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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
小さな育成者
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9.宴

大きく張り出した一本桜の枝を見上げる場所に武君がブルーシートを敷き、その上に地冷えを防ぐために毛布を敷く。桜が咲いているとはいえ、春先の山の空気はまだ冷たさが勝る。地面から伝わる冷たさも寒さを感じる要因になるので、こうした対処が必要になる。


「まずは……一献」


 保温機能の優れた水筒から熱々に燗した大吟醸を紙コップに注いで一本桜の根元に置く。昨年以上に見応えのある花を咲かせてくれたことへの感謝、健康に過ごせたことはの感謝、そして……素晴らしい出会いに感謝、たくさんの感謝の気持ちを込めたお神酒だ。


 この一年、他人に話しても信じてもらないであろうことがいくつも起こった。だがそれは決して悪いことではなく、ほぼほぼ壊れていた俺と初美の関係を修復し、俺たち兄妹の心を温かくしてくれるものだった。一本桜が何かをしたなんて思っていないが、そんな俺たちを山からずっと見守ってくれていたのは事実だ。


 シェリーとフラムという、この世界では異物でしかない存在。だが俺たち兄妹にとってはもう失うことのできない大事な大事な家族だ。二人のまっすぐな心が、瞳が、世知辛い世の中を生きていくうちに荒んでしまった俺と初美の心を癒してくれた。この世界でたった二人というシェリーとフラム、そんな彼女たちが俺にまっすぐな好意を向けてくれる。俺には想像すらできない不安や恐怖を抱えながらも、必至に生きようとする二人。そんな二人の気持ちに応えるため、公にはできないが二人を婚約者として迎えることにした。


 種族の違いや体のサイズの違い、生物としての在り方のそもそもの違い、障害となりそうなことは数えきれないほど存在する。だが俺はそんなことは取るに足らないことだと思っている。同じ人間でありながら、平然と他人を傷つける者がいる。他者を自分の欲のために貶め、絶望を与える者がいる。そんな連中に比べれば、二人のまっすぐな心がどれほど尊いものか。いや、そんな連中と二人を同格に扱うこと自体が大きな間違いだ。


 だから俺は二人を、誇りと尊敬の念をもって一本桜のもとへと連れてきた。俺の、俺たちの新しい家族はこんなにも素晴らしいんだと。俺たちが忘れかけていた、失いかけていた大事なものを取り戻させてくれたんだ、と。とても小さい身ながらも、こんなに素晴らしい家族が来てくれたんだ、と。


「お兄ちゃん、早くお弁当食べようよ。アタシもうお腹ぺこぺこ」

「ああ、すぐに準備するよ」


 こんな何気ない会話すらできなかったあの頃、まさか今こうして再び兄妹が一緒に住むなんて考えられただろうか。お互いに気持ちを理解しあえる相手を見つけ、一緒に暮らしてるなんて想像できただろうか。幼い頃から不思議な何かを感じていた一本桜ですら、ここまで数奇な出来事は予見できなかっただろう。


「ソウイチ、早く早く!」

「皆さん待ってますよ」

「ワンワン!」

「ほら、チャチャさんも我慢できないって言ってます」


 一人一本桜を見上げる俺を皆が催促する。もうちょっとしんみりした気持ちでいたかったが、一本桜も楽しく笑いあう姿を見たいだろう。俺たちがようやく失いかけていたものを取り戻した姿を。だからお粗末ではあるが、お袋の味を出来る限り再現した卵焼きをツマミに見守っていてほしい。自分ではそれなりに上手くできたはずだから。




**********



「チャチャさん、とても甘くて美味しいですね」

「ワンワンッ!」


 シェリーが卵焼きを小さくちぎって茶々に与えながら自分も食べている。茶々にこの卵焼きを食べさせるのは初めてだが、とても気に入ってくれたようで尻尾をぶんぶん振ってシェリーにおねだりをしている。卵は彼女たちにとってはとても貴重品らしく、最初にスクランブルエッグを出した時には相当驚かれた。ここまで贅沢に卵だけを使った料理は知らないと言っていたが、それは卵を使った料理が存在しないのではなく、卵がとても高価だかららしい。


「おいひい! おいひいよ!」

「初美ちゃん、そんなに急いで食べたら喉に詰まるよ。ほら、水も飲んで」


 初美は重箱に詰められた卵焼きとおにぎりを貪るように食べている。おおよそ嫁入り前の娘の食べっぷりとは思えないが、武君がフォローしてくれているので大丈夫だろう。だが初美、おにぎりはともかく卵焼きを手づかみで食べるのはやめろ。


「クマコ、食べて」

「ピィ!」


 ふと見れば、いつの間にか合流していたクマコがフラムから鹿肉を貰って喜んでいる。最初は一本桜に近づけなかったようだが、どうやらクマコのことも受け入れてもらえたらしい。だが肉を食べながらもその目が卵焼きにロックオンしてるのは危険だ。


「フラム、卵焼きはあげたらダメだぞ」

「わかってる、クマコはこの肉で我慢して」

「ピィ……」


 茶々が卵焼きを貰っているのを見て、自分も貰えると思っていたのだろうが、流石にクマタカに加工品の味を覚えさせるのはまずい。相手は法律で保護されている存在で、野生の存在だ。加工品の味に慣れさせると、後々自分で狩りが出来なくなってしまう可能性すらある。

 

「クマコ、お願いだから言うこと聞いて。一緒にいられなくなるかもしれないから」

「ピィ……」


 自分だけ別の食べ物というのが疎外されたように思えたのだろう。だがフラムも状況をきちんと理解してくれているので安心した。クマコもフラムが真剣に頼み込むので何とか了承してくれたようだ。


 両親が死んでから昨年まで、俺は茶々と二人だけでここに来ていた。茶々と一緒というのが決して嫌だった訳じゃない。だがかつて幼い頃にここで家族皆で花見をしたことを思い出して、悲しい気分になっていたのも確かだ。これから先もずっと俺と茶々の二人だけなのだろうか、もし茶々に先立たれたら俺は死ぬまで独りなのだろうかと、将来のことを不安に思って涙したこともあった。


 あの頃の俺は、確かに望んでいた。いつか再び家族皆で花見をすることができたら、と。しかし両親は他界、妹とは疎遠と実現させるのには困難を極める要素ばかりが残ってしまっていた。どうしようもない現実から目を背けるように、茶々と二人でいることが当然だと自分に言い聞かせていた。


 昔とは顔ぶれが異なるが、今こうして家族と呼べる存在が出来た。何気ない会話、行動、日常生活の全てが独りの頃と全く異なる感慨を与えてくれる。誰かと一緒にいるということがこんなにも楽しいものだと改めて気付かされた。


 今まで俺たち家族を見守ってくれていた一本桜に改めて思う。俺はこれから、大事な家族を護る。一体どんな災難が降りかかるかわからないし、俺一人で対処できないこともあるだろう。そんな時は家族の支えを頼りに振り払っていくつもりだ。だからこれからも……ずっと見守っていてほしい。





読んでいただいてありがとうございます。

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