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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
小さな労働者
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5.これなら出来るかも

 コマツナやキャベツ、ネギなどの葉物野菜を育てている畑に幻想的な光景がある。


「ふわぁ……大きいですねぇ」


 陽光に照らされて濃緑の葉をより際立たせているコマツナを下から見上げる小人。まるでおとぎ話のような光景の中心にいるのはもちろんシェリー、懸命に株を抜こうと揺すったり叩いたり引っ張ったりしているが、順調に成長しているコマツナは大樹のような存在感でそのすべてをはねのけている。


「うーん……駄目です、抜けません」


 コマツナの根本に座りこんで項垂れる姿はとても可愛らしく、シェリーには悪いがとても和む。こんな光景を初美が見れば、間違いなく土塗れになることも厭わずに撮影会が開催されることになるだろう。


「抜くのは無理だろ。そんな時は外側から一枚ずつ折っていくんだよ」

「それなら何とか……」


 出荷する場合は株ごと抜き取るが、家庭菜園などでは外側の葉から搔き取るという収穫方法もある。家庭で一株まるごと消費するのが難しい場合はこうやって一枚ずつ収穫することができる。メリットは少量を長期間収穫できるが、デメリットは株が大きく育ってしまうことと、成長して花が咲き始めると極端に風味が落ちることがあげられる。


「これをこうやって……きゃっ!」

「おいおい、気を付けてくれよ」


 外側の葉先に掴まりぶら下がっていたシェリーだったが、突然葉が折れて尻餅をついてしまった。幸いにも下は畑なので大した怪我もしていない。


「うーん、難しいですねぇ」


 そんなことを言いながら悪戦苦闘しているシェリーを横目に、コマツナについている虫を取り除いていく。農薬を撒けばいいのかもしれないが、出来るだけそういうものに頼らない方向で育てている。基本的には天然成分のみの害虫忌避材を使うが、完全に散布できるはずもないので、時折害虫が顔を出す。といっても基本的に葉の裏側にいいることが多いので簡単な作業ではないが。


「……それってクロウラーですか?」

「くろうらー? これは芋虫だよ。ヨトウムシとも言うがな」


 ヨトウムシは葉物野菜の天敵とも言える害虫だ。酷い時は葉脈だけ残して食べ尽くされることもある。そして一番厄介なのは基本的に食事は夜間で、日中は土の中に潜っている。今みたいに朝早めの時間には地中に戻ろうとする姿が見られることがあるので、見つけ次第捕まえている。ちなみに理科の授業で教わることが多いモンシロチョウの幼虫「アオムシ」もヨトウムシに並ぶ害虫ではあるが。


「捕まえるんですか?」

「ああ、持って帰って鶏に食べさせる。喜んで食べるぞ」

「これなら……私にもできそうです。あ、ここにもいました」


 小さな体のおかげか、シェリーが軽く見上げれば葉の裏側が見えるようだ。そして当然地中に戻ろうとする害虫の姿もよく見えるらしい。


「こりゃいいや、その調子で見つけてくれないか?」

「はい! 頑張ります!」


 シェリーが見つけた虫を俺が割りばしで捕まえて袋に入れる。さすがのシェリーも芋虫を手で摑まえるのには抵抗があるようだ。もっともそれは女の子らしく虫が怖いというのではなく、単純に芋虫の大きさがシェリーの腕くらいの大きさだということが理由だ。自分の腕くらいの大きさの芋虫を嬉々として捕まえるシェリーを見たいとは思わないので、ちょっと安心した。でもこの調子でいけば虫の駆除が楽になるだろう。







 そんな風に思っていた頃もあった。だが現実はそう簡単にいくはずもなく、その難しさはシェリーの様子を見れば明らかだ。


「ま……まだ終わらないんですか……」

「今半分くらいじゃないか?」

「は……半分……」


 手乗り文鳥くらいの大きさのシェリーにとってはコマツナは巨大で、当然それが整然と植えられている畑は彼女にとってはあまりにも広くて、そして一株ずつ丁寧に芋虫を探すという作業は想像以上に重労働で、それらの要因がすべて噛み合った時にようやく彼女は実感する。


 こんなのやってられない、と。敢えて口にこそ出さなかったが、ようやく半分という俺の言葉を聞いた時の彼女の顔は完全に憔悴していた。自分にできそうなことを見つけて嬉しかったんだろうが、そのおかげで張り切り過ぎてしまったようだ。足取りも重く、さっきまでの溌剌とした姿は消え去っている。


「半分だけでも助かったよ。いつもはもっと手抜きしてるからな」

「あ、ありがとうございます……」


 ついに座りこんでしまったシェリーを手に乗せて車に戻る。やはり畑仕事の手伝いは難しいかもしれない。だがまだシェリーのやる気は挫けていないようなので、別な手段を探すとしよう。


 シェリーには胸ポケットに入ってもらい、自宅方向へと車を走らせる。来るときにあれだけ大はしゃぎしていたはずなのに妙に静かだと思い、速度を緩めて胸ポケットを見れば気持ちよさそうに寝息を立てているシェリーの姿がある。小さな体であれだけの作業はかなり負担が大きかったはずだ。労働にはきちんと対価を払うのは当然なので、これから向かう先でひとまず休憩を取ることにしよう。

読んでいただいてありがとうございます。

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