2.新たな知識
「やっぱりソウイチさんが作ったイチゴが一番美味しいです!」
「やはり買ってきたものとは質が違う」
「嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
木陰で眠る茶々のそばでイチゴを頬張るシェリーとフラム。一時、結実のタイミングが合わず、買ってきたイチゴを食べてもらった時もあるが、その時よりも今の喜びのほうが大きいようだ。今食べてもらったイチゴを四季成りの品種で、一般的に出回る一季成りのものより味が若干落ちるとされているが、食べてみた率直な感想では一季成りのものより上だと感じる。
やはりドラゴンの骨の効果はここでも出ているようだ。以前一季成りイチゴで試した時もそうだったが、大きさや糖度に大きく向上が見られる。はっきり言って四季成りで市販の一季成りを超えるとは思わなかった。
このまま育成していけば新品種として売り出せるかと思った時もあったが、それは無理だと気づいた。そもそもドラゴンの骨によるものであれば、それが無くなれば通常の品種に戻ってしまうはず。そんな一過性のものを新品種として売り出せるはずがない。
「カルアのところでもこのイチゴを育てられたらいいのに……こんなに甘くて美味しいから、すぐに名産になると思うんだけど」
「シェリー、それはとても難しい。こちらの植物は肥料を大量に消費する。カルアの領地だけじゃなく、何処でもうまく育たない」
フラムはきちんと農業についての知識を積み重ねているようだ。安易に他から新しい品種を持ち込むのはリスクが大きい。場合によっては在来種を外来種が駆逐してしまうなんてこともある。たかが植物と言うなかれ、これはとても大きな問題になるのだ。
例えば秋の花粉症の代表とまで言われるブタクサは外来種だし、セイタカアワダチソウやナガミヒナゲシなども外来種だ。特に後述の二種は特に厄介で、アレロパシー効果というものを持っている。生育していくにつれて根などから他の植物の育成を阻害する物質を分泌するというものだが、その結果どうなるかというと、やがてその植物以外育たない土地になってしまう。
こうなるとその土を回復させるにはかなりの時間と手間がかかってしまう。特にナガミヒナゲシなどはオレンジ色の可愛らしい花を咲かせるので放置しがちだが、その結果他の在来の草花が消えていくという結果が待ち受ける。決して遠い未来の話じゃない、数年先にはそうなってしまう可能性を持っている。
「出来るだけ現地にある植物で農業をしたほうがいい。迂闊に新しいものを持ち込むと厄介な連中に目をつけられる。シェリーも嫌な思い出があるはず」
「そうね、もうあんな思いをしたくないわ」
二人が話しているのは、最初にシェリーが元の世界に戻った時のことだろう。あの時俺たちは良かれと思って様々な土産を持たせたが、それが完全に裏目に出てしまった。彼女たちの世界に無いもの、あるいは存在していても非常に希少かつ高価なものを、俺たちの感覚で持たせた結果、シェリーが身も心も傷ついて戻ってくることになってしまった。
あの時のことはもう気にしていないとは本人の言葉だが、俺や初美には彼女が受けたショックがどれほど大きいかを心から理解することはできないだろう。そして新しい品種を持ち込んだ場合、それに近いような思いをカルアも経験することになる。流石にシェリーもあんな思いをカルアにさせたいとは思っていないだろう。
断言するのはどうかとも思ったが、シェリーが傷ついて戻ってきてからまだ一年経っていない。そんなに簡単に人々の価値観が変わるとは思えず、新しい何かや貴重な何かがあれば奪ってしまえという野蛮な思考が無くなっているとは思えない。
何しろ日本でも盗難事件は後を絶たないし、特に果物農家では品種の流出が後を絶たない。文明が進んでいるはずのこちらでもこの有様なんだ、むしろあって当然と考えるべきだろう。
「でもそうなると、農業していくのは難しいんじゃない?」
「カルアには私の知る限りの植物知識を教えておいた。その中でも農作物として価値のあるものを優先的に集めるように言ってある。後は土づくりだけ」
土に関しては、俺の知りうる限りの改良方法を教えておいた。基本的には堆肥による微生物の補給と石灰分の補給による酸度の中和だ。それと作物のよっての肥料の使い分けだ。
土づくりに関しては他に微量元素も必要だが、こればかりは俺の指示通りにいくとは限らない。そもそも微量元素の知識がなければ、何を用意すればいいのかすらわからないだろう。だから必要なことはまずフラムに教えておいた。フラムならこちらで使っているものの代用品を見つけ出してくれるだろう。
「農業は知れば知るほど奥の深さを感じる。魔法とは違う面白さがある」
「フラムでも分からないことがあるの?」
「土壌の回復なんて考え方は初めてだった。でも思い返せば符合することがたくさんある。賢者と呼ばれた私にも初めて知る知識があることはとても楽しい」
「そうね、ずっと森で暮らしてきた私たちだから、植物には詳しいって思ってたけど、知らないことばかりね」
二人に偉そうなことを言っている俺だが、分からないことはまだまだたくさんある。その際にネットを使うこともあるが、基本的には渡邊さんの経験と知識を頼ることが多い。あの人たちに比べれば俺もまだまだ知識も経験も足りないヒヨッコでしかない。
もっと俺自身の力で二人を支えてやれるようになりたい。そのためには俺もフラムに負けないくらいに新しい知識を自分のものにしていかなくては……
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