偶然?
閑話です。
「シェリーちゃん、フラムちゃん、ちょっといいかな?」
縁側でクマコと遊んでいたシェリーとフラムを、ノートパソコンと液晶タブレットを手にした初美が呼び止める。声を掛けられた二人はいつものことだとばかりに初美に近寄っていく。
「クマコ、ちょっと休憩しよう」
「ピィ!」
クマコが自分の止まり木に向かうのを確認したフラムは、初美が畳の上に置いたタブレット端末を覗き込む。そこには大まかに描かれた線画と、カラフルな服のラフのようなものがあった。
「ハツミ、これは?」
「前の会社の後輩でソーシャルゲームの運営会社の下請けやってるのがいて、アタシのフィギュアをゲームに登場させてみないかって話が来たの。で、せっかくだから新しい衣装にしようかなって」
「ゲーム! すごいよハツミ!」
「ハツミさん、私はゲームに詳しくないですけど、それがとても凄いってことはわかります。おめでとうございます」
「まだ決まった訳じゃないよ、とりあえずラフ出してみないとね」
謙遜する初美だが、その顔に滲み出る嬉しさを隠しきれていない。それもそのはず、初美のフィギュアはシェリーとフラムをモチーフにしたオリジナル作品で、展示即売会だけの販売というマニア向けのもの。一つ一つ心をこめて手作りされたフィギュアは購入者から高い評価を得てはいるが、決してメジャーなものではない。
マニア向けではあるが、そこに込められた思いは並大抵のものではない。それをきちんと理解してもらえたことが嬉しいのだろう。特にスマートフォン向けのソーシャルゲームにハマりつつあるフラムの興奮は、初美を上回るものだった。
「これでハツミも一流クリエイターの仲間入り、いずれ神絵師と呼ばれる日が来る」
「いくらなんでもそれは飛躍しすぎよ、フラムちゃん」
「それで、私たちに何の用事で?」
「うん、新しい衣装のアドバイスを貰えたらな、って」
「任せて、そういうことなら私たちの出番」
小さな胸を張るフラム。初美のフィギュアの売りは、類まれなるリアリティである。手にする武器も極力本物らしく作った鍛造品で、鎧も本革を薄鋼板に張り付けたものだ。実際にそういう武器防具を使用していたシェリーとフラムのお墨付きをもらっている。
シェリーとフラムもアドバイスだけでなく、実際にフィギュア用に作られた服や装備を身に付けて率直な意見を出したりもしている。実用性を重視した装備品の検証をするには、二人はうってつけだった。
「今回のモチーフな何ですか?」
「実はね、今回のテーマは……ずばり悪役!」
「悪役? 主人公じゃない?」
「あ、悪役ですか……」
興奮する初美と裏腹に、どこか一歩引いた様子のシェリーとフラム。特にフラムはさっきまでの興奮がどこに消えたかのようにテンションが下がっている。
「どうしたの、二人とも?」
「だって……悪役……」
「悪者はちょっと……」
「何言ってるのよ、二人とも!」
目を伏せる二人に対し、初美は拳を握りしめて反論する。しかしシェリーとフラムが言葉を濁すのも無理は無かった。二人がイメージする悪役は盗賊の類であり、薄汚れてお世辞にも可愛らしいなどという装飾語の似合うものではない。盗賊といえばほぼほぼ男だが、稀に見られる女盗賊も二人の記憶の中にあるのは男と見間違うような屈強な女盗賊ばかりだ。自分たちをイメージしたキャラクターがそのようなものへと変わっていくのは気が進まないのだろう。
だが初美は気落ちする二人に向かって自分の持論を力説しはじめる。
「いい、フラムちゃん、最近のアニメで主人公と同等、もしくはそれ以上の人気を得るキャラクターって何だかわかる? ヒロイン? 違うわ、それは個性的な悪役よ! 主人公を上回る強烈な個性、悪役にしておくのはもったいないくらいの美貌、有無を言わせぬ圧倒的な強さ、それらを併せ持つ選ばれた存在、それが悪役なのよ!」
