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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
解説する来訪者
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5.賢者という二つ名

「そういえばさ、フラムちゃんって賢者様って呼ばれてるんでしょ? やっぱり無双しちゃったりするの?」

「……ハツミは何を言ってる?」


 確かに私は賢者という二つ名を持ってる。だけどそれが無双することに直結はしないはず。無双というのは自分の力を振るって敵を薙ぎ払うことだと思うけど、私はそんなことしたことがない。


「えー? 無双しないの?」

「そういうことをするのは戦争の時くらいのもの。さっきも言ったけど、私はどこかの国の所属になったことはない」


 確かにハツミの言うようなことを戦争の時に為す者もいるだろう。だけどそれはあくまで国の軍勢の中の武将であって、そういう者を賢者とは言わない。たぶんハツミの言ってる賢者と私の思う賢者とでは大きく乖離があると思う。


「ハツミ、私の考える賢者は安易に力を振るったりしない。たくさんの知識を得て、それをより多くの人たちに還元できるようにするのが役目だと思ってる。武将というよりも世界の調律者と考えるべき」

「調律者?」

「うん、私の得た知識でより多くの人たちが苦しまないようにするのが役目だと思う。でも私はまだ未熟だから、冒険者として活動して、人々を苦しめる魔物を討伐するくらいしかできない。それに常に賢者として活動してる訳じゃない。私だって生きていくにはお金がいるから、お金目当てに依頼を受けることだってあった」


 私が賢者と言う二つ名を使った時、それは周囲の心無い連中に手出しをさせないための脅しの意味合いが強かった。特に貴族連中が私のことを欲しがり、手段を択ばない連中もいた。私に身寄りがないことを知ると、馴染みの宿屋や酒場の人たちを狙った。そういう連中相手に賢者と名乗ってきついお仕置きをしたことはあるけど、特定の誰かの利益のために動いたことはない。


 私が動くのは自分のためはもちろんだけど、それと同じくらい仲間のため、親友のために動く。今はそこにソウイチのためという大きな理由が増えたけど。


「ハツミの言いたいことはわかる。だけど私からすれば、特定の組織に属して力を振るうのは賢者ではなく愚者だ。賢者であるならばどちらか片方を傷つける方法を安易にとるのではなく、どちらも傷つけないような方法を模索するべきだと思う」

「そっか……ごめんね。アタシはゲームとかの賢者のイメージが強かったから」

「ゲームは分かりやすく閉ざされた世界。立場も敵か味方、時には中立というわかりやすい構図のものが多い。話の進み方も誰かが考えたシナリオ通りに進む。だけど実際にはそんなに単純には動かない。安易な考えを行動に移すような者は狡猾な権力者にとっては使いやすい駒と同じ。だからそういう者は賢者ではなく愚者だ」


 私もゲームは好き、だからハツミの言うことは理解できる。確かにゲームでの賢者はとても強く、弱い雑魚キャラを一掃するのはとても爽快。だけどそれはあくまでゲームでのこと、ゲームのシナリオは選択肢が限られるけど、現実には選択肢なんて至る所に無数にある。その行動一つで大きく未来が変わる可能性を秘めているのが現実。


 もし私がゲームみたいにどこかの国に所属して、賢者として敵軍を薙ぎ払ったとしよう。もちろんその国では英雄として扱われるかもしれないけど、敵国からすれば私は悪魔のような存在だろう。真正面からでは勝てない相手を倒すのに最適な方法といえば何? 私は常に敵国の暗殺者の陰に怯えながら暮らす? それこそ本当に人里離れた僻地で隠遁生活をしなきゃならなくなる。


「確かに魔法の研究は楽しい。今までにない威力の魔法を構築するのはとても楽しい。だけどそれ以上に、新しい何かを作り出すことのほうが楽しい。ここには私の知らない知識がたくさんある、その知識を如何に自分のものとし、周りに役立てるかを考えるのがとても楽しい」

「ハツミさん、元々フラムは好戦的な性格じゃないんですよ。ただ私たちは生きることに必死だったので、必然的に好戦的にならざるを得なかったんです」

「ここにきて私はとても充実してる。何より夜熟睡できることが嬉しい。冒険者の頃は夜の襲撃に備えて仮眠程度しかできなかったから」

「フラムちゃん……シェリーちゃん……二人とも苦労してるのね……」


 苦労してる、と言われても実感がわかないのは、きっと生きるために必死だったからだと思う。私たちの世界はある意味とても遅れている。でもそれも仕方のないこと、魔法という要素がそれを妨げているのだから。


 この世界の進歩は、魔法という超常を引き起こす力が存在しないから。火を起こすにも、木を擦り合わせた摩擦熱を利用するところから始まるけど、私たちは魔法で火を起こせる。この世界の人が時間をかけて為すことを、小さな子供でも簡単にこなせる。不自由な暮らしを少しでも便利にしようと、たくさんの試行錯誤を重ねた上に成り立ってる。


 だから決して同じに考えちゃいけない。私たちの世界がこの国と同じレベルに追いつくのは、もしかしたら永久に不可能なのかもしれない。その素晴らしいものに触れることが出来る私は幸せだと思う。ここに来なければ、私の知識は限界を迎えていただろうから。


「もっといっぱい甘えていいのよ?」

「甘えるならハツミじゃなくてソウイチがいい。もっと構ってほしいのに」

「そうですね、最近ソウイチさんが忙しそうなので……」

「うーん、それは仕方ないかも。アタシみたいな自由な仕事じゃないし、特にこの時期は農家にとって大事な時期だし」


 この国はこれから雨季に入るという。植物にとって最も重要な水の恵みを得られる大切な季節。ソウイチにとっても大事な時期だというのはわかってる。それはわかってるんだけど……私は賢者という二つ名より、ソウイチの妻という肩書のほうが嬉しい。それはシェリーもきっと同じ、だから私たちはソウイチの支えになりたいと思ってる。


 どうしたらソウイチは喜んでくれるだろう、どうすれば私はソウイチの力になれるだろう。一番知りたいことを全く知ることができない私に、きっと賢者なんて二つ名は大きすぎるのかもしれない。

読んでいただいてありがとうございます。

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