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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
小さな育成者
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10.未来へ続く芽吹き

 一本桜の花びらが舞い落ちる中、奉納した大吟醸酒の残りを一口含む。本来なら山登りに飲酒は厳禁だが、勝手知ったる自分の庭のような山ということと、茶々も一緒に来ているので最悪何かあっても救助を呼んでくることはできるので、大目に見てもらおう。


 何よりこの場に家族が揃ったことはとても喜ばしい。こんな喜びの場面に一滴も酒がないのは野暮というものだ。そしてこの嬉しさを一本桜も共感してくれるのなら、より嬉しさが増す。


 ざああっ


 突如吹いてきた風に枝が大きく揺れ、これまでとは比べ物にならないくらいの花びらが舞い散った。まさに桜吹雪を体現したかのような光景に、誰もが思わず言葉を呑む。一体この桜のどこにこれだけの花びらがあったのかと言いたくなるほどの桜吹雪は、見る見るうちに俺たちの周囲の地面を桜色の絨毯へと変えた。


「ソウイチさん、とても綺麗です」

「サクラが私たちのことを歓迎してくれた」


 降り注ぐ花びらが髪に付着し、天然の花飾りのようになっているシェリーとフラム。ふかふかの花びらの絨毯の感触を楽しみながら、茶々やクマコと一緒にはしゃいでいる。


「こんな綺麗な光景、見たことありません」

「死後に救済された魂が向かう楽園というのは、こういうものかもしれない」


 二人もこんな経験をしたことが無いらしいが、実は俺も初めてだ。確かに一本桜が咲いている時は何度も来たことがあるが、本格的に散る頃に来ることはなかった。気が付けばいつの間にか花が散り、新芽が育って葉桜へと変わっていたからだ。まさかこんなに一気に散るとは……山桜はこんな散り方をするものだったか?


「きっと一本桜なりにアタシたちのことを喜んでくれてるのよ」

「初美……」


 初美が俺の隣に来て一緒に一本桜を見上げる。こうして一緒に見上げたのはいつ以来か、思い返せば自分の心をうまく伝えられなくなったのは、この桜を見に来なくなってからかもしれない。昔のような兄妹に戻った俺たちへの、そして新しい家族を見つけたことへの贈り物だろう。


「もしかしたらさ、一本桜がシェリーちゃんたちを呼び込んでくれたなんて……そんなのあるわけないか」

「それはいくらなんでも飛躍しすぎだろう」


 そもそもこの一本桜は代々佐倉家を見守ってくれていた存在、シェリーやフラムのような別の世界の存在と関わることなんて無いはずだ。もしそうなら我が家にそういった言い伝えが残っていても良さそうなものだが、我が家に伝わる一本桜の逸話はない。せいぜいうちの山の守り神のようなもの、という与太話くらいだ。


 初美がこういう話に興味を持つのは、普段から読んでいるファンタジー系小説の影響が大きいのかもしれない。夢のある話ではあるが、正直俺はどうでもいいと思っている。というのも、一本桜に見せなきゃいけないのは、これから先に続いていく俺たちの未来だ。


 初美は武君と共に歩み、夢を実現させ、さらに大きくしていくという未来。いずれは子供を持ち、その子供を健やかに育てる未来を。俺は……シェリーとフラムと共に、力を合わせて生きていく未来を。そこにはきっと様々な障害が立ちふさがるだろうが、それを乗り越える未来を見せなきゃいけない。


「そろそろ日も傾き始める、戻る支度をしよう」

「はーい、タケちゃんも片づけ手伝ってね」


 初美が声をかければ、流石に二人分の荷物を持って疲労困憊の武君が力なく返事をした。そりゃあれだけのカメラ機材を持っての登山だ、都会暮らしが長くてまだ慣れていない彼には厳しすぎたかもしれない。弁当の分の重さが無くなったので、帰りは手伝ってやろうか。


「そういえば……シェリーとフラムの写真は撮ったのか?」

「もちろん撮ったわよ、持ってきたSDカードを全部使い切っちゃった」

「え……それ全部か?」


 初美がポケットから一つかみ取り出したのは、大量のSDカード。しかもポケットはまだまだ膨らみが消えていない、ということは一体どれだけの写真を撮った?


「あまりにも二人が可愛すぎて、つい撮りすぎちゃった」


 そう言いながら舌を出す初美。兄として、二人の婚約者として何か言ってやろうとも考えたが、初美の趣味が二人の実生活を潤しているのは確かだし、それを元に自分の仕事を確立してる。何より二人が嫌がっていないのなら、それはそれでいいだろう。俺も……二人の可愛らしい姿を見られるのは嬉しいからな。


「……また来年来るよ」


 一斉に花が散り、丸裸になった一本桜。だが既に枝の至る所に小さな新芽が出始めている。一本桜もまた来年に花を咲かせるために、未来に向けて変化している。俺もそれに負けないように、未来のために進んでいこう。新しい、心優しい家族と一緒に……




**********



「ソウイチ! 芽が出た! 芽が出たよ!」

「ほう、どれどれ……うん、発芽の具合もいいし、双葉の変形もほとんどない。これは丈夫な苗になるぞ」

「本当ですか? よかったわね、フラム」


 ハウスから戻ると、嬉しそうな顔のフラムが息せき切って玄関まで走ってきた。そして俺のことを育苗箱を置いていた縁側へと連れてきた。そこには小さなスペースで仕切られた育苗箱の土から、一斉に芽が出ている姿があった。まだまだ育苗農家としては半人前を少し過ぎた程度の俺だが、そんな俺の目から見てもフラムとシェリーの播いた種は健やかに発芽していた。通常ならばある程度の発芽しない種や発芽不良を起こすものがあるが、それが全く見当たらないのは素晴らしい。


「もう少し育ったら植え替えしてやろう。ちゃんと場所を考えておけよ?」

「実は……場所はもう決まってるんです」

「ミヤマさんのところに植える」


 そうだった、そのための花だった。二人にとっての大事な存在、彼らが眠る場所を飾りたいという想いが発芽をさせたのかもしれない。何故なら二人が播いた種、時期は春まきの種だが、本来は発芽までの日数が違う種類のものばかりを選んでいた。当然ながら時間差で発芽するものだと思ったが、まさかこんなにも同じタイミングになるとは、偶然の一言で片づけられるものじゃない。


「そうか、それじゃ周囲の土を解して堆肥と肥料をすき込んでおくよ」

「ありがとうございます」

「ありがとう、ソウイチ。だから好き」

「あ、ずるい。わ、私だって、その、す、好きですから」


 フラムの言葉に顔を真っ赤にしながらも乗ってくるシェリー。こうした何気ない日常を嬉しいと思えるくらい、シェリーとフラムは俺にとって大切な存在になった。そんな二人がカブトさんとミヤマさんを想って植える花、綺麗に咲かないはずがない。それに……お前たちも力を貸してくれるんだろう?


 俺の視線の先の庭先の一角、去年ヒマワリが植わっていた場所には、フラムとシェリーの手による小さな墓標があった。二人のことを慕っていた昆虫、いや、そんな言い方は良くない。二人の大事な大事な仲間。綺麗な花が咲き誇れば、二人はとても喜ぶだろう、彼らが力を貸さないはずがない。だから……しっかりと見守っていてやってくれ、咲き誇る花にも負けず劣らない、素晴らしい二人の笑顔を見るために……

これでこの章は終わりです。

次回は閑話の予定です。

読んでいただいてありがとうございます。

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