「おお、確かにそう言われれば、昨日視たアニメもラスボスは女だった、それも強くて綺麗だった」
「でしょ? 悪役は確かに悪者だけど、見る者を惹きつける個性に溢れてる。それって格好よくない?」
「うん、格好いい」
「だからさ、こう一目で引き込まれるようなキャラクターにしたいのよ!」
「わかった、ぜひ協力したい」
「私も助力します」
「さーて、色々やることあるわよ。まずは……戦闘用の服からね」
梅雨晴れの昼下がり、こうして縁側でのキャラクター会議が唐突に始まったのだ。始まったのだが……
「ハツミ、これはやりすぎ。どうしてこんなにパンツの見える服になる?」
「えー、いいじゃんチラリズム。時折見える下着に妄想掻き立てられまくり」
「これのどこがチラリ? ほぼモロ見え」
初美の描いたラフには、思いっきり丈を詰めた超ミニスカート姿のシェリーとフラムの姿が描かれていた。フラムはそれを見て露骨に顔を顰め、シェリーに至っては顔を真っ赤にして俯いたまま反論すらできなかった。
「だってフラムちゃん、以前もこういう服着たことなかった?」
「あれはソウイチに見せるための服。ソウイチにしか見せたくない。私はソウイチの婚約者、不特定多数の男性にそんな破廉恥な姿を見せられない」
「えー、こういうのいいと思うんだけどな。最近の流行はこういう肌の露出高めの格好みたいだし」
「流行はどうでもいい、私はソウイチにしか見せたくない」
「わかったわ、もっと大人しい格好にするわ」
初美のラフにはもっと露出の大きい、服というよりもただ布を局部に張り付けただけのようなものもあり、シェリーはそれを先に見てしまったがために何も言えなくなっていた。フラムの言葉を聞き、そんな恰好を宗一に見せている自分を思い浮かべてしまったためだ。
初美がラフを見せ、それにフラムがダメ出しをする。そんなことが何度も繰り返され、ようやく三人が納得できるものが出来上がった。所々に髑髏をあしらった、少女魔王と呼ぶにふさわしい衣装を身にまとったフラムのラフ画が完成した。
「うん、かっこいい。これなら納得」
「私のは……いいです、フラムのだけで」
「とりあえずこれで出してみましょう。名前は……魔王フラマリア!」
「「フラマリア!」」
初美の放ったキャラクター名に思わず動きを止めるシェリーとフラム。非情に驚いた様子で初美を見つめるが、当の初美には何が起こっているのか全く理解できていなかった。
「え? どうかした?」
「……ううん、何でもない」
「え、ええ、そうですね、何でもないです」
「ふーん……変なの」
一瞬だけ怪訝な表情を浮かべた初美だったが、シェリーとフラムがそれ以上何も言わなかったので、ノートパソコンとタブレットを持って自分の部屋へと戻っていった。その後ろ姿を見送るシェリーとフラムは、初美が自室に戻ったことを確認すると小さな声で話し始めた。
「シェリー、ハツミがどうしてあの名を……」
「きっと何かの偶然よ、だってあのことは誰にも話してないんでしょ?」
「うん、ソウイチにも話してない。もうずっと昔の話だから」
「なら心配しなくていいと思うわ。フラムの名前をもじって偶然辿り着いただけだと思うから」
「……うん、そうだね、偶然。ただの偶然。さあクマコ、また遊ぼう」
「ピィ!」
自分の心の中に生まれた疑問を無理矢理消し去ろうと、作り笑顔でクマコを呼ぶフラム。しかしどんなに楽し気に遊んでいても、ほんのわずかに陰りの残る笑顔を見せるフラムに、一抹の不安を隠しきれないシェリーだった。
あからさまな伏線回……
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