった、吉報のみを待っていろ」
「この命は陛下のために」
口々にそう言い残し、人影は次々に消えてゆく。後に残ったのは最も位の高そうな者と、依然フラムを移す水晶のみ。水晶の放つ朧げな光に照らされて、フードの下の顔がうっすらと照らし出される。かろうじて判別できたのは口元のみ、そしてそこには明らかな歓喜の笑みが浮かんでいた。
「ようやく……ようやくこの時が来た。待ちかねたぞ……代々の悲願、この私が叶えて見せようぞ。ああ陛下、今からお会いする時が待ちどおしゅうございます」
恍惚とした口ぶりは、まるで長年待ち焦がれた恋人に会えるかのようなもの。果たして彼らが待ち焦がれるものが一体何なのかは分からない。しかしそれが決して万人に幸福をもたらすようなものでないことは明白だ。
「儀式は悉く失敗した……しかしようやくこれで……」
その者が首を横に向けて何かを凝視するようなそぶりを見せた。その先にあるものは……決して常人では凝視することすらできない凄惨な光景があった。
「一体どれほどの素体を使いつぶしたか……だがその苦労もこれで終わる……」
そこに積み重ねられているのは、彼らが素体と呼んだ存在の成れの果て。道義上も倫理上も決して許されることのない儀式により壊された素体たち。光なく虚空を見上げるその瞳にはただただ闇と、腐肉にたかる虫たちしか見えていない。いや、すでにそれらを見ることすらできていない。何故なら素体たちはそんなことも許されないくらいに、物理的に壊されているのだから。
「これで……これで我が魔族がこの世界を支配する日が来る! もうドラゴンなどに負けはしない! ふはははは!」
腐臭漂う闇の中、不気味な高笑いだけが響き渡る。彼らの暗躍の矛先が向けられていることを、カルアもバドも、そしてフラムもまだ知らない……
次章、波乱が起きます。
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