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再訪者1

閑話です。

「なるほど、それが作物の収量を増加させることになるのですね」

「うん、すぐには効果が出ないかもしれないけど、二期目、三期目には少しずつ効果が出てくるはず」

「でも……家畜の糞なんてそんなに大量に集められませんわ」

「それなら森の土でもいい。森の草や落ち葉が腐った黒い土でも似たような効果が出せる」


 佐倉家の居間、座卓の上に用意された小さなダイニングセットに座るのは、青い髪の魔族フラムと、赤い縦ロール髪の獣耳お嬢様カルアである。フラムはいつもの魔導士の格好ではなく、初美特製の高校制服スタイル、対するカルアは装飾入りの鎧姿ではなく、フラムと同様に高校制服スタイルだ。


 セーラー服ではなく、ブレザータイプの制服にチェックのスカート、お揃いのネクタイという格好は宗一と初美の母校の制服だ。フラムはともかく、なぜカルアがこんな格好をしているのかというと……


「ほ、本当によろしいんですの? それは農家としての秘伝なのではありませんこと? それにこのような素晴らしい仕立ての服まで……」

「堆肥を使った農業はこちらではごく普通のことだから心配しなくていい。むしろこういう手法を秘匿していたことのほうが問題。あと服はハツミが個人的にやってることだから気にしなくていい」

「はぁ……そういうものなのでしょうか……いくら鎧の調整をしていただいている間の着替えとはいえ……」

「その服は持ち帰ってかまわないからね、カルアちゃん」


 困惑するカルアと、もう慣れたといった表情のフラム、そして二人を遠巻きに一眼レフカメラを構える初美。猛烈な勢いでシャッターを切り続けている。一体何をしているのか皆目見当のつかないカルアだが、フラムが平然としているので何とか自分を保っている。


「カルア、もっと自然体でいい。これが私たちのここでの仕事の一つだから」

「そ、そういわれましても……」


 フラムは既に幾度となく経験しているモデルの仕事、だがそもそもモデルなどという仕事自体を全く知らないカルアにとってはわからないことばかりである。ただ綺麗な服を着てフラムとおしゃべりしているだけでいい、それが仕事だと言われても、一体誰が得をするのかと疑っている。


「あ、アタシのことは気にしないで。タケちゃんも自分の好きで鎧の調整してるんだし。それに今回来たのは目的があるんでしょ」

「そ、そうです……けど……」


 カルアがわざわざゲートを通ってやってきたのには理由があった。カルアが治める自分の領地は森、ある程度の開墾が進み、移住してくる人々も増えた。ミルーカのような街とまではいかないが、森の外周部に小さな村が点在するまでになった。しかしそこで問題が発生した。


 開墾、開拓をするにあたり、まず最初に取り組まなくてはならないのが農業である。狩猟による肉類の確保や採集による木の実などの確保だけでは当然ながら村の人々を養っていくには少なすぎる。最低限自分たちが飢えない程度には作物を自作する必要がある。幸いにもカルアは実家からそれなりの支援を受けてはいるが、それもいつまで続けていいわけではない。


 ならば農業を推し進めればいい、と思われがちだが、カルアたちの世界では農業技術は基本的に秘匿されている。農業の収量の増加が国力に直結しかねない世界においてはそれも致し方なしだということはカルアとて理解している。それを踏まえた上で、恥を忍んで実家に相談に行ったところ、偶然その場に居合わせた別の貴族の男性からこう言われた。


『貴女が私の妾になるのであれば、お教えしましょう』


 その貴族は明らかにミルーカ家より格下の貴族、本来ならばカルアを正妻にすべき立場だ。だがカルアが困っているのをいいことに、足元を見たのである。格上の貴族の息女を妾にする、それは即ちその家よりも自分が格上だと言っているようなもの、それに既にカルアにはバドがいる。そんな話を受け入れられるはずがなかった。


 そしてカルアは最後の伝手として佐倉家を頼ってきた。佐倉家は巨人の国で農家を営んでいるということを思い出し、いったいどれほどの対価を求められるのか不安でいっぱいになりながらもやってきた早々に、初美と武に見つかり身ぐるみ剥がされたのだ。武は自分の改良した鎧にさらなる改良を加えるため、そして初美は当然ながら自分の創作意欲の向上と資料集めのためだ。


「カルアちゃんモデルのフィギュア、ちょっとだけSNSで宣伝したら反応よくってさ。こうなったら三人そろって学園シリーズでもやっちゃおうかなって」


 そんなことを言いつつ、時には寝転んだりしながらカメラを構え続ける初美を横目に、カルアは改めてここが自分の想像を遥かに超えた場所であると再認識した。フラムが教えてくれた農業知識、宗一からの受け売りの土壌改良だが、カルアには知らないことばかりだった。おそらく古くから農業をしている者たちなら口伝や経験則で知っていることなのだろうが、それが表に出てくるようなことはまずありえない。それを他者に教えて得をする者などいないのだから。


 しかしここではそれが簡単に教えてもらえる。しかもとてもわかりやすく、理論的に。理論と言ってもカルアに理解できるものではなかったが。この知識を持ち帰れば、きっと村の農業は飛躍的に向上するだろう、そのくらいは理解できるカルアだからこそ、この情報への対価を恐れたのだ。恐れたのだが……結果として、カルアに直接的な被害はなかった。


「このくらいのことはソウイチは出し惜しみしない。心配しなくていい」

「ソウイチ殿は心の広いお方ですわね」

「当然、私の夫になる男だから」


 フラムが平坦な胸を張るが、内容はネットで調べたり専門官庁のホームページなどで十分得られる程度のもので、宗一にとっては誰でも得られる情報の一つでしかない。事実フラムが語った内容は、素人が家庭菜園で行う程度のものだったが、そういった分野の解析がほとんど進んでいない世界においては、国家機密に匹敵する重要なものになるだろう。


「森や林を焼いて切り拓く方法はありますが……」

「それは悪手、数年はいいけど、そこから先が成り立たない。かといってさらに森を焼けば環境が変化してしまう。だから切り拓いた畑をいかに活用するかが重要」

「数年先の……そこから先……」


 カルアの言っているのは、現在も熱帯雨林地方で行われている焼畑農業に近いものだろう。しかし焼畑農業は様々な問題点が取り沙汰されており、現在では一部地域を除いて積極的には行われていない。フラムはその情報を知っていたからこそ、カルアに考える方法を否定した。数年先までしか展望のない方法を大事な仲間に推し進めるようなフラムではない。


「森を焼くといっても、望んだとおりにはいかないのが常。それに……炎から逃げた魔物たちはどこに行く? ならば開拓した畑の周囲に結界を張ったほうがいい。森の魔物が一斉に押し寄せるよりも、数匹が来たほうが対処しやすい」

「そうですわね……事実それで消滅した村もありますし……」


 魔物の大群が押し寄せて小さな村が消えることは決して少なくない。その対処は概ね領主の役割だが、今のカルアに魔物の大群を撃退できる戦力はない。戦力といえばそれに近いものはあるが、それがカルアの言葉に従ってくれるかどうかなどわからない。その戦力に近いもの、といえば……


『おい、これは一体何だ!』

「それ、茶々に着せようとしてサイズ間違えちゃったやつなんだけど」

『こ、これを焔の君が……』


 カルアが視線を送るその先には、小型犬用のフリフリの服を着せられたフェンリルが、顔では嫌がっていながらも尻尾をぶんぶんと振って喜びを体現していた。


 


 

閑話なのに次回に続きます。


読んでいただいてありがとうございます。

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