4.王者降臨
カニにソーセージをあげてご満悦の様子のフラム。数は少ないが、次第に集まってくるようなら連れ出さないとまずい。
「茶々、カニが増えすぎたら追い払え」
「ワン!」
茶々は一声吠えると、様子を見守るべく二人からやや離れたところへと歩いて行った。あまり近づきすぎてカニが逃げてしまったらフラムががっかりすると考えての配慮だろう。なんという犬らしからぬ気配りか。
クマコはさっきまでフラムから鹿肉を貰っていたが、やはり慣れない砂浜ということと、すぐそばに止まり木が無いのがとても不安なのだろう、やや離れた防風林の松の枝で羽根を休めている。
ふと気づいて空を見上げれば、いつの間にかウミネコの群れが上空を飛び回っていた。猫のような鳴き声と嘴の先が黒いことからカモメではない。波打ち際に集まってきた小魚でも狙っているのか……そう考えた次の瞬間、ウミネコは上空から急降下しはじめた。カニの群れに向かって。
これは危険かもしれない。あいつらはあのくらいのカニなら丸のみできる。自分の半分くらいの大きさの魚だって無理矢理飲み込もうとする。そしてとても悪食だ。魚はもちろんエビやカニ、ネズミなどの小動物だって丸のみする。他の鳥の巣を襲って雛を食べたりもする。南のほうでは、孵化したばかりのウミガメの赤ちゃんが海に辿り着くまでの間の天敵でもある。シェリーやフラムの大きさなら、簡単に丸のみされてしまうだろう。
「走れ! 早く走れ!」
思わず立ち上がって走り出す。二人は状況を理解したのかこちらに向けて走ってくるが、砂浜に足をとられて思うように速度が出ない。まだカニの群れに夢中になってるウミネコだが、いつ二人に気付くかわからない。そんな中、二人を遮るように二羽のウミネコが降り立った。
「茶々! 行け!」
「ワンワン!」
茶々が全力でダッシュするが、それでもまた遠い。あいつらは茶々との距離を正確に把握してる。あの距離ならどうやっても自分たちのほうが早いと理解してる。茶々にはブレスがあるが、今の位置から放てば間違いなく二人を巻き込む。しかし俺の足ではまず間に合わない。ここは茶々に何とかしてもらうしかない。
落ち着かなきゃいけないのはわかってるが、それでも何かしなくてはと焦る。二人には魔法がある、フラムには防御の結界だってある。それでも安心する材料としてはまだまだ少ない。何とかしなくては……焦りが頂点に達しそうになったその時、俺の頭を掠めて黒っぽい塊が飛んで行った。
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私たちの前に立った二羽の鳥。その目はカニじゃなく私たちを捉えたまま動かない。こいつはネットの鳥図鑑で見たことがある。カモメのようだけど、嘴の先が黒いのと、足に水かきが無いからきっとウミネコだ。こいつらには私たちなんてカニと同じにしか見えていないのかもしれない。
ソウイチとチャチャが走ってくるのが見えるけど、ソウイチの速さでもここまで来るのに時間がかかる。チャチャも走ってくるけど、誰が見てるか分からないから空を駈けられないのと、私たちがウミネコの傍にいるからブレスが放てないから焦ってるみたい。
なら私たちで何とかするしかない。大きな魔法は難しくても、チャチャが来てくれるまで防御結界で時間を稼ぐことはできる。それがどれくらいの間かはわからないけど、やるしかない。
「シェリー! 結界を張る!」
「わかったわ!」
シェリーは防御結界が少し苦手だけど、今はそんなことを言ってる場合じゃない。苦手でも少しは使える。私のサポートをするくらいできる。結界を張ると、ウミネコが私たちを食べようと嘴で突いてくる。一瞬だけクマコと出会った時のことを思い出すけど、こいつらにはどういうわけかクマコみたいな親しみは覚えない。どうしてだろう?
クマコはあの時、必死だった。生き延びようとして、ソウイチやチャチャと一緒にいる私を狙った。危険だとわかっていても、生きるために危険を冒さなきゃいけなかった。冒険者として何度も命の危機に遭って、その必死さに私も共感したから、あのまま死んでほしくなかった。結果的にとても仲良くなれたけど、こいつらとは仲良くなれる気がしない。
それはきっと……自分が危険じゃないとわかってるからだと思う。絶対に危険が及ばないと知っているから、堂々と私たちを狙える。でも……この世界はそんなに甘くないよ、私たちだってとても苦労したんだ、お前たちもその苦しみを少しでも味わうがいい。
私がこんなに強気になってるのは、ウミネコの背後の空に小さな点が見えたから。その点はどんどん大きくなり、私の目から見てもはっきりとその正体がわかったから。私のことを慕ってくれてる大事な大事な友達が、私のところに来てくれたから。
「ピィィィィ!」
耳をつんざくような叫び声、だけど私にはとても頼もしく、心強く聞こえる。風に乗り滑空する姿は、空の王者としての風格を備えつつある。とても複雑な海風の中、まっすぐ私たちのほうへと飛んでくる。
「え? 風が……」
シェリーの小さな呟き、それはこの状況が彼女にも理解できないことが起こってるということ。でも今はそんなのどうでもいい、だって私の友達が私を助けるために来てくれたんだから。
「やっちゃえ! クマコ!」
「ピィ!」
クマコの小さな叫びと共に、私たちの前に立ちふさがったウミネコの一羽が姿を消した。クマコは空の王者に相応しい貫禄を見せながら、ウミネコをその足で踏みつけていた。
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