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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
小さな冒険者
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2.聞こえますか

本日三話目です。

 待て待て待て、ちょっと待て俺、落ち着け俺、そんなことあるはずない、あっていいはずがない、だからとにかく落ち着け俺。しばらく深呼吸を繰り返して心を落ち着かせると再び人形を見る。


 駄目だ、やっぱり動いてる。最近の人形は精巧だということは知っているが、まさか呼吸の動きまで再現しているなんて聞いたことがない。となると呪いの類か? 髪の毛が伸びる人形の類か? こんなことなら両親の法事の時の坊主の読経をもっとまじめに聞いておくんだった。


「……」

「うわ! 動いた!」


 俺の混乱を他所に、人形が少し動いた。やっぱり呪いの人形かもしれない。このままでは呪われてしまう、まだ陽も高いのに呪いの人形を相手にすることになったのは僥倖かもしれない。これが丑三つ時だったら間違いなく逃げ出してる。よし、まずは落ち着こう。


「しかし見れば見るほど精巧に出来てるな……本当に作りものなのかよ」


 その人形は近くで見ればまさに本物のようだった。綺麗な金髪に見慣れない形の耳、時折何かにうなされるように顔が歪むようなギミックまである。最近の人形はここまで進んでるのか。

 確か最近見たテレビでは人間そっくりの表情を浮かべるアンドロイドまで開発されてるというニュースがあったはず。だが果たしてそんな最先端技術をあの初美がこんな田舎に送りつけてくるものなのか?


 それに初美は造形やらデザインやらの仕事をしてるはず、ロボット工学なんて齧ったこともないはずだ。こんな寝返りをうつようなロボットの開発に関わったことなんてないと思う……


 そう、この人形が動いているのは間違いない、認めざるをえない。うなされるように寝返りをうつ姿はもはや人形のレベルではなく、生き物だと言われても違和感なく受け入れるだろう。


 しかし、しかし、だ。これが生き物だと証明するためにはまだ情報が足りない。そう、材質だ。人形であれば樹脂製だと思うし、生き物であれば肌の感触があるはず。それを確認するには……


 よし、触ってみよう。……決してやましい気持ちはないぞ、この人形がとても可愛らしいとか、妙に質量を主張している二つのふくらみが気になるとか、そんなことは一切ないぞ、だから茶々、俺のことを見るんじゃない。


「……よし」


 気合を入れて人形にそっと指を伸ばす。傍から見れば真剣な顔で人形をつつく三十路男というのはどう考えても不審人物でしかない。今この場をご近所に見られでもしたら社会的立場をすべて失う自信がある。人口の少ない田舎でよかった……いや、見られる前提で話を進めること自体が良くない。これは確認作業なんだ、これは必然的行為であって決して個人的探究心を満たすためのものじゃない。


 人形の正体を確認しようと顔を近づけてみれば、明らかに作り物ではない質感がある。まるで人肌そのものとしか思えない。これを初美が作ったのならハリウッドも腰抜かすレベルだ、それこそ全米が泣くレベルかもしれない。


「…………」

「…………え?」


 目が合った。そう、目が合った。一体何と? もちろん人形と、だ。突然むくりと上体を起こした人形は俺の顔をじっと見つめて数回まばたきした。俺はただそれを茫然と見ていた。既に思考は停止しており、脳は視覚情報を記録するための記憶媒体としての役割しかこなしていないかのようだ。


 そして沈黙が室内を支配する。外では鶯が春の訪れを告げる。テレビからはワイドショーの司会者の大スベリの話に付き合う番組スタッフの失笑が聞こえてくる。


「ーーー!」

「ご、ごめん!」


 人形が飛び起きると同時に腰の剣を抜いて構えるが……爪楊枝ほどの太さの剣でどうにかなるのか? 口が動いているから何かしゃべっているんだろうけど、声が小さくて聞き取れない。こんな小さなサイズだから聞こえなくて当然か。思わず謝ってしまったが、触られそうになったことに怒っているんだろう。人形はずっと俺を睨んだまま何かを話しているが、全く聞き取れない。近くで聞き耳を立てれば聞こえなくもないだろうが、近づこうとすると人形はより警戒するので躊躇ってしまう。


「ワン!」

「ーーー!」


 動き出した人形に興味を持ったのか、茶々が駆け寄って一声吠えれば人形は明らかに怯えた表情で剣を向ける。あまり近づいて鼻先を突かれても困るので、急いで茶々を抱き上げる。


「こら茶々! 怖がらせちゃ駄目だろ!」

「クーン……」


 叱られてしょんぼりとした声を出す茶々。だが茶々も攻撃的になった訳じゃなく、遊んでほしくて身体が動いただけなので強くは叱らない。叱るのもこの一度きり、でないと犬はどうして怒られているのか理解できないからな。


 俺が茶々を止めたので人形は少し警戒を緩めたようで、剣先がやや下がる。剣を収めないのはまだ警戒心が残っているためだろう、でも仕方ない、もし俺がこんな状況になって警戒するなと言われて「はいそうですか」というわけにはいかない。この人形から見れば俺や茶々は巨大生物にしか見えないのだから。


 すると人形が目を閉じて何かを呟くような仕草を見せる。一体何事かと覗き込もうとした俺の耳が微風を感じる。風が強い日は吹き込んでくることもあるが、こんな穏やかな日では珍しい。決して俺の家が隙間風が吹いている訳じゃない。


「……聞こえますか」


 突然微風とともに声が聞こえる。もしかしてスマートフォンをうっかり触って発信してしまったのかと思ったが、そもそも俺のスマートフォンは台所に置いたままにしてある。じゃあ誰が?


「……あ、あの……聞こえますか……」

「……もしかして……君が?」


 いくつもの可能性を消去法で消してゆくと、必然的に最後の可能性が残るわけで、その可能性に目を向ければ再び声が聞こえる。俺の視線の先の可能性は怯えの色をはっきりと浮かべながら見つめてくる。自分の耳を疑いながら問いかければ、人形は小さく頷く。マジか……俺の耳がおかしくなった訳じゃなかったのか……


 話しかけてきたのはやはりこの小さな人形だった……いや、もうここまでくれば人形じゃないな。 

読んでいただいてありがとうございます。


明日も複数話更新予定です。


読んでいただいてありがとうございます。

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