3.猛襲
「美味しいですね」
思わずそんな言葉が口から洩れてくるくらい、ハマグリは美味しい。特にカイバシラという、貝を閉じる役目の部分が歯ごたえがあって、味も濃厚で美味しい。
「何とか砂抜き出来て良かった。念のために内臓は食べるなよ?」
ソウイチさんがほっとした表情を浮かべてるけど、私もフラムも食べるのに夢中。肉とは違った味わいと歯応え、だけど肉に負けない濃厚さは今まで味わったことがない。ソウイチさんが言うには緑がかった部分は内臓で、そこには毒があるかもしれないらしい。だから私たちが食べてるのはカイバシラと、舌みたいなところだけ。でもそれでも十分美味しい。
「本当に心配したんだからな」
「……ごめんなさい、ソウイチさん」
「まさかあんなことになるなんて想像してなかった」
ソウイチさんがほっとしてるのは、決してハマグリが食べられるようになっただけじゃない。私とフラムはそんなソウイチさんに食べる手を止めて謝る。まさかあんなことが起こるなんて……・
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ソウイチさんたちが貝を採る中、私たちは砂浜にいる海の生き物を興味深く調べていた。小さな魚(といっても私たちにとっては大きな魚なんだけど)を追いかけたり、砂の中にいる生き物を探したり、興味津々のフラムに付き合っていた。
「この生き物は自分の家を持ってるの?」
「これはきっとヤドカリ、巻貝の殻を住処にして、それを背負って移動する生き物」
「へー、自分の住む家を持って歩くなんて変わってるわね」
「家が狭くなると引越しもするらしい。家が無いと生きていけない」
私たちが抱えられるくらいの巻貝を背負って歩くザリガニのような生き物を見て、フラムが説明してくれる。変わった生き物が多く見られる中、特に目についた生き物を調べるフラム。
「あれは……マッドクラブかしら」
「マッドクラブは沼にいる魔物、ここは海だから少し違うと思う。きっとカニと呼ばれる生き物」
波打ち際の砂浜を歩く沢山の生き物。見た目はマッドクラブという魔物にそっくりだけど、大きさは少し小さい。私たちの腰くらいまでしかない。マッドクラブは私たちよりももっと大きくて、沼地にいる魔物。もしかしてその子供なのかしら。
「おーい、そろそろ昼飯にするぞー」
「「 はーい!」」
ソウイチさんが私たちを呼ぶ声が聞こえる。気が付けば私もフラムもお腹ぺこぺこで、私たちはその生き物を調べるのを中断してソウイチさんたちのもとへと走っていった。こんな清々しい天気の中で食べるお弁当はきっと格別のはずよ。
「あれ? カニが……」
お弁当を食べていると、カニが数匹私たちの様子を伺っていた。私たちの手にあるのは腸詰め肉をスライスしたもの、もしかしてこれが食べたいの?
「……ほら、お食べ」
「……」
カニは言葉を発するどころか、鳴き声ひとつあげずに、フラムが差し出した腸詰めを大きなハサミで器用に受け取った。そして一心不乱に食べ始めると、他のカニたちがそこに殺到する。最初のカニが逃げようとすると、行く手を遮るように回り込んだカニにぶつかって腸詰がハサミから落ちた。後はもう……よくわからない状況だった。腸詰めがけてカニたちが殺到して、収拾がつかなくなってきた。
「フラム……離れたほうがいいんじゃ……」
「う、うん……」
フラムが私の言葉に従ってゆっくりとカニの群れから距離をとる。もしあのカニが一斉に向かってきたら危険、以前水遊びしたときに遭遇したザリガニの群れを思い出したのか、少し顔色が悪いようにも見える。私とフラムが力を合わせれば、あのカニの群れも何とか出来るかもしれないけど、そうすると他の誰かに見つかる可能性がある。ソウイチさんたちに迷惑かかっちゃうのは絶対に避けたいから、この場は大人しく逃げたほうがいい。
幸いにもカニたちは腸詰に夢中で、私たちには全く気付いてない。ゆっくりと、刺激しないように距離をとればいい。カニの硬い体がひしめき合う耳障りな音を聞きながら、二人でゆっくり後ずさる。ゆっくりと、ゆっくりと注意しながら距離を取ったその時、空から白い大きな何かが降ってきた。
一つ、また一つとカニの群れへと降ってくる白っぽい何か。空を見上げてその正体がわかった。それは鳥、白地が多くて大きな鳥が数えきれないくらい空を舞っていて、カニめがけて次から次へと降下していく。そして着地した鳥は、カニを咥えて丸のまま飲み込んでる。
「シェリー! 走ろう!」
「わ、わかったわ!」
鳥たちは腸詰に群がっていたカニたちを食べるために次々と降下してくる。群れていたカニたちも逃げ出そうとしてるけど、上空から観察できる鳥の前ではどうすることも出来ず、ただ食べられていくだけ。カニは私たちに構う余裕もなく、今なら私たちが走って逃げてもきっと気付かれない。
それよりも恐ろしいのは鳥。今はカニに夢中になってるけど、カニを食べつくしたら次に狙われるのは当然私たち。でもソウイチさんたちのところまで戻れば大丈夫、だって鳥たちはソウイチさんたちのところへは一羽も降りていないから。フラムもそれを理解して、出来るだけ早くソウイチさんたちのところへ行こうとしてるんだろう。
砂漠のような砂浜はとても走りにくく、いつもの半分の速さも出せない。でも止まれない。止まるわけにはいかない。魔法を使ってもあれだけの鳥を一撃で仕留めるのは無理、強大な魔法には魔力の溜めと術式構築のための詠唱が不可欠。それだけの時間を鳥たちが与えてくれるとは思えない。
もう少し、あともう少し、そう自分に言い聞かせながら走る。ソウイチさんが立ち上がってこちらに走り出す姿が見えた。ああ、もう大丈夫、そう思った時……
二羽の鳥が私たちの行く手を遮るように降り立った。
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