5.クマコ無双
『みゃお! みゃお!』
テレビの番組で見た猫のような声で喚きながら暴れようとするウミネコ。でもクマコの足が、爪ががっちりと押さえつけてそれを許さない。もう一羽のウミネコはクマコに驚いて慌てて飛んで行ったけど……この勢いでここから立ち去ってくれるようなウミネコじゃなかった。確かにもう一羽のウミネコは逃げて行った。そして一羽はクマコの足の下。そんな状況にありながらも、混乱するウミネコたちの中に虎視眈々と私たちを狙ってる目が見える。
「クマコ! クマコ!」
「ピィ!」
クマコが助けに来てくれて、フラムはとても嬉しそう。だけどクマコだけでこの大群を相手にするのはちょっと難しい……はずなんだけど、私は不思議とクマコが何とかしちゃうんじゃないかと思ってる。もちろん私の勝手な予想でしかないけど、全く根拠なんてないんだけど、それでもそう思えてくるのは、さっきのクマコを見たから。
浜辺は強くはないけど海からの風が吹いていて、その風が一部渦巻いていて、鳥には飛び辛い風になってた。事実上空のウミネコも時折風に煽られるような飛び方をしてた。そんな中、クマコはまっすぐに私たちのところへ飛んできた。風に乗る飛び方をすることが多いクマコが、風の影響を全然受けてなかった。
ううん、それどころか、あの瞬間だけ風の流れが変わってた。まるでクマコのために道が出来てたかのように、私たちに向けて風が流れてた。そんな偶然ってあるの?
「クマコ! ありがとう!」
「ピィ!」
じたばたともがくウミネコを離し、フラムに抱き着かれているクマコ。ウミネコは何とか体勢を立て直して空へと舞い上がった……けど、再び上空を舞う一団へと消えていった。つまり、私たちのことをまだ諦めてないということ。クマコは確かに脅威かもしれないけど、クマコは一人、ウミネコは大群、もし一羽に構っていたら隙が出来る。その隙を狙ってるんだと思う。
「クマコ、チャチャさんたちが来るまで耐えましょう」
「ピィ! ピィ!」
「クマコが怒ってる。クマコはやる気だよ、シェリー」
「いくらクマコでもこの数は……」
「ピィ!」
私の言葉を遮るようにクマコが一声鳴いて羽ばたく。と同時に周囲に吹き荒れる風。これは……私たちを中心に渦巻くつむじ風? でも私もフラムも魔法を使ってない。だとすれば一体誰が?
ウミネコたちは吹き荒れる風に揉まれてうまく飛べないでいる。まさかウミネコがこんなことをするはずもないし、となればやっぱり……
「クマコ! すごいよ!」
「ピィ!」
クマコの身体から感じられるのは間違いなく魔力、ということはこの風はクマコが起こしたものに間違いない。ということはやっぱり、さっきの風の道もクマコが自分で作り出したもの。でも私たちが使う魔法とは違って、これはむしろドラゴンの使う独自の魔法のようなもの? 確かにすごいのは認めるけど、クマコはチャチャさんと違って竜核を食べてない。最初に肉を食べたけど、それ以降は……
「ねえフラム、もしかしてクマコにドラゴンの肉をあげた?」
「うん、時々あげてる。おかげでクマコはとても賢くて強い鳥になった」
「うわ……大丈夫なのかしら……」
ドラゴン肉は私たちの世界でも未知の素材、だからそれを食べた者がどうなるかなんて誰もわからない。そもそもドラゴンを倒した人がいなんだから。竜核を食べたチャチャさんには及ばないかもしれないけど、肉を食べただけでもこんなに強くなれるの?
「ピィ!」
クマコがさらに一声鳴くと、空に舞い上がって羽ばたきながらその場に止まった。そしてより一層吹き荒れる風に、ウミネコたちはついに風に飛ばされ始めた。飛ばされたウミネコはもうこっちに向かってくる気力が失せたのか、そのまま遠くへと飛び去って行き、それを見ていた他のウミネコも追随するように飛んで行った。そして私たちのまわりには数匹のカニが歩き回っている。
「終わった……の?」
「ピィ!」
「やっぱりクマコは空の王者!」
「ピィ! ピィ!」
もう危険がないと判断したのか、砂浜に降り立つクマコ。そして感極まって足に抱き着くフラム。まさか自分で風を操れるようになるなんて、改めてドラゴンの持つ力の凄さを実感する。そしてそのドラゴンを私たちが倒したということの重大さを再認識した。
クマコはこの国では強い鳥なんだろうけど、魔力を使うなんてことは出来なかった。でも今、それが出来るようになってる。私たちにとってその変化はとても嬉しいことだけど、もし力に振り回されて暴走したらと思うと背筋が寒くなる。果たして私たちに対抗する手段はあるの?
「シェリー、大丈夫。クマコは私たちに危害を加えたりしない」
「ピィ!」
「どうしてそんなことがわかるの?」
「クマコは私たちと一緒、希少な鳥だから仲間もほとんどいないし、いつも独りぼっちだった。だからこうして一緒に分かち合える仲間が出来てとても喜んでる。ね、クマコ?」
「ピィ!」
「そっか……そうよね。私たちは家族だものね」
「そう、家族。だから家族が危険な時に護るのは当然のこと」
「ピィ!」
ウミネコたちの残した羽毛が海からの風で舞い踊る中、悠然と立つクマコはとても誇らし気だった。それは家族を護ったという自信の表情で、力強さと優しさに満ち溢れていた。
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