1.仲間のために
新章開始です。
「ソ、ソウイチさん、私ちょっと外に出ています……」
「わかった。茶々、頼んだぞ」
「ワン!」
梅雨も明けて夏の初めの陽射しが照り付ける中、ビニールハウスの中は既に四十度を超える室温になっていた。いつもの冒険者姿のシェリーはこの暑さに耐えきれなくなったようで、茶々に襟首を咥えられてハウスを出て行った。いつも俺が休憩している木陰で休ませるつもりだろう。
「フラムは大丈夫か?」
「うん、平気。そのために特別な服を用意してもらった」
「それで体操服か……」
汗だくになりながらも平然としているフラムは体操服にブルマという、初美の趣味全開の服を着ていた。どこかで見た体操服だと思ったら、俺と初美が卒業した中学校のものじゃないか。最近はブルマじゃなくハーフパンツになったらしいが、そこは初美の拘りということか。
フラムがこんな格好になってまで俺に付き合っているのには理由がある。彼女の探求心をくすぐるものがあるのは確かだが、それ以外に大きな理由だろうと思われるものを俺は知っている。それは遡ること三日前のことだった。
「森の開墾は進んでおりますが……農業従事者が少ないもので、どうしたものやら……」
「農業を代々続けている者は既に自分の農地を持ってる、新たに従事する者には難易度が高い」
「そういう技術はなかなか表に出ないものね……」
カルアがフェンリルを護衛に、フラムとシェリーに相談するためにやってきた。内容は新たな自領の住人たちの農業についてだった。もちろんミルーカからの援助はあるが、当然それで全員分を賄えるはずがない。現状はカルアやバド、そしてカルアの補佐をするためにミルーカから派遣されてきた者たちのために半分以上使われ、新たな住人達には十分に回っていない。森の周囲での狩猟や採取で不足分を補ってはいるが、それとて常に確保できる訳ではない。
となれば農業で安定した収穫を、と考えるのは当然だが、そこで問題が生じた。農業技術についての詳しいことを知る者がいなかったのだ。うろ覚えの知識で森の外周の一部を切り開いたはいいが、そもそもどうやっていいのかもわからない。とりあえず麦籾を購入して播いたらしいが、半分くらいしか発芽しなかったそうだ。
「発芽くらいならそんなに難しくないんじゃないか?」
「ソウイチ、それは十分な基礎知識があるからそう思えるだけ。何も知らない者にとっては発芽させることすら難しい」
「ええ、詳しいことを聞こうにも、なかなか教えて貰えませんの。そこで……その……ソウイチ殿が農業をしていることを思い出しまして……」
今でこそインターネットの恩恵で簡単に様々な知識が手に入るが、そういうもののない彼女にとっては農業知識を得ることすら難しいだろう。熟練者は自分の農地で手一杯だろうし、安定した収量の農地を手放して移住なんてことはしない。素人だけで開墾から始めるのは至難の業だ。
そもそもその開墾地が麦に適しているかどうかもわからない。土の性質によっては麦が適さず、豆や他の穀物のほうがいい場合もある。荒れ地ならばソバあたりがいいと思うが、こちらの種を持っていかせる訳にもいかないだろう。
「フラム、ソバみたいな作物はないのか? あれなら荒れ地でも育つし、失敗が少ないはず」
「ソバ……似てるとなると黒麦? あれなら乾燥地帯でも育つ」
「黒麦ですか? 確かに荒れ地でも育ちますが、そんなに多くの実をつけないはずです」
「それは土の養分のバランスが悪いんだろう。窒素成分が多すぎて花の数が少なくなってるのかもな」
肥料はただやればいいというものじゃない。葉を食用にするもの、実を食用にするもの、根を食用にするもので肥料成分は異なってくる。実を収穫する作物に葉を繁らせる肥料を与えすぎると、葉ばかり繁ってしまい、実の元となる花が付きにくくなったりする。
最近の肥料ではどんな作物に適しているかが明記されているが、そんな知識が無ければ、知らずに養分を偏らせていることも考えられる。
「焼畑はしてないのか?」
「ヤキハタ?」
「カルア、焼畑というのは森の一部を焼いて、木々の灰を肥料にする方法。開墾と同時に畑に肥料も与えられて便利」
「そういう方法もあるんですのね、参考にさせていただきますわ」
それ以外にも俺たちから農業についてあれこれ聞いたカルアは、大量の茶々用のドッグフードをフェンリルに持たせて帰っていった。ちなみにフェンリルは懲りもせず茶々にアタックしていたが、結果は……まぁいつも通りだった。
という訳で、フラムは熱心に俺の作業を見学し、気付いたことをどんどん質問している。カルアの為かとフラムに聞いても、自分の研究のためと一点張りだったが、あれは彼女特有の照れ隠しだろう。というのも、元気そうなカルアの顔を見た時、一瞬だけとても嬉しそうな顔をしたのを見逃していない。やはり昔の仲間が元気でやっているというのは嬉しいものだからな。
「ソウイチ、このセツボクというのはどんな技法?」
「それは同じ種類で強健な品種の根に違う品種を接ぎ木するんだよ。根は主に病気に強くて生育の早い原種に近いものを使うことが多い。種から育てたものに比べて苗の根付きもいいから家庭菜園向けだな、そのぶん苗の価格も高いが」
「ソウイチはどうしてやらない?」
「接ぎ木はほぼ手作業だからな、俺一人だと難しいんだよ」
フラムは自分よりも大きなスマートフォンを作業台の上に置いて、器用に使いながら気になるものを調べている。接木なんて技術が即カルアの役に立つものとは思えないが、カルアの為に出来るだけたくさんの知識を得ておきたいんだろう。顔に玉の汗を浮かべながらも、熱心に調べる姿には頭が下がるが、このままだと熱中症の危険もある。
一生懸命なのはいいが、それで自分の身体を壊してしまっては意味がない。カルアのために張り切るのは良い事だとは思うが、少しは心配する俺のことも考えてほしい。
シェリーは先に休んでいるだろうし、このままフラムに無理をさせるのも良くない。俺自身もそろそろ小休止したいところだし、ここらで区切りにしようか。さて、二人と一緒に食べるためのイチゴを厳選するとしようか。
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