2.理解できない
「アタシが誰かに?」
「そう、年齢はもちろん、身長体重に過去の経歴、さらには趣味や個人的性癖、昨夜の夜の営みの回数まで知られるかもしれないということ」
「やだ! 絶対やだ!」
「相手の情報が筒抜けということは、こちらの情報も筒抜けになると同じ。そんなことが現実に起こったらとんでもないことになる。ゲームやラノベでは、世界を救ってと言われてそういう力を授かるみたいだけど、もし本当にそんな力を授けたら混乱しか生まない。本当にその神は世界を救いたいのか半日くらい問い詰めたい」
「でも、フラムちゃんのところにもギルドってあるでしょ? ランクがあるんだから、その評価基準があるでしょ?」
私たちの世界のギルドでは、評価はあくまで成功した依頼の内容による。ゲームのような世界ではパワーレベリングとかあるらしいけど、ただ弱ってる強敵にトドメを刺したくらいで強くなれるなんてありえない。厳密に言うと、薬草採取でも丁寧に採取したものと、乱雑に採取したものでは評価が大きく異なる。だから依頼達成時には必ずギルド職員から聞き取り調査がある。
「スキルもステータスもないの? すっごく厳しい世界じゃない」
「それが普通。じゃあハツミはスキルが使えるの?」
「そんなのできるわけないじゃない」
「それが当然。そうじゃない世界は必ずどこか歪んでる」
「じゃあさ、転生はどうなの?」
転生……死んだら生まれ変わるっていう考え方は私たちの世界にもある。だけど、都合よく前世の記憶を取り戻したりなんてないし、そもそも神様の手違いで死んだからって、すごい能力もらって生まれ変わるなんて、何をどうすればそうなるのかがわからない。
「神様の手違いなんだから、色々な能力を貰ってもいいんじゃない?」
「……そもそもこの世界に生命がどれだけある? ヒトだけでも数十億、動物まで含めると天文学的な数字になる。その中でいくつか手違いがあったとしても、世界そのものにとっては誤差の範囲内だと思う」
果たして神と呼ばれる存在がそんなに簡単に謝罪をするだろうか。一人の命の価値なんて、神からすれば砂粒にも劣るちっぽけなもので、その程度の命が手違いで失われたとしても、無かったことにされてしまうのがオチだと思う。大体どうしてそんなに簡単にすごい能力がもらえるのか、そこがわからない。その世界のバランスを壊すような力を与えて、世界が混乱しなはずがない。その神はよほど無能か、あるいはどうなってもかまわないくらいに重要度の低い世界なのかもしれない。最悪の場合世界ごと消し去ってしまえばいいのだから。
「フラムちゃん、そんな夢のないこと言わないで……」
「夢があるか無しかじゃない、私から言わせれば、転生なんて理由で違う世界から生まれ変わってきたとしても、私たちの世界を舐めて見下してるとしか思えない。転生してきた者にばかり能力を与えて優遇して、必死に生きている私たちには何の優遇もないなんて理不尽、私は絶対に認めない」
ハツミが泣きそうな顔をしてるけど、ここは敢えて言わせてもらう。ハツミはまだよくわかっていないみたいだけど、もしハツミのように磨き上げてきた服や人形を作る技術を、転生してきた奴がいきなり手に入れたらどうなるのか。どんなに頑張っても、神の失敗の後始末で簡単にひっくり返されるなんて、神の御業よりも悪魔の所業と言ったほうが正しい。
もっと言わせてもらえば、それだけの力を受け取るに値する人間だったのかも怪しい。その力の意味するところを理解できない奴に与えたところで、好き勝手に使って世界を破滅させる未来しか思い浮かばない。ソウイチが使う銃だって大きな力だけど、それを手に入れるには過酷な審査と鍛錬があって初めて認められる。地道に積み重ねたものが蔑ろにされる世界なんて、滅ぶ半歩手前の世界だ。
「ねえハツミ、私はハツミがどれだけ頑張ってるかを知ってる。私たちの体に合う服を、毛羽立ち一つなく仕上げるのは私たちの世界の仕立て職人でも難しい。そうして積み上げたものが、ただ転生してきただけの奴に上回られるなんて想像したくもない。もしそんなことがまかり通る世界になったら、私は迷わず死を選ぶ」
「フラムちゃん……ありがとう、ちゃんと私の仕事を理解してくれて」
世界が理不尽なのは当然だけど、それを受け入れられるのは皆に平等に理不尽だから。どんなに強くても、どんなに裕福でも、死ぬときはあっけなく死ぬ。その大前提があるから、受け入れられる。もしその前提が覆されたら、理不尽な仕打ちを受ける者だけが損をするということになる。そんな世界で生きていたいなんて思わない。
物語として読んでいるだけなら面白いと思う。でもそれが現実になったとしたら全然面白くない。私はハツミが毎日夜遅くまで自分の仕事をしてるのをすぐ近くで見てきた。ソウイチが汗水垂らして農業をしているのを見てきた。小さなことの積み重ねの上に成り立ちながらも、決して容易ではないからいつも頑張っている。それを踏みにじるようなことは認められない、絶対に。
物語をより楽しんでもらうために、主人公のまわりはストレスのない優しい世界なんだろうけど、私にはまだ素直に受け入れられないのが本音。アニメとか、完全な作り物として見る分にはいいけど。
「地道な努力はとても大事。私だっていきなりたくさんの魔法を使えた訳じゃない。たくさん学んで、たくさん試行錯誤してここまで来た。弱い敵を一掃するのが爽快なのかもしれないけど、それはただ強い力をひけらかしたいだけ」
「でもフラムちゃんって賢者って呼ばれてるのよね」
「賢者というものは、様々な見方が求められる。自分の身や家族を護るために力を使うことは躊躇わないけど、特定の誰かのために力を使うことはない。だからどこにも召し抱えられるつもりはない」
かつては常にどこかの国のお偉いさんとか、貴族の使いの者が纏わりついてとても鬱陶しかった。あいつらが欲しいのは、都合よく魔法を使える道具としての私、自分に箔をつけるための賢者としての私。もし魔法も使えず賢者でもない私には何の利用価値もない。
でもソウイチは違う。ソウイチは私が賢者だから、魔法を使えるからという理由で受け入れてくれたんじゃない。私の心を理解して、知らない世界で不安に押しつぶされそうな私を救うために受け入れてくれた。だからもしソウイチが望むなら、賢者なんて二つ名はいつでも捨てる。そんな二つ名より、ソウイチの妻という呼ばれ方のほうが嬉しいから。
「そっか……やっぱり小説と現実は違うのね。まさに事実は小説より奇なりね」
「ハツミはもっと色々と知識を得たほうがいい」
「そうね、本物の異世界出身者がここにいるんだものね、もっと色々教えてもらわなくちゃ。じゃあ次は……」
ハツミが表情を明るくして、手帳とペンを持ちながら聞いてきた。どうしよう、まだ終わりそうにない……私お腹すいてたんだけど……
読んでいただいてありがとうございます。




