3.違い
「チャチャさん、まだゴキブリは出てきてないみたいですね」
「ワンワン!」
廊下をゆっくりと歩くチャチャさんの背中の上で周囲を見回しながら探すけれど、それらしい姿が見えない。いつも見かけるような食品庫の後ろとかにも姿がないのは、ハツミさんの心の安らぎに繋がるから嬉しいけど、私の仕事がほとんど無いのは少し寂しい。チャチャさんは私の気持ちを察したのか、慰めるように吠えてくれる。
「チャチャさん、もう戻りましょうか。後は夜にしましょう」
「ワン!」
やっぱり夜のほうが出現率が高いので、後は夜に見回ることにしよう。今日はソウイチさんも朝早くから出かけているし、久しぶりにフラムとハツミさんの三人でお話ししようかな。あの二人だけだと専門的な話が多すぎて入り込めないこともあるし、ちょっと過激な話になることもあるけど、やっぱり女の子どうしの話はとても楽しいからね。
「えー? どうしてよ?」
「ハツミはおかしい! どうしてそんなことが考えられる!」
部屋に戻ると、ハツミさんとフラムが盛り上がってる。というか、ちょっとけんか腰にも見えるけど、一体何があったのかしら?
「二人ともどうしたんですか?」
「シェリー! ハツミがおかしい! きっと働きすぎで思考が歪んでる!」
「そんなことないわよ!」
何が一体どうしたのかしら、全然話が見えないんだけど……とりあえず二人から詳しいことを聞かないといけないわね……
「で、どうしたの、フラム?」
「ハツミはおかしい、ハツミが魔物を可愛いと言った、それもよりによってスライムを」
「えー……スライムですか?」
「そうよ、ほらこんな感じの」
ハツミさんが手早く紙に描いてくれたのは、よくわからない丸っこい生き物。ツヤツヤした青いゼリーみたいなのの真ん中に二つの目が描いてあって、確かに可愛らしいかもしれない。でもこれは何をモデルにしてるのかがわからない。
「これは何ですか?」
「スライムでしょ?」
「え?」
咄嗟に言葉が出てこなかった。これがスライム? もしかしてこの国にはこんな不思議なスライムが棲息しているの? 私たちの知ってるスライムとは全くかけ離れているんだけど……
「ハツミ、これはスライムじゃない」
「えー、だってゲームとかだとスライムってこれなんだけど」
「ハツミさん、これはスライムじゃないです」
ハツミさんは心外そうな顔をしているけど、私たちのよく知るスライムは全然違う。そもそもあのスライムを可愛いなんて言う人はいない。ダンジョン探索をしたことのある冒険者なら誰もが忌み嫌う最悪の魔物のうちの一種、それがスライム。決して可愛いなんて言葉で表していい魔物じゃない。
「スライムはもっとどろどろした液体みたいな魔物です。自由に形を変えることもありますけど、そもそも目も口もありません。捕食は全身で獲物に纏わりついて浸食します」
「人間そっくりになったりしないの?」
「そんな能力があるなんて聞いたことありませんけど……」
「人間を取り込んだばかりのスライムならヒト型に見えないこともない。まだ人間として生きているうちは立って動くこともできるけど、そうなったらもう手遅れ、あとは炎で焼いて楽にさせるしかない」
「う……」
ハツミさんが露骨に顔を顰めるけど、私たちの世界ではその反応が当然。腕や足に纏わりつかれた時はその部分が使えなくなるのを承知で焼いて殺すけど、顔に纏わりつかれればもう最悪で、目、口、鼻、耳から体内に入り込んで、体内から浸食される。スライムに浸食されたことに気付かず、病気だと思って仲間で担いで運んでいるうちに全員が餌食になってしまうなんてこともある。だって運んでいた病人がいきなり巨大なスライムになるんだから、逃げられるはずがない。
魔法が使える人なら、薄い障壁を張って防ぐのが普通だけど、魔法が不得手な人や休憩中で気を抜いている人にとっては最悪の魔物。だって突然ダンジョンの岩の隙間から滲み出してくることもあるから。そんな恐ろしい魔物が可愛いなんて、申し訳ないけどこれだけはハツミさんに同意できないわ。
「ハツミはゲームに毒されすぎ。ゲームだから親しみやすい姿にしてるだけ」
「そんな……今度のフィギュアは可愛いスライムを抱いた冒険者ってイメージだったのに……そんなどろどろしたスライムをモチーフにしたら……体に纏わりつく粘液みたいなスライム……これってアリ?」
「「それは無い」」
珍しくフラムと意見が一致して、つい漏れた言葉も同時だった。ハツミさんが作ってくれる人形はとても精巧かつ可愛らしくて、モデルになった私たちも嬉しいんだけど、スライムを纏わりつかせてるなんて、想像しただけでも夜眠れなくなりそう。
この国には野生のスライムはいないみたいだけど、やっぱりスライムの怖さを知らない人にとっては、こうして可愛らしい姿にしてしまえるのかもしれない。私たちの世界のスライムもこんなに可愛ければいいのに……
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