6.おもてなし
まさに圧巻という言葉がぴったりの光景だった。
クマコを中心に発生したつむじ風は、周囲の砂もろともウミネコたちを巻き込んで巨大化していった。竜巻とまではいかないが、少し離れた場所にいた俺たちも力を入れて身体を支えないと体勢を崩すくらいには強い風だった。そしてその中心にいたシェリーとフラムには何の影響もなく、自然現象だと片づけるにはいささか無理があった。
詳しく聞けば、クマコが魔力で風を操ったらしい。フラムが定期的にドラゴンの肉を食べさせているのは薄々知っていたが、特段毒になるようなものでもないので放置していた。まさかフラムも可愛がってるクマコに毒を食べさせるようなことはしないと信じていたし、クマコも大きな変化が見られなかったからな。
だが今日のアレを見て確信した。間違いなくクマコは以前より賢くなってる。何よりの証拠に、俺たちに向ける目が理知的な光を宿してる。俺たちと同等、とまではいかないだろうが、もしかすると幼稚園児くらいの知能があるのかもしれない。
竜核を食べた茶々は間違いなく賢くなっているし、ポメラニアンは三歳児くらいの知能を持つと言われているが、はっきり言ってそれ以上の知性を見せる時がある。それが悪い方向に行っていないのなら、俺から何かを言うつもりはないが。
一時はどうなることかと思ったが、悪い方向に予感が外れてくれて助かった。クマコの変化は間違いなくドラゴン肉によるものだろう。フラムに聞いても謎の多いドラゴンだが、肉や血液を摂取することでその生き物の知能が上がることは、クマコや茶々はもちろん、去年のカブトさんやミヤマさんの例でも分かっている。
何がきっかけになるかはわからないが、それが仲間意識的なものの延長線上にあるのなら、とても嬉しい。そもそもカブトムシやクワガタムシに家族という意識があるかどうか怪しいが、メスに対する生殖本能や摂食本能、あるいは闘争本能があったとしても、はっきりとした仲間意識は無いだろう。そういう意識が芽生えただけでも大きすぎる進化だと思うが。
クマコは確かにフラムとシェリーに懐いていたが、これまで超常の力の片鱗すら見せていなかった。本来ならあってはならないことではあるが、それをシェリーとフラムを助けるために発現させたというのなら、彼女たちの家族としてこれほど心強いものはない。
俺たちでは対処しきれない部分を茶々がカバーしてくれているが、それでも完全じゃない。今までどうしても足りなかった部分をクマコがカバーしてくれるのなら、俺たちは安心して暮らすことができる。もしクマコが俺たちのことを家族として認識してくれているのなら、とても喜ばしいことだ。
出会いこそ最悪で、どうしてフラムがあそこまで拘っていたのかいまいち理解できなかったが、この変化を予見してのことだったのだろうか? もしかするとクマコとフラムの間には、何か言葉で表すことのできないものがあるのかもしれない。
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「というわけで、シェリーとフラムの命の恩人をもてなさない訳にはいかないだろう。遠慮なく食べろよ」
「ピィ!」
もう陽も落ちた我が家の居間の隅に持ち込まれた止まり木。その枝ではクマコが嬉しそうに鹿肉を啄んでいた。フラムがハマグリをあげようとしたが、どうも貝は好きじゃないようだった。食べてもらえなくてしょんぼりしているフラムを元気づけようと、何とかハマグリを食べようと頑張るクマコの姿が微笑ましかった。
しかしいつまでもそんなことをさせる訳にもいかず、鹿肉を出すことになった。ちなみに今夜は家で過ごさせるつもりだ。二人を助けてくれた感謝の意味もこめて、今夜だけは特別だ。鹿肉もいつも与えている部位よりも高級な部位をたくさん用意したので、茶々が羨ましそうに眺めているが、今夜だけは我慢してほしい。
「しかしクマコがそんなことまで出来るようになっていたとはな」
「はい、私たちの使う魔法よりも魔物や魔獣が使う魔法に近い感じでした。たぶん私たちが危険な目に遭っていることで発動できるようになったんだと思います」
「改めてドラゴン肉の凄さを思い知らされたな」
フラムと戯れるクマコを横目で見ながら、感慨深げに話すシェリー。よく考えれば、彼女たちの世界ではドラゴンは神にも匹敵する力を持つというし、その肉が及ぼす影響も決して小さくないのだろう。日本でも人魚の肉を食べれば不老不死になれるとかいう地方伝承が残っていたりするし、人智を超える存在というのは世界を違えても近い何かがあるんだろう。
「でもさ、こうなるとドラゴンの件は絶対に表に出せないね。食べた動物にこんな劇的な変化をさせるなんて、とんでもない代物よ」
「そうだな、冷凍庫の奥に隠しておくか」
「骨とか鱗はどうするの?」
「それなら私とフラムで結界を張っておきますよ。そう簡単には破れないような強力なのを」
初美の心配はもっともだ。心無い人間の手に渡ってしまったら悪用される未来しか思い浮かばない。一番いいのはカルアに頼んで持って行ってもらうことだが、それがバレた時に被害を被るのはカルアだからそれもできない。ドラゴンの素材の希少さはあちらのほうが知れ渡っているだろうしな。
俺たちには過分なものかもしれないが、その命を奪ってしまった以上、そのことに責任を持つのは当然のこと。幸いにもこんな過疎の進んだ山間の農村にやってくる物好きなんていないし、俺たちが気を付けていれば大丈夫だろう。もしそれでも不安になったら、銃を保管している部屋にしまってもいい。法令に従って銃と弾丸をそれぞれ別の部屋の金庫にしまって、部屋には厳重に鍵をかけてあるからな。
「勝手に持ち出せなくなったらフラムががっかりするかもしれませんね」
「そこは納得してもらうしかないだろう」
相変わらず楽しそうにクマコに肉を与えているフラム。とりあえず今日のところは楽しそうな二人の邪魔をしないようにしておこう。だからクマコ、明日の朝にはちゃんと山に帰るんだぞ?
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