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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
約束された訪問者
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4.ほぼ一年

ヒラタクワガタはとても気性が荒いです。

 自宅へ戻る車の中、助手席でお座りしている茶々の足元で鼻歌を歌っているフラム。そんなにクマコと遊びたいのかと半ば呆れてしまう。もっと茶々と遊んでやってほしいんだが、茶々は不貞腐れることなくシェリーと一緒にいることが多い。


 こう言うのも何だが、シェリーとフラムどちらが危なっかしいかと考えると、やはりシェリーのほうだと思う。フラムは博識が故に様々な考え方が出来るが、シェリーはどことなく天然っぽいところがある。そこがいいところだと言われればその通りだが、そのせいで傷ついて帰ってくることになった。


 茶々としても、フラムは可愛いけどそこまで構う必要がないと理解しているんだろう。かといって嫌っているなんてことはない。時折甘えてくるフラムにはシェリーと同じように接している。


「クマコは初めて自分が世話をしたので、嬉しいんですよ。茶々さんはとても賢いので、フラムが世話される側ですから」


 とはシェリーの話だが、確かにその通りだと思う。フラムが来た時には茶々は既にシェリーにべったりだったし、そう考えれば昨年夏にミヤマさんが来た時も今と似たような状態だった気がする。どこに行くにもミヤマさんと一緒で、甲斐甲斐しく面倒を見ていたな。


「よーし、着いたぞ」

「クマコー、ただいまー」


 自宅に到着し、車のドアを開けてやると、茶々の背中に乗ったフラムがクマコに声をかける。クマコの返事が聞こえたからここに来ているんだろうが、声はいつもの止まり木のほうからではなく、玄関あたりから聞こえた。


「チャチャ、向こうにいるみたい」

「……」


 急かすフラムに従わず、ゆっくりと様子を伺いながら歩く茶々。時折こちらを振り返る様子から、いつもと違う何かが起こってると察知したんだろう。クマコもそれなりに賢いので、いつもうちに来る時は裏山の木の枝か、庭先の止まり木の上にいる。これは誰かが突然来ても目に留まらないようにとの配慮だが、クマコもきちんと理解している。


 なのに今日は玄関のほうにいる。誰が来るかわからない玄関にだ。だが集落の人たちが来ているには車がない。それなりに距離がある我が家に訪問してくる時、集落の住人は皆車を使うが、その形跡がない。茶々を後ろに下がらせて、ゆっくりと玄関のほうへと向かうと、玄関横の立木の枝に留まるクマコがいた。その視線は玄関先へと固定されている。


 何だあれは。俺はあんなものを知らない。見たことがない。そう結論づけようとして、去年の晩夏に出会った存在のことを思い出した。あの時より大きくなっているような気が……いや、間違いなく大きくなっているそいつは、じっと誰かを待っている。


 誰かなんて決まっている。あの時再会を約束した相手のことだ。一匹しかいないのが気になるが、それは厳しい自然界の掟によるものだろう。そいつは俺の姿を見て、正確には俺の背後にいる茶々の背中に乗っているフラムを見て、ゆっくりと近づいてきた。


「ソウイチさん、あれって……」

「ああ、約束を果たしにきてくれたんだろう」


 胸ポケットのシェリーもそいつに気付いたようだ。そう、あの時約束を交わした二匹のうちの片割れ、日本に棲息する甲虫の中でもトップクラスの戦闘力と気性の荒さを誇るクワガタ。そいつが我が家の玄関で待っていた。


「フラム! ヒラタさんが来てくれたぞ!」

「え? 本当だ! ヒラタさんだ!」


 茶々に下ろしてもらい、駆け寄るフラム。そして気性の荒さがどこにいったと疑いたくなるくらい、従順にフラムに撫でまわされている。


「ヒラタさん、ありがとう。約束を守ってくれて」

「……」


 ヒラタさんは何も語らない。だが触覚をせわしなく動かす様子と、なすがままにされて怒る気配がないことから、きっと嬉しいんだろう。まさか本当に来てくれるとは思っていなかったが……それにまた成長しているのはやはり……ドラゴンの血の影響なんだろうな……



**********



「ヒラタさん、身体を拭いてあげる」

「……」


 乾いた布で一生懸命汚れを拭きとるフラムと、されるがままのヒラタさん。ほぼ一年ぶりの再会にフラムは笑顔が絶えない。


「ヒラタさん、オオクワさんは?」

「……」

「フラム、オオクワさんは冬を越せなかったんだろう。越冬する虫にとって、冬を越すのは命がけなんだよ」

「……そう、でもヒラタさんだけでも生きていてくれてよかった」


 ヒラタクワガタやオオクワガタのように複数年生きる甲虫は越冬するが、すべてがうまく冬を越せるとは限らない。冬を越せる場所を見つけられなかった個体はもちろんだが、運よく良い場所を見つけたとしても危険は常にそばにある。


 一番身近な危険は、山の動物たちだ。イタチやテン、ハクビシンなどの木登りできる在来種のほか、近年ではアライグマなどの外来種によって越冬中に捕食されることがある。食べ物の少ない冬において、越冬中で動きのとれない虫は貴重なタンパク源だ。


 さらに気象の変化も要因として挙げられる。最近では時折冬でも暑い日があったりする。そういう日が続けば、冬が終わったと勘違いして出てくる個体もいるが、そんな暑い日は数日で終わり、再び寒い日が訪れる。再び冬眠に入れればいいが、大概はそのまま凍え死んでしまう。


 オオクワさんはそれらの試練に打ち勝つことが出来なかったんだ。厳しいことかもしれないが、それが自然界の掟だ。むしろそんな中生き残って、約束を果たしにきてくれたヒラタさんを素直に褒めてやるべきだろう。


「お兄ちゃん、あれって去年会ったっていうクワガタ?」

「ああ、そうだ」

「それにしちゃ大きすぎない? カブトさんたちの時よりも大きいんだけど」

「きっとあのクヌギで越冬した影響かもしれないな」

「そっか……フラムちゃん嬉しそうだね」

「ああ、ほぼ一年ぶりの再会だからな」


 初美の言葉の通り、愛おしそうにヒラタさんの身体を拭いているフラム。ヒラタさんも全く抵抗することなくじっとしているので、危害を加えられることはないだろう。時には同種のメスでさえその大あごで殺してしまうヒラタクワガタだが、ヒラタさんはそこを自制できるようだ。


「ソウイチ! ヒラタさんの部屋を用意しないと!」

「ああ、わかったよ」


 嬉しさを隠しきれないフラム。さて、再会を祝う前に、ヒラタさんの部屋を準備してやるか……今年はもう少し快適な部屋を用意してやらないとな、何せ命がけで約束を果たしにきてくれたフラムの友達だからな。

読んでいただいてありがとうございます。

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