8.出立の日
「ピィ! ピィ!」
「……」
「クマコもヒラタさんも、もっと仲良くしなきゃダメ」
フラムをはさむようにしてにらみ合うクマコとヒラタさん。今日はいつにも増して両者の自己主張が激しい。我が家に来てから時折にらみ合っているのを見かけたことはあるが、基本的に昼間行動するクマコと夜行性のヒラタさんが顔を合わせる機会はそう多くない。
ではなぜ今こうして険悪な雰囲気になっているのか、それはフラムがカルアの要請に応えるべく、ゲートをくぐって元の世界に行く日が今日だからだ。敢えて帰るではなく行くと言ったのは、既にこの家がフラムの帰るべき場所だからだ。
「私がいないのは少しの間だけ、戻ってきたらまた一緒に遊ぼう」
「ピィ……」
「……」
「あまり聞き分けが悪いと、チャチャに叱ってもらうから」
「ピィ……」
「……」
フラムがチャチャの名前を出した途端、急に大人しくなるクマコとヒラタさん。クマコは茶々に一方的にやられたことをしっかり覚えているようだが、ヒラタさんは茶々のことはよく知らないはずだ。それでも大人しく従っているのは、本能的に圧倒的格上の存在だと理解しているからだろう。
「チャチャ、二人が喧嘩したら叱って」
「ワン!」
フラムの後ろに待機している茶々が任せろと言わんばかりに吠える。今回は茶々は一緒じゃない。さすがに茶々の巨躯は隠し通すのが難しく、見つかれば大きな騒動になりかねないということでこちらで待機となった。
『焔の君、この者は任せてくれ』
フェンリルが尻尾を振りながら言う。奴にとっては茶々に良いところを見せるチャンスでもあるから、ここぞとばかりに張り切っているんだろう。茶々ほどではないが、奴も向こうでは強者の一角、護衛としては申し分ない。もしフラムに何かあったら茶々の怒りが爆発することは十分理解していることだろう。
「ではソウイチ殿、フラムをしばらくお借りします」
「フラム……」
「ソウイチ、大丈夫。終わったらすぐに帰ってくるから。何かあったらこの駄フェンリルに走ってもらえばいい。これでも元神獣、使い走りくらいはできる」
『何だと、貴様!』
「ガゥッ!」
『ひいっ! す、すみません!』
まぁ確かにフェンリルは向こうでは敵う奴はいないだろうし、こちらに来ることも出来る。何か問題が起これば連れ帰ってもらえばいいし、最悪茶々を呼びに来てもらえばいい。万が一のために前回茶々に着けた通信機器は準備しておくつもりだ。その準備が無駄になってしまうことが一番いいんだが……
「シェリー、クマコとヒラタさんの世話をお願い」
「任せておいて、安心して行ってきて」
「クマコもヒラタさんも、シェリーの言うことをよく聞いてね」
「ピィ……」
「……」
クマコは渋々といった様子で、ヒラタさんは……表情の変化はないが、シェリーに対して威嚇のような行動を見せていないので了承したということだろうか。カブトさんたちの時もそうだったが、表情の変化がないので感情がわかりにくい。
「では行きましょうか」
「ソウイチ、すぐに帰ってくるから」
「ああ、気を付けて行って来いよ」
『誰に物を言っている、貴様。我がいるのだ、心配なかろうが』
「ガゥッ!」
『ひいっ! す、すいませんでした!』
茶々はフェンリルに対してかなり手厳しい。色々な経緯があってのことだからどうしようもないが、今回はフラムの護衛を頼むんだ、きっちりと仕事をこなしてもらわなければ困る。
「改めてソウイチ殿、度々の訪問にも関わらず、たくさんの土産までいただき、ありがとうございます。早く終わらせてフラムをお返しいたしますので」
「ああ、気にするな」
カルアの腰にもマジックポーチが付けられており、そこには砂糖や塩、香辛料に蜂蜜といったものと、茶々のおやつのササミジャーキーやドッグフードが入っている。やはり住人が移住してきたばかりで食糧自給が安定していないようで、出来れば食糧の援助も、と頼まれたので快く了承した。
作物の種などは持ち込むのが危険なので、必然的に加工品ということにはなる。他にも色々と持たせたかったんだが、カルアはどうしても茶々が食べているものと同じものを欲しがった。厳密に言えばカルアとフェンリルが、だが。
「チャチャ様の御食事と同じものを頂けたら……」
『ほ、焔の君と同じものを所望したい……』
ということらしいので、ご希望通りにドッグフードを持たせた。
「神獣様からの賜りもの、として住人たちに配るつもりです。耕作が安定するまでですが……」
作物が収穫できるまではかなりかかるかと思ったが、向こうには短期間で収穫できる穀物があるらしい。味はいまいちだが強健で病気にも強く、気が付けば実をつける麦の一種だという。
「そのあたりも考えてる。ソウイチに教わったことを試してみるつもり」
なるほど、以前熱心に植物の育て方、主に増やし方を聞いていたのはこの為だったか。同じやり方が通用するかは全くの未知数だが、やってみる価値はあるだろう。上手くいけばカルアの領地の食糧事情も早期の改善が見込めるだろう。
「じゃあ行ってくる……シェリー、私がいない間にソウイチが浮気しないように見てて」
「わかったわ、任せて」
そう言い残してゲートの奥へと消えてゆくフラム達。その後ろ姿を見送りながら、皆の安全を心から願う。仮にも賢者と呼ばれる元特級冒険者のフラムがそう簡単に危害を加えられるとは思えないが、何が起こるかわからないのが常だ。
「大丈夫ですよ、フラムはとっても強いんですから」
「……そうだな」
俺の不安を察したのか、シェリーが俺を安心させようと声をかけてくれる。待つことしかできない自分がとても口惜しいが、ここは信じて待つしかないだろう。俺に出来ることはそれくらいだ。
だからシェリー、俺の服をいい加減に離してくれないか? もしかしてお前も俺が浮気するかもしれないと思っているのか? 俺ってそんなに信用できない、というか女に弱いと思われてるのか? 確かに女に弱いという自覚はあるが、こんな田舎にいるのはほとんど年寄りだぞ? いくらなんでもそこまで節操ない男じゃないぞ、俺は。
この章はこれで終わりです。閑話を挟んで次章は波乱が起きる予定です。
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